平均的な男子高校生がラブコメをする
氷堂 凛
一章「平均的な男子高校生ですがラブコメできてませんか?」
運命の再会ってこんなにあっさりでしたっけ?
桜が舞い散る春。
世間では年度が変わり、学年が変わったもの。社会的身分が変わったもの。居住地が変わったもの。など、沢山の人間が環境を変え、新たなスタートを切る。
ただ、年度が変わるだけ、学年が一つ上になるだけ。でも、それだけで人間はどこか成長したように感じてしまう。もちろん、それは他人事ではなく俺もそうだ。
今日は、俺の高校二年生という一番ラブコメでありそうで、一番高校生活において自由な一年の記念すべき第一日。いや、正確には四月一日から社会的身分では高校二年生なのかもしれないが、これは意識の問題である。ということにしておく。
春休みの期間はただ部活動に明け暮れる日々といういかにも高校生という感じの映えない生活を送っていた。現在彼女もいなければ、特に作ろうという気もない。しかしだ、気になる人位はいるぞ。これを恋と呼ぶのか、それはどうか分からないがな。
そして、俺は玄関に丁寧に並べられたローファーに足を入れる。去年一年酷使したおかげでもう違和感は微塵もない。
「いってきます~」
家からは返答がない。それもそうだ。父と母は先に仕事へ出ている。違う会社に勤めている二人だが、一応二人とも会社では上の役職をもらっているらしい。部下よりも先に到着することに命を懸ける典型的な日本人だ。
ドアを開けるといつもと変わらない空気が俺に纏わりつく。春らしく、心地の良い風が時々抜けて行く。
自然界からみれば何の変哲もないただの一日だが、俺たちにとっては大きな一日である。新学年の始まりの日というのは、ある種の勝負の日でもある。この日本にはスクールカーストなどという忌まわしいものがある。どの世界でも、序列があるのは仕方のない事ではあるが、日本のスクールカーストというものは中々酷なものである。
よく、小説やアニメなんかにあるスクールカースト最上位もしくは最下位なんてものとは遠き存在の俺であるが、そこそこに人間関係というものは持っておくのが妥当というものである。
まぁつまり、ラノベ主人公といわれるようなキラキラした生活を俺は送っていないが、そこそこに楽しく毎日生活している。大体、俗に“ラノベ主人公”などと言われるような人間がこの世の中にはいるのだろうか?いいやいないと思う。というか思いたい。
電車に乗り込み、学校を目指す。電車内ではスマホをいじるか小説を読む。いたってどこにでもいる高校生の日常である。
この世の中の能力値に平凡さという項目があるのなら、それがカンストしている人間。それこそがこの俺氏こと
最寄り駅で降り、改札を抜けるとそこには同じ制服を身に纏った学生たちが楽しそうに歩いている。
春休み期間の部活での登校時にはあまり人がおらず、この瞬間を久しぶりに見たので、なんともいえないがいかにも学生してる感がして、楽しくなってきた。
「翔太郎ッッ!」
後ろから背中のあたりに強い衝撃が走る。
「いってぇな……なんだよ二郎」
後ろから、いかにも運動部系やんちゃ高校生という感じで背中を強襲してきたのは、二郎こと
「おはようのあいさつだよ。もう俺ら高二だぜ?彼女ほしい」
「朝から彼女ほしいって……お前はそれしか、言えないのか?」
典型的で健康的な高校男児であることは素晴らしいのだが、朝っぱらから彼女ほしいとは……どういう思考回路しているのだか……
「翔太郎は彼女作らないのか?」
「生憎、今はそれどころじゃなくてな」
「そうか、作る前に探すところから始めないとな~お前モテないしなぁ~」
「うるせぇほっとけッッ!」
まぁ、完全に否定はできないのでこの辺にしておく。モテるか否かなんて関係ないというのが俺の持論だ。え?負け組の遠吠えと思った?うるせぇほっとけ……
最寄り駅から学校まで徒歩十分程度。
同じ調子で他愛のない事をぺちゃくちゃと話しつづけた。
校庭の桜が、相変わらず綺麗に咲いている。部活のレスト中によく眺めた。見ているだけで心が豊かになるような、そんな素晴らしい桜の木だ。
