第9話 神託

 花蓮の事業計画通りウィルコ教を通じて神託が下された。


 ウィルコ神は犯罪率の高さに心を痛め、全人類にステータス制度を導入することを決めた、その人物の犯罪歴や犯罪を犯す可能性を数値化、犯罪歴のある者は犯罪奴隷として神が管理する施設に自動的に送られて、労働が科せられる。


 犯した罪により決められた期間、犯罪奴隷として働き、社会に貢献して罪を償うのだ。

 服役期間を終えただけでは解放されない。服役期間の満了と犯罪指数がゼロになったら犯罪歴がクリアされ、労働への対価を渡されて犯罪奴隷から解放、一般市民に戻ることができる。

 服役期間を過ぎても再犯の可能性がある者は、永久に解放されない。


【職業貢献度】は文字通り労働の数値化だ。これは他人の労働の上に胡坐をかき、上長に取り入ることが得意で不誠実な人間を表す数値だ。犯罪ではないが不誠実であることは恥だ。経営者は労働者に対し、この数値をもとに報酬を支払わなければならない。これに違反すると犯罪と見なし犯罪者となる。



 これにより王族と貴族が一瞬にして一般社会から消えた。


── 神託が続く。


 王宮官吏が、これまで通り誠実に職務を果たすことをウィルコ神は期待する。

 約1年後に指導者を決める民主的な選挙を実施する。選挙で選ばれた指導者は、その地位につく期間の上限を4年とする。この世界に独裁者は不要。

 福祉や教育についても定めてゆく。詳しくは次の神託を待て。


── 全人類が神託を聞いた。


 そこら中で「ステータス」とつぶやく者が現れ、自分のステータスを確かめている。

もちろん強制的に転移させられた者もいる。犯罪者たちだ。

 犯罪者はステータスのスキルに応じて都市計画の予定地や農場や鉱山、工場などに送られた。スキルが磨かれ、労働の面白さに目覚めてくれたら改心する可能性が高まるだろう。



「怖いくらい上手くいってる…」

「無能な上司がいないってのは、これほど能率が上がるものなのか」

 ルイスがうんざりした表情でつぶやく。何か思うところがあるのかもしれない。


 今回の取り組みで「安心・安全」と「行政運営」の2つの指標が改善された。王宮職員は公務員として待遇を保証した。社会の安定は輝かしい来世に向けた大きな一歩だ。

 ちなみに花蓮が事業計画で参考にした資料の1つは国土交通省がネット上に公開しているハンドブックだ。細かくてマジ参考になった。「生活利便性」とか「健康・福祉」とか他にも改善しなければならないけど手つかずの項目は山ほどあるが、まずは最初の一歩だ。


 犯罪奴隷が消えた王都は問題なく機能していた。もう少し混乱が起きると覚悟していただけに拍子抜けもいいところだ。


「犯罪奴隷たちの様子はどうなの?」

狼のモニカに答える。

「もともと隙あらば犯罪を犯そうとする者たちだから、そんな余裕がないくらい働いてもらっています。食事が美味しくて夜もよく眠れているようですよ。あまりにも悪質で他人を害する可能性がある犯罪者は隔離した状態での労働です。

 やっかいなのは、人の心を乱すことに喜びを覚えるタイプの犯罪者ですが、これも隔離しました。労働よりも人を騙したり不快にさせたり出来ない状況が1番辛いようですね。みんな良く働いてくれる良い労働者たちですよ、今のところ」


狼のルイスも質問があるようだ。

「都市計画も順調なようだが、これはいずれ終わるだろう? 奴隷が余るようにならないか」

「都市の整備が終わったら街道の整備もありますし、まだまだやることは山積みです。

 鉱山や農場での成果も順調ですし、この秋の収穫は期待できそうです。清潔な都市が出来て、充分な栄養が取れれば死亡率も下がるので、今よりも食糧が必要となるし、引き続き農場を広げていかないと追いつかないでしょう。改心する奴隷が増えたら、奴隷ではなく労働者として雇っていきます」


 犯罪者の資産は没収して、可能な場合は犯罪被害者に返還したり遺族に分配したり、この世界のために苗やら種やらを買ったりした。この世界でありふれた病気についても調べた。治療薬を作るために必要な材料になる植物の栽培も始めた。それでも没収した資産が余っているので、今後も役立ってくれるだろう。


「ウィルコの出番は?」

「今のところ無いです。ルーティンを回すだけまで落とし込まないと彼に引き継ぐのは無理でしょう、中途半端に任せたら台無しにされそうです。まずは自分で自分の面倒を見られるようになってもらわないと」

