乱筆乱文のほど、ご容赦願います
部室のドアに固定された連絡箱は、研究室として使われていたときの名残である。教授らが新館へ移動した二年前から、オカルト研究会の根城となっていた。
「小泉くん、今日も有力な情報はないようだ。匿名でも、幽霊あるいは怪奇現象の目撃情報を入れてくれたらいいのにな」
連絡箱に顔がくっつきそうなほど凝視した
「見てくれ! 初めての情報提供に違いない。研究会創立から待ち続けたかいがあったよ!」
「よかったですね! 八雲先輩」
飛び上がったときにスカートがめくれ、僕は慌てて目を逸らした。何事も動じないクールな先輩が、ここまではしゃぐのは珍しい。
「廊下は明るすぎるから、部室で怪談を聞けるムードを作らないとな。小泉くんも手伝ってくれ」
「もちろんです。僕は何をすればいいですか?」
「ここに記された情報を読み上げてほしい。古文書の解読はゼミで慣れているはずなんだが、私には見当がつかない。男子の雑な字は男子に解読してもらうのが一番だ。私が準備している間、黙読しておいてもらいたい」
先輩が匙を投げた文章。
僕はこくりと喉を鳴らし、目を通していった。
――――――――――――――――――
夜の九時を回ったときのことです。バイト終わりの私は、駅に向かって歩いていました。踏切を待っていると、反対側から赤いものが一つ二つとやってきます。その数はだんだん増えていきました。ようやく渡れるようになったときには、炎のように辺り一面が真っ赤に染まっていたのです。
赤い人達に飲まれた私は、行きたい方向に進めません。それどころか、元いた場所へ戻されていきました。
――――――――――――――――――
「期待していた通りの声だ。おかげで有意義な時間だったよ。切り取り方次第で日常の風景が怪談っぽくなるのは、新しい発見だ。ありがとう、小泉くん」
「いいえ、それほどでも」
八雲先輩が喜んでくれて嬉しい。ほっと息をついていると、先刻の発言に引っかかりを覚えた。
「怪談っぽい?」
「あぁ。広島市内でよく見かける光景だ。やや誇張しすぎだけどね。カープファンの八雲くん?」
バレてた! 別人が書いたと思わせるために、利き手じゃない手で書いたのに。
「八雲先輩、僕はからかうために投函したんじゃなくて……!」
「だめじゃないか。五月までしか生きられなかった坊やの霊が胴上げ写真に映り込んでいるとか、ほかに言い方があっただろうに。まだまだ部員としての自覚が足りないようだ。精進しなさい」
謝ろうとした僕を、八雲先輩は予想外の言葉で叱る。確かに「調子がいいのは鯉のぼりの季節まで」というあるあるを言い換えた方が、何倍も怖い。さすがはオカルトマニアの先輩だ。
「怒っていないんですか?」
「なかなか面白かったからね。次の情報提供も楽しみにしているよ。字はもう少し読みやすく書いてくれると助かる。『乱文乱筆のほど、ご容赦願います』とはよく言ったものだが、書体にこだわらなくていい」
「……気をつけます」
オリジナルの怪談を書くのは怪奇現象の取材より難しいけど、八雲先輩のために頑張ろう。これが僕なりのラブレターなんだから。
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