RI・くえすと~青春×ラジオ×アニソン
@sasakimasaki
第1話
アニソンジャー心得の条
一つ、アニメ、特撮、人形劇、小説・漫画・ゲーム等のOP、ED、挿入歌、イメージソング、BGMをリクエストの範囲とする。
一つ、リクエスト曲は曲名、歌手名が判らなくても良い。○○の何代目の○○主題歌という形でも良い。ただし容易に曲が特定できるようにする事。
一つ、リクエスト曲は一人ハガキ一枚3曲以内。2枚以上リクエストハガキを出していたら無条件に無効とする。
一つ、リクエストは官製ハガキのみとする。ただし、例外として同じ大きさにカットした厚紙だったら良しとする。
一つ、一度かかった曲は6か月以内原則として採用しない。ただし、番組の人為的トラブルによる曲のかけ直しは除外する。
一つ、バージョンが違う曲(アレンジ・バージョン、オリジナルの歌手以外が唄うカバー曲等)は別の曲として扱う。ただし、極力本来のバージョンの曲がかかった後から番組で採用されるようにする。
一つ、ペンネームは20音以内とする。ただし、特例として戦隊アニソンジャーのみプラス10音以内とする。
一つ、 第四週目は特集の回である。特集時のリクエスト曲は一人ハガキ一枚一曲以内。特集のお題は第三週目の最後に発表する。
一つ、第五週目が有る月は、ゲストとのトークやお便り紹介を中心になる。リクエスト曲がその分、採用されなくなることを覚悟せよ。
以上、重々忘れることなかれ。
さあ、究極の宝物を探し求める勇者諸君、一緒にお宝ゲットだせ。
(ラジオ神戸HP内『アニソン・ジュークボックス』の小部屋より抜粋)
第一編 結成編
高校生活が始まる日に、僕は少し前から心に決めていたことがある。
とあるラジオの番組にリクエストをすることを。
近所にある公園の入り口にたたずむことで、忙しそうに行きかう人々に、意外な存在感を誇示している真っ赤な長方形の箱、郵便ポストなんて、昨日まではあんまり必要性を感じていなかった。今は郵便よりもFAXやメールで事が足りるから。
今日からは違う。
ハガキの裏一面に書いたリクエスト曲を3曲。たった3曲を選ぶのにどれだけ頭を使ったか。
4月から、高校に入学したら始めようと心に決めていたことの一つに、アニメソング専門のラジオ番組にリクエストをしようと思っていたのだから。
受験勉強の合間に、机の片隅に目立たぬように置いてあるラジオをチューニング。ふと息抜きに行った、意味のない行為だった。
偶然にラジオのスピーカーから流れてきたのは、遠き幼少の頃に毎週楽しみにしていた可愛くディフォルメされた動物同士のバトルもんアニメの100万枚越えの超有名なOP主題歌。
ラジオから流れてきた懐かしきメロディーに、心にぽっかりと開いた大きな穴がふさがれた気がしたものだった。
懐かしさとともに、前に進んでいけば必ず道が開けるという教えを、普通の歌謡曲以上にたたみかけられた歌詞の内容に。
知らず知らずのあいだに僕はアニソンがもつ魅力に取り込まれていたかもしれない。そのままずるずると最後までその番組を毎週楽しみに待つようになっていた。
高校受験少し前までには『高校に入学したら、僕も『アニソン・ジュークボックス』にリクエストをしよう』と、僕は心に決めたのであった。
朝起きてからの日課になっていた木刀の素振りで軽い疲労感を感じつつ、過去の事をぼんやり考えながら公園前のポストに向かって歩いていた。
ふと、目の前を舞うサクラの花びらに目が留まる。
一陣の風に乗ってひらひらと優しくもあり、暖かくもある陽の光を浴びながら、僕の目の前を通り過ぎる。
目の前をちらちらと通り過ぎるピンク色に目を奪われた僕は、右手の指に入れていた力をうっかりと抜いてしまった。風にひとさし舞う花びらと共に、しばしの間、重力に解放されたように空中遊泳を楽しむハガキ。
裏一面に蛍光塗料をべた塗りした上、何枚か貼られているシールの重み加わっているので、桜の花びらのように、風に身を任せ遠くまで舞うことはない。すぐに春の恩恵も十分に受けられていない冷たいアスファルト上にふんわりと着地する。
