6 元聖女と執事の旅路

 クロード曰く、ルドルク王国からクロウフィール王国までは馬車で丸一日程掛かるらしい。


 ルドルク王国は王都と呼ばれる広大な土地のみが人間の暮らす居住区になっている都市国家だ。

 この国を出た事は無いけれど、一般的に多くの国がそういう形を取っているのだとか。

 クロウフィールも同様だ。


 だから王都を出てしまえば聖結界の外で生活をしているような命知らず以外、人は住んでいない。

 だから残念だけど、宿の類いとかは期待できないらしい。

 少なくとも、ルドルク王国側の国境を超えるまでは存在しない。


 だから一度は野営という形になるようで、その件に関してはクロードに謝られた。

 別にいいのに……。


 ……うん、そうだ。別に良い。

 そういうのも良いかなって思う。

 多分きっと、楽しいだろうから。


 ……まあその時の事はその時考えるとして、まずは目の前の問題に目を向けていかなければならない。


「クソ……数が多い……ッ! お嬢! 絶対にそこを動かないでくださいよ!」


「う、うん!」


 クロードはもう何度目になるか分からない魔物の襲撃を剣と魔術で迎撃していく。

 改めてみたクロードの動きは本当に素早く鋭くて、この人に任せていたら大丈夫なんだって安心感が湧いてくる。


 正面の敵は剣で一網打尽にし、それ以外の敵は正面の敵を相手にしながら雷撃を操る魔術で撃ち貫いていく。

 途中、なんどか手助けした方が良いんじゃないかって思ったけど、多分私が動いたら足手纏いになるだけなんだろうな、ってのは直感で感じた。


 それでもクロードだって人間だ。

 これまで無傷で戦ってくれてはいるけど、それでも疲労は蓄積する。


 クロード曰く何故か異常な程に魔物と会敵する現状でこのままだと、いずれクロードが大きな怪我を負うかもしれない。

 それは嫌だから。


 私は元聖女として、やれる事をやってみようと思った。





「これで最後……やっと片付いた」


 そう言って息切れ気味のクロードは剣を鞘へと仕舞う。

 そして私の元へと歩み寄ってきて言う。


「お怪我はありませんね、お嬢」


「うん、私は大丈夫だけど……クロードは?」


「俺も大丈夫ですよ。まあ……正直結構しんどいですけどね。情けない所をお見せして恥ずかしい限りですが」


「いや、クロードずっとかっこよかったよ!」


「あ、そ、そうですか……」


「……う、うん」


 自分から言っておいてアレだけど、面と向かってそういう事言うの恥ずかしすぎる。

 この妙な間が良くも悪くも凄い苦しい。

 ……まあ、とにかく。


「と、とにかく怪我が無いなら良かった」


「次も怪我無く頑張りますよ」


 クロードはそう言った後、少しだけ深刻そうな表情で言う。


「多分次はすぐに来るだろうから、気を引き締めなければ」


「……多いね、魔物。王都の外に出るのは初めてなんだけど、これが普通なの?」


 浮かんできた疑問をクロードにぶつけるが、クロードの表情で大体答えが分かった。


「いえ、俺も王都の外にはあまり出る機会が無かったんで聞きかじった知識になるんですが、この状況は異常ですよ」


「そうなんだ」


「これが当たり前なら、国家間の貿易などは今よりずっと難しくなる」


 そう言ったクロードはこれまで来た道を。

 ルドルク王国の王都に視線を向けて言う。


「多分、王都で何かが起きているんでしょう」


「え? どういう事?」


「これまで戦ってきた魔物は九割方、俺達を襲ってきたというよりは、進行方向に俺達が居たから戦いになったというような感じがするんです。つまり……多くの魔物が王都に向かって歩みを進めている。まるで何かに吸い寄せられるように」


「……」


 何か。


「……その表情、心当たりでも?」


「多分、あの新しい聖女が張った結界だよ」


「そういえば、凄い嫌な感じがするって言ってましたね」


「うん……ほんとうにただの憶測でしかないんだけどね」


 分からない。

 確証は持てない。


 だけどあの新しい聖女を見て、彼女だけは駄目だと感じた直感。

 ……それはもしかすると当たっていたのかもしれない。

 そしてもし当たっていたのなら……早く何とかしなければいけないんじゃないだろうか?


 ……でも私はもう戻れない身で。

 ……仮に戻れても、何かを成すためのモチベーションも湧かなくて。


 ……だから。


「……進みましょう、お嬢」


「うん……そうだね」


 今は前を向くことにした。

 もうこの国の事は知らない。

 そう考えると決めたのだから。


 ……人としてその選択が正しい物なのかは、私にはよく分からなかったのだけど。



 ……と、それはそれとして、クロードが戦ってくれている裏でコソコソやっていた事がたった今、形になってくれた。


 私はその場で両手を組んで祈りを捧げる。


「ど、どうしました急に」


「ちょっと待って、今一番大事な所だから」


「は、はぁ……」


 やや困惑するクロードをよそに、私は私にできる事を。

 一分一秒でも早く形にしたかった物を形にして……発動させる。


「……ふぅ」


 それが無事終了して軽く息を吐いた。

 そしてそれが話しかけてもいい合図とでも思ったのか、クロードは聞いてくる。


「あの……今何をしていたんですか?」


 そして別に隠す必要もないから。

 私は素直にその問いに答える。


「ほら、このまま戦い続けたらクロードの身が持たないかもって思ったから……この馬車に移動式の聖結界を張ったの」


 私にもできる事を精一杯やった、その結果の話を。

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