正門をくぐり、正面玄関へ向かうと、今年のクラス編成表が張り出されていた。
「えっと……し……し…………四季島!あった!え~と、2-Bか」
自分の名前とクラスを確認し、自分の教室へと足を進める。
この私立
席につき、机の上に置かれている紙類一式に目を通す。
健康カードに生徒安全カードなどの事務的な書類から、学年通信や教科担当挨拶などなんとも面白みに欠けるものばかりであった。いきなり小説を読み始めるのは陰キャのレッテルを張られそうなので、取り敢えずクラスの名簿でも眺めておく。
上から順番に目を通すが、やはり名前と顔が一致するのは両手で数えられる程度である。
「(
流れるように黙読していたのだが、その文字を見て思わず声を上げてしまった。
急に立ち上がったことで、座っていた椅子が後ろの机と接触し大きな音を立てたが、クラスメイト達は各々話に夢中で気づいていない。
冷静になりその状況を把握、したことで俺はもう一度席に着く。
「(水瀬佑奈……って……いや、でも、同姓同名の可能性だってあるし、まだ本人をみるまでなんともいえないし。というか、もう五年も六年も前の事だし……いやでも……)」
と、一気に脳内の警報は鳴り響き、“情報を処理できませんという“エラーが頭を駆け巡った。
そして思考回路がエラーを起こし、しばらく時間が経った。いつの間にか人間の数は増えており、担任の先生が教卓で腕時計とにらめっこしていた。
そして、チャイムという名の一種の時間束縛音が鳴った。
「それでは、高校二年生B組のみなさんおはようございます。今年から二年を担当することになった、
「(水瀬佑奈……左斜め後ろをみれば彼女はいる。真実は確かめられる……でもまてよ)」
「なぁ、四季島?」
「(やばい、倒れそう。でも、彼女が去年一年この学校にいることに気づかなかった……というのか。落ち着け四季島 翔太郎……)」
「四季島……?おい、どうした?四季島ぁああああ!」
突然叫ばれた自分の苗字に思わず反応し、起立してしまう。
「ハイ!!!!」
これがいわゆる綺麗な直立というやつだ。先ほどから思考回路は停止したまま、ただロボットのように呼ばれた名前に反応したに過ぎない。今の自分の状況が理解できない。
「お前……話聞いてなかったろ?」
「……は!」
目の前に何故かいる山本先生が正常に働きはじめた思考回路を一気に冷やす。そして、全身に冷や汗が浮かぶ。
「その様子じゃ図星だな……二年早々クラスの注目とはやるな翔太郎」
目の前の女帝が、俺を指さして笑ってくる。
「いえ、そんなつもりは……あ、え~と、みなさんどうも……」
クラスメイトからの鋭い視線になすすべなく、取り敢えず挨拶をしておいた。
そして、正常に戻った思考回路の影響ですっかり忘れていたが、左斜め後ろには、五年前にみていた少女の面影を持った少女が、おしとやかに笑いながら座っていた。
無事にとはいえないが、取り敢えず朝礼が終った。
「よ~し、お前らぁあ~体育館へ移動しろぉ~で、翔太郎はこっちへ」
「え?あ。はい……」
女帝こと山本先生の声が教室に響く。女帝といえども、まだ若い。頼れるお姉さん……というよりかは、酔いつぶれているのがよく似合う方のお姉さんであるのだが。
女帝の前にいくと、瞬きをした一瞬の隙をつかれて、眉間に衝撃が走る。
「ッッ!!!」
「私の話を聞かなかった罰ってやつだ。で、なんだ、悩み事でもあるのか?」
この人は基本的に適当主義なんだけど、他人の心情を読んだり目を配ったりすることには優れている。一年間過ごしてきてそれだけはよく分かった。
「悩み事というほどの事ではないのですが……」
「お。なんでも聞いてやるぞ。なんだ、勉強の悩みか?それとも部活の悩みか?それとも恋の悩みかな?まさか性のお悩みだったりして~~?」
「なんでもありません!ただの考え事です!!」
全く、目を配ることはできてもその先のデリカシーさに欠けているんだから……
この人に少しでも優しさを感じた俺が馬鹿だった……
「ほんとかぁ~?まぁ、いいや。なんかあっても、ため込むなよ」
「はい。ありがとうございます」