『あっちか。』
ハガキに駆け寄ろうとする僕。
あと、もう少しだ。
ハガキに手が届く範囲に近づこうとしたときに、前を歩いていた人物がハガキに気付いて拾い上げた。
身体の前面に四角のオリオン座のように並ぶ金色の4つボタンに、左胸の上に輝く金色の刺繍のエンブレムが燦然と輝く紺色のブレザー。緑と紺と赤色が直角に交わったチェック柄のスカート。襟足だけを除いて髪全体を上下に分け、上部部分を後ろでまとめて黒色に金がアクセントで光っているバンスで留めた女性。
生地については丁寧に手入れされているが、決して新品ではないことをひそかに主張する制服。彼女は僕と同じ高校に通っている女性の確率がほぼ100%の人。
彼女は路上に軟らかく着地したハガキを拾い上げる。
ハガキの裏面には、いろんな蛍光色のペンで大きく3つの曲名、歌手名、番組名、それと複数枚の関係キャラクターの簡単なイラストを描いていた。一度でも手に取れば目を奪われるように描かれたリクエストハガキ。多くのハガキの中からただ、目立つようにのみ、考えられた文字の配置。
彼女はそのまま手に取り、ハガキを一別する。
どんなに興味が無くとも目につくように計算されつくしたハガキだから「読まないで、お願い!」っていう方が無理な話である。
彼女がこちらを振り返る。
「ふふふ。」
彼女の唇が一瞬ゆるむように感じた。
同時に眉間に幾本もの深いしわが走った。苦笑い80%に、怒りが15%、その他あわれみが5%ぐらいかな。
僕の心境を見透かされたよう。
彼女は僕に対し、何か文句を言いたいように感じを受ける。
「君のハガキ預かっておくよ。必ず返すから。」
彼女は言った。
「でも…。」
『今日中に投函しないと、番組に間に合わないよ』
僕は言葉を続けようと思っていた。
「君のハガキだったら、絶対にリクエストを採用されないよ。私も経験あるもの。」
わかりきったような事を言って、彼女は再度、ハガキに目を通す。
今度は表側を。
指でハガキを書いた文字をなぞりつつ、微笑む。
「ええと、疋田武彦君ね。君の名前覚えておくわ。後で学校でお会いしましょう。じゃあねぇ。」
近い将来に再会を約束する言葉を残し、僕の視界から去っていく彼女。右手の人さし指と中指の間に僕が描いたはがきを挟みながら。
彼女が消えた方向にあるのは、これから通うことになる高等学校の正門が口を開けて待っている。
僕の祖国での高校生活はこうして始まったのだ。
一応、本日の行事予定である入学式はすべからく終了。
新しいクラスでのホームルームが終わり、みんなでがやがやと騒いでいるところである。時間に余裕がない数名のクラスメイト以外、まだ下校しようとしない。
まだクラスのみんなの顔と名前が一致しない。
『こいつは一体どんな性格の奴なのかな。』
お互いの腹の探り合いをしている最中に、僕の名前を呼ぶ少し甲高く、甘ったるい女性の声が耳に入ってきた。
それもだ、機械的に拡大された声が、校内放送用のスピーカーの中から。
「この学校にいる、ヒキタ・・・・、何よ、少しくらいいいじゃない。痛いじゃない、・・・どこ触っているの。・・・離しなさいよ。・・・この、へんた・・・い・・・ヒキタくんは、わたしの・・・聞こえた・・・きなさい。」
いきなりスピーカーから女性の声となにかを争う声と物音が流れてきて、突然に声と物音が消えた。
意味不明の言葉の余韻に、教室は静けさの中に置かれた。みんなは多分同じことを思っているのだろう。
「あれは一体なんだったのだ。」
呼ばれた本人が思っているのだから。
しばしの時間の流れの後、沈黙からその反対の方向に向かおうとしていた矢先に、どこからか、聞き覚えのある名前を呼ぶ女性の声がする。
「ヒキタ君、ヒキタ君はいるの。」
声は突然開いた教室の扉の外から、飛びこんできた。
このクラスいや、4月に入学した生徒の中で『ヒキタ』という音も字も持つ人間はただ一人しかいない。
つまり、僕だけ。
