エピローグ 青空の先
俺たちはトレア湖をなぞるように南へ降りていき、イコンという街を目指していた。
天気は快晴。見渡すばかりの草地に覆いかぶさるように広がる青空。呑気な羊雲が三つ、どこへ向かうのでもなく流れていく。
俺たちの馬車は新緑の中をカラカラと車輪の音を響かせながら進んでいく。その周りをサクラは白く美しい髪をはためかせながら無邪気に駆け回っていた。
「すごい! 先が見えない!」
サクラが感嘆の声を上げる。森を出てからずっとこの調子で、「あっちに見えるのはトレア湖ですよね!? あんなに広いなんて!! 森の泉の何倍あるのかしら!?」とあちこちへ走り回っている。本当に何百年も生きてきたのだろうか。テンションだけ見たらもはや5歳児だった。
「……巫女様。興奮するのは構いませんが、お願いですから馬車の前だけは走らないでください……」
馬の手綱を握るロキアが辟易しながらサクラをたしなめる。
「ごめんごめん! それよりロキア! あっちに見えるのってルクセン山脈よね?」
「はぁ……。そうですよ。巫女様」
あ、諦めたなあれは。
「これから大変そうだな」
「巫女様には悪いけど、先が思いやられるわ」
馬車の中から声をかけると、ロキアはやれやれと頭を押さえる。こんな晴れ晴れとした景色の中で、どこまでも難儀な奴だ。
「まぁ、サクラが落ち着きないのもきっと最初だけだ、いざとなったら俺だって協力す……ちょっと待て、あれなんだ!? おいロキア! あそこで飛んでる鳥めちゃくちゃでかくないか!? サクラあれ見てみろよ!」
「すごいです!!」
「はぁ……」
ロキアは大きな、それはもう大きなため息をつく。俺とサクラは遠はるか彼方に飛んでいる馬鹿みたいにデカい鳥を指さし、気が済むまではしゃぎまくった。
「これ、あんたにあげるわ」
デカい鳥がどこかへ飛び去って行ったあと(ちなみにサクラが鳥の後を追うように明後日の方向へ駆けていきそうになり、ロキアが必死に呼び止めた)ロキアは俺に何かを投げ渡した。
「おわっ、よっと!」
何とかキャッチすると、練習に使っていた魔道銃だった。
「え、これって」
「お礼よ」
こっちを見もしないで、さらっと口にするロキア。
「いいのか? これ高いんじゃなかったか?」
「いらないなら返してもらうけど?」
「いる! めっちゃいる!」
必死に銃を握りしめて子供のように主張する俺に、「何慌ててんのよ……」とあきれた様子のロキア。最近ロキアの呆れ声しか聞いてない気がする。
俺はもらった魔道銃を掲げて、細部まで嘗め回すように観察した。
「やっぱカッコいいなぁ」
魔法は使えなかったが、この銃を使えるだけでも割と満足だ。
そうしていると、ようやく少し落ち着いたサクラが馬車に戻ってきた。
「あ、ユキヒロ。それどうしたんですか?」
「サクラ、おかえり。さっきロキアからもらったんだ。見てみるか?」
「はい! 見せてください!」
「ああ、これは魔道銃っていってな」
サクラが俺の隣に座る。俺は夢中になってロキアからの受け売りをサクラに話す。
そんな様子をロキアは一瞥し、くすりと微笑んだ。
「……ありがとう」
「? なんか言ったか? ロキア」
「何も」
閉じられた森から、どこまでも続く青空の先。
馬車は最初の街、イコンを目指し進んでいく。
その先はルクセンメリアで、その先は、どこにたどり着くのだろう。
俺はこの旅の先にあるまだ見ぬ世界を思い浮かべて、少しだけ胸が高鳴った。
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