【3月8日】分岐点
王生らてぃ
【3月8日】分岐点
「あっ見てください。あんなところに何か、咲いていますよ」
海沿いの寂れた線路沿いを歩いていたとき、カロがノイズ塗れの声をはっきりとあげた。
わたしはカロの乗ったトロッコを押しながら、少しずつ、少しずつ、その方へと近づいていく。ぎしぎしと軋む、錆び付いたトロッコの車輪、わたしとカロの身体。
小さな分岐点の近くでトロッコを止めた。カロを抱え上げてトロッコから下ろす。ふたつの線路が交差したその真ん中に、鮮やかな白い花がひとつだけ咲いていた。海風に乗って、どこか遠いところから種が運ばれてきたのだろう。
「綺麗ですね」
カロはざらざらっと笑った。
そのときに体を揺すぶったので、右腕が肩からぼろっと落ちた。さすがのカロもこれにら苦笑するしかなかった。
カロはずいぶんボロボロだ。
腰から下は完全に朽ちてしまっていて自分の力では歩けないし、声帯はざらざらしていて、最近は記憶領域のバグがひどく、ときにはわたしのことも忘れてしまうことがあった。でも、顔だけはずっと変わらない。いつも通りのカロだ。
もしかしたら、もうとっくの昔にカロの人格や魂と呼べるものはなくなってしまっているのかもしれない。だけど、わたしはカロをトロッコに乗せ、線路をずっと旅してきた。
「ありがとう。マスター」
カロは花を引っこ抜かず、慈しむようにじっと眺めていた。
「ここまで私を連れてきてくれて。うれしかった、です、でも私はもう、限界かもです。これ以上は動けません」
そんな気がしてた。
毎日してた。
夢に見られなくてもわたしは覚悟はしていた。カロがいなくなる日のこと。
「ありがとう。ありがとう、マスター、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとう、ありがとう……」
何度も何度も繰り返される「ありがとう」は、海風に吹かれて少しずつ小さくなっていった。カロが完全に動かなくなった。わたしは錆び付いたボディをバラバラにして、まだ動かせそうなところを自分の腕や足に接続して、残った残骸や余計なバグ、メモリーはぜんぶ食べてしまった。
残ったのは、昔わたしがプレゼントしたアンクレットだけだ。
足がなくなっても、ずっと体の中にしまっていてくれたんだ。泣きたくなったけど、機械の目に涙は必要ない機能だ。ふたつの銀の輪を、分岐点の白い花にくぐらせて、そこに置いたままにした。
ようやくわたしは線路の上ではない別の場所を歩くことができる。
立ち止まるよりも、歩いていたい。
【3月8日】分岐点 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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