第12話 よい旅を
翌朝、俺とサクラ、それからロキアとタイニーが石碑に集まっていた。
俺は一人、石碑の前に立つ。
三人の視線を感じる。事ここに至って、今更ながらどうしたら願いが叶えられるのかわからないという事実に直面し、俺は硬直してしまった。
やべぇ、どうすりゃいいんだ。冷汗がたらりと頬を伝う。
マズい。どうしよう。どうすれば――、
「落ち着けよ。大将。背中が小さく見えるぜ」
内心パニックになっていると、ふわっとタイニーが寄ってきて、俺の肩に留まる。
「まずは深呼吸だ。それからゆっくりと、自分の願いを、心の中で思い浮かべてみな。そしてはっきりと口にする。これが俺の願いだ。叶えやがれってクソ野郎ってな。それで駄目だったら謝ればいい。そんで他の方法を探す。それだけのことさ」
「……願い叶えてもらう立場なのに口悪すぎだろ」
苦笑する。タイニーの軽口のおかげで、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
それから、俺は言われた通り一度深呼吸をしてから、心の中で思い浮かべた。
サクラと、ロキアと、タイニーとここでないどこかで笑いながら旅をする姿を。
みんなが楽しそうに、幸せそうに、今この瞬間を謳歌する姿を。
「どこかの名前も知らない誰か、聞いてくれ」
あの真っ白な世界にいた、彼女に話しかける。
「俺は、みんなとこの世界を旅したい。まだ見たことないものを一緒にみたい。世界のいろんな場所で、笑いあいたいんだ」
石碑に手を置く。サクラを、みんなを縛り付けていた根源。全ての元凶。
「だから、頼む。サクラにかかった呪いを解いてくれ。それが、俺のこの世界で望むたった一つの願いだ」
俺がそう祈った、その瞬間だった。
突如巨大な光の奔流が天から石碑に降り注ぎ、俺はあまりの衝撃に耐え切れず吹き飛ばされた。
「ユキヒロ!?」
サクラが俺に駆け寄る。痛みに顔をしかめながらも、視線を上げた。
巨大な光は石碑に吸い込まれるように一瞬だけ消えると、次の瞬間津波のような波紋が森全土に広がった。
俺はとっさにサクラを抱きしめて波紋からかばった。
一体どれだけの時間が経っただろうか。気が付くと、森は静けさを取り戻し、波紋は何事もなかったかのように止まっていた。
「終わった、のか?」
「いつまで抱きしめてんのよ。馬鹿」
ぱしんとロキアに頭をはたかれる。
腕の中には顔を真っ赤にしたサクラが小さくなってあたふたとしていた。
「あの、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「え、あ、ああ! ごめん!!」
慌ててサクラの肩を持って離れる。
「それで、サクラ。何か変わったか?」
「はい、あの、一体、どう言ったらいいのでしょうか?」
サクラは自分に起こったことに戸惑いながら視線をあちこちにやり、言葉を探す。
「ずっと体に纏わりついてたものが取れたといいますか、引っかかってたものが取れたといいますか、……そうです、あの感覚に似ています!」
サクラは何かを思いついたようにパっと顔を上げる。
「魚の骨が喉に刺さってたのが抜けたときの感覚、あれです! あれとおんなじです!!」
「……ぷ、ククク、はははははは!!!」
まるで世紀の大発見のように顔を煌めかせながらそう言うサクラに、俺は耐え切れなくて大声で笑ってしまった。
「な、なんで笑うんですか!!」
「だって、まさか呪いが解けた最初の感想が魚の骨って、そんな言葉出てくるなんて思わないだろ普通」
「うう、だってそう思ったんですもん……。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「ごめんごめん」
不服そうにむくれるサクラに、俺は笑いすぎて出てきた涙を拭いながら謝罪する。
「まぁ、とにかく。これで、何とかなったかな」
ひと段落といった感じでほっと息をついた。
だが、ただ一人だけ、タイニーだけがこれまでにないほどに気を張り巡らせて、何かに警戒していた。
「……いや、そういうわけにはいかないみたいだぜ。大将」
真剣な声に促され、石碑の方に視線を向ける。
石碑の根元から、薄暗い靄のもうなものが湧き出していた。
「……なに? あれ」
ロキアが信じられないものを見るように目を見開いている。
冷汗が止まらなかった。魔法を使えない俺ですら、あれが明らかに尋常でないものなのは本能で理解できた。
「なぁサクラ、あれなんだかわかるか?」
「……いえ、わかりません。だって、もうここには何もないはず――」
「!? 下がってろ!!」
タイニーが叫び、俺たちは跳ねるように距離をとった瞬間、大量の暗い靄が天へ向かって噴き出した。
「おい、あれヤバくないか!?」
「ヤバいに決まってるでしょ!? なんなのあのふざけた魔力!」
「そんな、こんなこと、あるはず……」
「サクラ! 離れるぞ!!」
信じられない光景を目の当たりにして固まっていたサクラの手を取り、無理やり石碑から離れさせる。
取り乱す俺たちとは対照的に、タイニーだけが冷静に靄を見据えていた。
「……ま、サクラは耐え切った。ロキアは支え続けた。大将も男を見せた。次は俺の番ってやつだな」
タイニーのまっすぐ靄を見据える視線。なぜだか、いやな予感がした。
「おい、タイニー。何するつもりだ?」
「大将」
「……なんだよ。馬鹿なことするつもりなら全力で止めるぞ?」
タイニーは振り返り、ニカっと笑って見せた。
「よい旅を」
「タイニー!!」
駆け寄ろうとすると、タイニーの周りを壁のような暴風が吹き荒れ、俺はたまらず腕で顔を覆う。
「『暴風の厄災』!! ティタニアルが、今ここで自らの戒めを解かん!! てめぇは俺と一緒に地獄へ落ちてもらうぞ!!」
その暴風は、もはや爆発だった。俺たちはなすすべもなく吹き飛ばされ、そのまま縋りつくこともできず、意識を失った。
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