僕は高名なる吸血鬼の親玉でもないし、ゲーム業界で有名な漆黒の剣士でもない。日本では名前が通っていなくても当たり前の話だ。
僕の名前を口にした女の子には、残念ながら心当たりもない。好奇心と警戒感とが入り乱れてしまうクラスメイトの視線が僕を中心に交差する。
「はい、疋田は僕ですが。」
右手を軽く上げ、彼女に近づきながら、返事をするしかないか。
「君が疋田君ね。」
その女性、胸につけている赤いふちの名札の文字を確認しながら言った。
彼女の胸につけている名札には『渡辺』。
名札のふちが青いので2年生。立場的に上級生に当たるお方。
『ふんわりとボリュームのある金髪を赤いリボンに、ツイン・テールにした髪型が印象的な女性である』と見たままを言葉に替えたらこのような表現になるが、未だ大人の色気と雰囲気と見た目年齢プラスαが、かなり足りていないことが大変に残念なり。
「ちょっと君に用事が有るの、顔を貸してくれないかな。」
いきなりの彼女の言葉に、いきなり『ざわ。ざわざわ。ざわ』という声と言うより効果音が鳴り響き始めた教室。
僕としても、頭ごと顔を外して、『貸してあげるから、なくさないでね。』と声をかけながら見知らぬ女子生徒にわた…せる筈がないだろう。
『ざわ』という言葉の意味を徹底的に因数分解すると、『こいつはいったい何をしたのだ』という単語が最底辺に隠されているよな。
目の前の年下のような見た目の年長者からの攻撃に身構える僕。
何にも悪いようなことはしていない。女の子をナンパもしていない。
『騙されて、身体をもてあそばれたの』と泣き叫ぶ女の子が廊下の端から登場っていう展開にはならないはず。
「ははーーん。君は何か考え違いをしているようだな。」
僕の内なる声を敏感に察知した彼女のよう。
左手は腰に当て、僕の目の前に右手の人差し指を突き出し、僕の額を軽く突く彼女。人差し指の腹にある指紋がつく勢いで。
「誰も君をボコったりしないわよ。ヒナちゃん…、いや、吉田さんが、『預かっている物を返したいから連れて来てよ』と頼まれたわけなのよ。」
教室に一陣の風が吹いた。
風に乗ってごく少数の『なんだ。そうだったのか』プラス大体が『なんだ、つまらないの』っていう各人が持っている内なる声がしっかり聴こえたのは、僕の単なる被害妄想かもしれないな。
『そうか、昨日のハガキを拾っていった上級生は吉田さんっていうのか』
それにしてもだ、絶対に『先輩』という敬称はつけたくもない見た目の彼女である。
僕にとって『先輩』という一言は異常に重いものだから。今まで僕が先輩認定した人々は、ほとんど変わりものだった。その筆頭がいつもひどい目に遭わせられている先輩だから。
つい最近もそうだった。
海外で知りあった僕が先輩と認定した人から入試前日までの1週間は「Mrヒキタ、ちょっと顔と頭を貸せや。」と、無理やり飛行機に載せられ、見知らぬ土地に連れて行かされて、およそ分速2枚の割合でぎっしり横文字が詰まったA4サイズの書類の束の整理をさせられたのだった。
よって、受験当日は時差ボケと体力の限界で、フラフラかつクラクラ。入試問題を解いている記憶がほとんどなかったほどだもの。入試の間中、僕はすでに死んでいた。マジで生きる屍状態じゃあなかったか。
「君、大丈夫か。保健室で休むか。」
入試会場の試験官のマジ声も何回か聞いた気がするし。
きっとこの試験官は僕が最後の最後まで無駄なあがきをしていたんじゃないのかと思っていたかもな。
僕が住んでいた国は英語圏の国だったこと。
ゆえに英語は断然有利だった。数学も理科も数字や記号を見たらだいたい答えの見当がつく。運・勘は他人より良い方だし、だから四捨五入するとほぼ死体の僕でも何とか無事に高校合格が出来たと思う。
「ああ、俺は不幸だ。」と事あるごとに喚き散らす、どこかのラノベの主人公みたいにならなくてよかった。
まあ、未成年の僕に試験時間中に記憶喪失になるほどフラフラかつクラクラの目に遭わせた言語道断の先輩に言わせると一笑に付された。
