第82話 亜麻の生産者、ヨナスさん

 翌日は午前中からデモ販売をやった。

ハチミツとハニーワインは試食も試飲も大人気で完売した。大豆と寒さに強いジャガイモの種芋はそれなりに売れて、ハニーケチャップやダッチオーブンやトングを使ったデモンストレーションの効果はほどほどでハニーケチャップとトングはそこそこ売れた。

 ハニーケチャップ味は一部の人には好意的に受け入れられたが、多くの人は買うほどではないと判断したようだ。


 午後は村長さんの紹介でヨナスさんに会いに行った。村長さんが言っていた通りヨナスさんは好奇心が旺盛な人で、前のめりで話を聞いてくれた。ヨナスさんの作品を見せてもらったけど強い色で染められたリネンは主張が強かった。保守的な村人と合わないというのも納得だ。私が気に入ったのを見てとったモニカが何種類かヨナスさんの布を買ってくれた。王都で仕立てに出してくれるって、楽しみ!


「こういう…ハンギング・ドライネットを作ってもらう事は出来るか?」

「ハンギング・ドライネット?」


「ハンギングは吊るす… 高いところからぶら下げること。ドライネットは食材を干す時に使う2段か3段か4段になった網だ」


 インターネット通販で買ったハンギング・ドライネットをこの世界の素材と技術に合わせて変換した物を旅の間ずっと使っていて、今日はそれを持ってきた。一段ずつ開けられるタイプだ。


「旅の野営ではお皿を干しておけば拭く手間が無いし、家庭では干し野菜や魚の干物や干し肉も作れるわ。畳めば小さくなるから使わない時も邪魔にならないし、私たちは便利に使っているの」


「これで肉や野菜を干すのか?」

「干した保存食を作っていないのか?」

「自分では作らないな、保存食は売られているものを買う。家庭で作る保存食は塩漬けくらいだ」

 冬の間の食料は塩漬けの保存食と、漁で獲れる魚をよく食べているんだって。


 ちなみにこの国の北部の地形は極端なM字型をしている。東部と西部が大きくせり出しているというか中央が抉れているというか、Mの抉れた部分は湾になっており、豊かな海だ。


「俺たちの保存食を食ってみるか?」

「いいのか?ぜひ頼む」


 ヨナスさんの家の庭で調理させてもらうことになり、ルイスとウィルコがささっと竈門を組んだ。


「これは魚の干物。これは一夜干しだから干物って感じが薄いけど」

 ウィルコが一夜干しと数日かけて干した干物を焼いていく。


「干し野菜と干し肉でスープにしよう」

 ルイスとモニカが干し野菜と干し肉を刻んで煮込むと干し肉から美味しい出汁が出て食欲を刺激する。牛乳で煮込んだスープはこの地域の伝統料理っぽい味付けなので受け入れてもらえるだろう。この辺りでも乳製品はよく食べられている。


── もしも乳製品がタブーとされていなかったら、それも税として徴収されて多くの人が酷く飢えていただろうな、むしろタブーで良かったよ。


 テーブルに干し肉と干し野菜のミルクスープと焼いた魚の干物。この他に燻製の度合いの異なる干し肉とオイル漬けのビンを何種類か並べた。


「さあどうぞ」

 薦めるとヨナスさんはミルクスープから手をつけた。


「美味いな!味が濃いし肉も野菜もちょうどいい。カチコチだったのが嘘みたいだ」

 煮込んで程よく戻り、具材として美味しく食べられる。


「並べてある干し肉は燻製の度合いを変えてある。こっちから順に保存期間が長くなっていくんだが、こっち側のものは2〜3日以内に食べきらないと危ない」

 ルイスの説明にヨナスさんが肯く。


「逆にこっち側は半年くらい持つよ。小さく切ってあるから良かったら食べてみて」

 ウィルコに薦められて躊躇うことなく長期保存可能な干し肉を食べるヨナスさん。本当に好奇心旺盛な人だな。うっかり毒キノコを食べてしまいそうなタイプだよ。


「これも美味い。小さくても味わうのに時間が掛かるのもいいな。これをしゃぶりながら酒が飲める」

 あ、そこに気づいちゃった。


「こっちは瓶詰めよ。油に浸けてあるから保存が可能なの。このまま食べられるわ」

 モニカが次々と瓶を開けてヨナスさんに取り分ける。


「これはキノコをニンニクとチリで炒めてから油に漬けたもの。これは魚の干物を焼いて解してから漬けたもの。これは焼いた野菜、これはチーズ、これはスモークした牡蠣とホタテ」

「これも酒に合うな」

「浸けてあるオイルも調理に使えるわよ、オイルはパンにつけても美味しいし」

「うん。合うな」

 お皿のオイルをパンでぬぐって食べるヨナスさん。ニンニクオイルに浸したパンって美味しいよね。


「オイル漬けを調理するなら茹でた乾麺に合わせるのが簡単だよ」

 先ほどからパスタを茹でていたウィルコが話に入ってきた。

「茹でる前はこれ、茹でたてがこれ。フライパンにオイル漬けをニンニクと唐辛子入りのオイルごと入れて温めて…ニンニクの香りが立ってきたら茹でたてのパスタを入れてザッと炒めて塩で味を整えて完成」

 キノコと魚の干物、焼き野菜を使ったパスタだ。


「美味いな!」

「乾麺は常温で2年は保つから冬に備えて常備して欲しいんだけど、この村ではあんまり売れなかったな、冬でも魚が獲れるし豊かな村なんだな」


「いやあ冬は厳しいよ、節約してなんとか春まで保たせているんだよ。この村は慣れないものを受け入れない人間は多いな…周りの村も似た感じだぞ」

「まあ無理も無いわよね」


「なあ、それよりもこのネットを作ったら、こういう干し野菜や干し肉を作れるのか?」

「燻製は別だがな」

「明日には試作が出来ると思うから広場に持っていくよ。あとこの乾麺をまとめ買いしたい」


 ヨナスさんが楽しそうだ、普段は好奇心を満足させられることが少ないのだろう。

 宣言通り翌日の午前中には試作品を持ったヨナスさんがやってきた。


 この辺りでは嫁入り道具のリネンや普段着でよく使われている亜麻。収穫した亜麻の茎を水に浸して柔らかくしてから茎の繊維を取り出し、撚って糸にして織りあげる。

 この繊維に撚りをかける手順を工夫して糸の太さと強度を持たせてくれたそうだ。その強い糸で試作されたハンギング・ドライネット。試作なので簡単に一段だけ。


「一晩で作ってくれたのね!」

「野菜や肉を干す分には良いけど食器を干すには強度が微妙だな」

「冬に向けて干し野菜や干し肉作り用のネットだから問題ない」

「食器を干そうとするのは私たちくらいよ」

「それよりも網目を細かくしてくれて助かるよ、食べ物を干した時の通気性と虫除けが両立出来る」


 話し合いの結果、2段のものを30セット作ってもらうことになった。代金は半分を前金で残りは納品時に。製作に必要な間、私たちは近隣の村を回り、冬に向けて保存食を広めた。


 この世界が豊かになったら再訪して贅沢品を発注したい。ヨナスさんは現代の地球だったら才能あるデザイナーとして注目される人だよ!

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