「とりあえず大根の皮は剥けるようになったわね」

「大根サラダにも飽きてきましたので今日は秋刀魚を焼いて大根おろしをたっぷり添えましょう」

 ルイスとモニカのおかげでウィルコが大人しい。本当にありがたい。


「今の状態のウィルコなら一緒にやっていけそう。ルイスもモニカもありがとう」

「うまくやっていけそうなら、それが良い」

「うん」

「ウィルコと一緒にご飯の支度をするの?」

「うん、ルイスとモニカも一緒にお願い」

「もちろんだ」


 人型に変化したルイスとモニカと一緒にウィルコとの共有キッチンに来た。


「カレン! みて!」

 分厚く皮を剥かれた大根を掲げるウィルコ。そこそこちゃんと出来ている。変態でさえなければ素直な良い子と言えないこともない。

 散々、無能と罵ったけど実務未経験で現場に一人で放り込まれたと思えば同情できなくもない。この素直さで成長してくれたら早めに世界の立て直しに役立ってくれるかも。


「うん、上手に出来たね。今日はこの大根を下ろして秋刀魚の塩焼きに合わせよう。大根の皮むきはマスターしたと思うから明日から別なものにチャレンジしようね。今日のご飯を一緒に作ろう」

「うん、じゃあ下ろしていくね」

「皮はキンピラにするから千切りにしておいてね」

「オッケー」


「花蓮、私たちは米を炊いて味噌汁を作ろう。古い野菜は使ってしまうぞ」

「ありがとうルイス、モニカ。私は副菜を作るね」

「何を作るの?」

「茄子があるから揚げ茄子の肉みそ和えにするよ、ご飯が進んじゃうやつ!」


 茄子は縦に四等分、皮は剥かずにそのまま。切った茄子をじっくりと素揚げしておく。

 フライパンに油をひいてニンニクとひき肉を炒める。ニンニクはチューブを使った。ひき肉に火が通ったら調味料を入れる。今日はオイスターソースと中華スープで中華風にしよう、豆板醤で旨辛だ。水分が飛んだら揚げた茄子を入れて絡めて出来上がり。

 ネギと鰹節を乗せて冷ややっこもつけよう。大根の皮のキンピラもあるし充分だよね。


 テーブルの真ん中に土鍋ご飯が3つとお味噌汁のお鍋。お代わりはセルフサービスだ。

 炭火で焼いた秋刀魚に大根おろし、揚げ茄子の肉みそ和え、冷ややっこ、大根の皮のキンピラ、土鍋で炊いたご飯に、具沢山のお味噌汁。


「今日はシモンとテラが来るんだっけ?」

「うん、ご飯は多めに炊いてもらったから足りると思うんだけど」

「これだけあれば充分でしょう」

「あ、来たよ」

シモンと地球の神様が現れた。


「いただきまーす! ルイスとモニカが炊いたご飯美味しいね!」

「土鍋で炊くと旨く感じるな」

「土鍋の効果じゃなくて本当に美味しいよ! ウィルコの千切りもちゃんと出来てるね。キンピラも美味しい」


 地球の神様がホロリと涙をこぼした。

「どうなるかと思ったけれど、仲良くやっているようで良かったわ」

「私たちのエリアには出禁だけどね!」


「自立に向けて自炊の訓練も今のところ真面目に取り組んでいるようですね」

何もかも始まったばかりだけどシモンもウィルコを評価し始めている。

「ここまで要求した訳ではなかったのですが、いえもちろん願ったり叶ったりなんですが」

「だってせっかく改善してもウィルコがゴミクズのままだったら、またろくでもない世界に戻ってしまうと思うし! キープできるように成長してもらわないとね!」

 申し訳なさそうなシモンに思ったままをオブラートに包まずに答える花蓮。


「そうなったらカレンはここに残りたくなる?」

「え、絶対にヤダ」

 ウィルコのピュアな質問を花蓮がぶった切る。


 涙目のウィルコをフォローしようとテラが口を挟む。

「でもほら、よく言うじゃない? 何もできなかった彼氏に家事を仕込んだら別れがたくなるって」

「そもそも彼氏じゃねえし! 彼氏ってもともと好意を持っているでしょ? 私の場合、ウィルコは変質者という認識だし。

 それにその事例は彼氏と別れるのが嫌っていうより苦労して調教して家事ができるように仕込んだのに、そのまま放流して次の女が何の苦労もせずにメリットだけを享受するのが面白くないだけだよね? そのカップルの女性、もう相手の男の人のこと全然好きじゃないよね?」

ウィルコとテラが下を向く。


「分かるわ」

 タン!っと箸を置いたモニカの声が力強い。何か思うところがあるらしい。


「新入社員がOJTを卒業して指示待ちの部下から自分で動ける同僚になって、成長したなって思った途端に転職していくのがムカつくのと同じよね。そこにじょうなんてないわ。ただムカつくだけよ」

 シモンとウィルコが静かだ。ルイスは怒った顔で肯いている。


「あとウィルコを未熟なまま放流したウィルコの上司にあたる人? 神? には言いたいことが山ほどある」

「せっかくの機会だから言ってやりなさい」

「モニカ?」

「このシモンがウィルコを未熟なまま放流した神よ」


「ええー!!!!」

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