「アッチの方も溜め込むなよ?」
「余計なお世話です!!!!」
笑いながらどこかへ去っていった。ほんとに恐ろしい人だよ……でも、頭の中が今の流れで少し整理できた気がする。さぁ、体育館へ行くか。
体育館へ行くと、もうすでに各自決められた場所へ整列を始めていた。
俺も2-Bが指定された場所へ向かう。出席番号順とかいう古風で非合理的な並び方をさせられているので、すでに所定の位置について座っている人の合間を抜けるようにして進んでいく。
その道中で、彼女が見えた。
やはり、どこからどうみても、俺が知っている五年前の水瀬佑奈なんだよなぁ……
さかのぼること小学校五年生になる。
俺は今と変わらない感じで、陽キャと陰キャの中間を生きていた。そこで、同じような立場にいた水瀬佑奈という同級生と仲良くなった。最初は、ただのクラスメイト。そこから度々話を交わすようになって、たまに一緒に帰るようになって。そして、俺は恋に落ちた、最初で最後の自分から好きになった恋だ。
そして、結局俺は彼女に想いを伝えられないまま、彼女は父の仕事の都合で引っ越していった。当時携帯電話なんて持っていなかった俺は彼女とのパイプを完全に断たれ、もう再開は諦めていた。
だから、中学時代は別に彼女だっていたし、記憶の片隅にももう水瀬佑奈という人物はいなかった。
それなのに、どうして……今になって現れる?
本当に彼女はあの水瀬佑奈なのだろうか?もし、そうだったとして、彼女は俺に気づいているだろうか?そもそも、存在を覚えてはいるだろうか?
まぁ良い。考えても仕方ない。後で聞いてみることにしよう。恥は捨てよう。男四季島!聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥の精神で強く参ります!
体育館での始業式という苦痛で仕方ない時間が幕を下ろした。
体育館から一斉に人間が解き放たれる。無論、自分もその群集の一人なのだが。
教室へ入る。次のHRまではあと15分ほどある。この15分で勝負を決める。と、その前に取り敢えず自分の椅子に座ろう。脳内作戦会議をしないと……ウンウン
「あの……しょうちゃん?」
「にゃい?!」
脳内会議を始めようとした途端肩をポンポンと叩かれ、凄く懐かしい呼ばれ方をした。その驚きと混乱から、思わず猫語を発してしまった。
「しょうちゃんだよね?私、佑奈だよ!覚えてない?」
「佑奈ちゃん……やっぱり、あの佑奈ちゃんなんだね?」
脳内会議は開催されることなく、結論が先に出てしまった。懐かしい雰囲気とともに、昔から変わらないその優しい声と、どこかのお嬢様のような優しい表情に思わず涙が出そうになる。
「あの佑奈だよ!」
「ちょっと、驚きと喜びで混乱しているんだけど、どうしてこの学校にいるの?」
彼女は引っ越したはずだ。それなのに何故こんな辺鄙な高校へきたのか……
「実はね、道田君とたまたまネットで繋がっちゃって。それで、四季島君の事をきいたらこの学校を志望してる、って聞いたから、受けたの」
道田君こと道田輝馬はこの学校の頭脳派代表にして俺の親友にしてネット中毒。なるほど、奴なら知り合いのアカウントをみつけるくらい容易いというわけか……
「なるほど……って、俺がここに進学したから進学したという解釈で正しいと思うんだけども、何故?!」
「だって……別れの前にあなたが『待ってる』って熱烈に私に言ってきたから……」
おいおいおい。どんだけ純粋なんだよこの娘おおおおおおお!!それに、瑞城は偏差値も微妙な自称進学校、おまけに私立!!
「なるほど。事情は理解できないが把握は出来た。でも、去年一年顔も見なかったけど、この学校にいたの?」
ちょっと、進学動機などもろもろのことはいったん置いといて……一番の矛盾がこれだ。彼女を俺は去年一年全くと言っていい程認識していなかった。すれちがった程度があったのかもしれないが……とにかく、彼女は分かっていながらどうして声をかけなかった?
「それは…………」
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