「Mrヒキタ、普通の高校なんかに普通に受験して、受かって当たり前だ。お前さんが一般社会の中学生に交じって受験をしようとすること自体が犯罪者級の大間違いでしかない。他の奴にハンディをほんの少し与えただけだ。誰からも恨まれる筋合いはない。よって、合格祝いも、入学祝いなんか出さん。それに、…だろう。いいのか。」
国際電話の向こうで笑いながら言いつつ、国際郵便でお祝いをおくってくれた。
ただ…。
送ってくれた先輩が言うには。幸運を招き入れる像。
持っていれば、新たな絆を呼び込んでくれるラッキーアイテムだそうだ。
どうせ、片田舎の怪しげな骨董品店か、フリーマケートで見つけてきた物に違いない。見かけだけは、意味不明の人間らしきモチーフの大きな木彫りの芸術品らしき物。
ああ、やっぱり僕は不幸かもしれないな。
ちなみに、その木彫りの人型は、今は自宅の神棚に祭ってある。どう見てもどっかのマイナーな神様のように見えるのだから。ちゃんと調べてみないから、判らないけど。
思いを過去から現在に戻し、目の前の上級生に注意を向ける。
ほんのわずかな時間の付き合いだけど、彼女のささいな行動すら子供っぽく思えてくる。昨日会った吉田さんという上級生の雰囲気を足して2で割ったらちょうどいい感じになると、ふと考えてしまう。
「例のハガキを、ここで返すと後で君がからかわれるかもしれないから。別のところで返すよ。」
僕の耳元に口を寄せてこう囁く彼女である。
「何か文句ある。」
僕の目をじっと見つめて言葉を続ける。
「つまり、渡辺さんも…。」
「そうよ、あたしも、…。」
…に入るのは、同じ言葉とみた。
金曜日の24:00から25:00までは、同じ興奮と幸福感を味わっている同志とみた。アニメソングが好きで、好きでたまらないという同好の志とみた。
『こんなに早く『アニソンジャー』さんに会えるとは全然思わなかった』
心の中で、あくまでも心の中で大きく叫ぶ。
実際には黙って首を大きく縦に振る僕。全然文句は無い。
この町で僕以外のリスナーに会うなんて初めてだ。
僕が生まれるかなり前にあったという『宮崎ショック』というアニメファンにとって暗黒の一時期に比べ、世間的に『アニメも趣味の一つ、世界に誇るべき現代日本の文化の一つだ』と認知はされてきたらしいが、まだまだ一般市民から異常な目で見られるのが多いのは確かな話。
それもそうかも。
異様な恰好をした集団が周囲の目を気にしないで訳の分からない身内オンリーしか伝わらない話で盛り上がっているのは、どう考えても異常に見えるな。第三者的な立場で見たらだが。それがわからないから、一般人らから変な目で見られるんだ。
「君、今から時間ある。良かったら、あたしに付き合ってよ。」
黙って、大きく頷く僕である。
若干帰る時間が遅くなるかもしれないが別にかまわない。どうせ、現在一人暮らしだし。まず、ハガキを返してもらって、投函しなくては、証拠隠滅及びリクエストができない。せっかく貼った63円切手が無駄になる。
「じゃ、ついておいでよ。」
「少し待ってください。」
急いで帰りの身支度をする。
まだ、汚れや傷が無い新しいカバンを手にし、渡辺さんと名乗った女性についていくことにした。
広い学校の校舎内はまるで迷路のようなものだ。階段と渡り廊下を一箇所ずつ通過して、やがて目的地に着いたようだ。
右手を顔の横ぐらいにあげて、こっちに向かって「おいで、おいで。」をしている。釣り目気味の彼女がその恰好をするとまるで招き猫のよう。
「さあ、入って。」
部屋の扉を開けて彼女は待っていてくれた。
鈴の音とともに、一歩中に踏み込むと、中にはリザードマンや魔法使いなどの異世界の住人が食事や酒を楽しんでいる中で、ヤギの角が生えた可愛いウエィトレスが出迎えてくれる…はずがない。
勿論、翼が生えた飛龍に乗ったヨーロッパ風の騎士や棍棒を持ったオーガ達の一団やややこしい性格の御姫さんが待ち構えていたわけでもない。
当たり前の話だけど。
窓を背にして折り畳み椅子にあさく腰かけ、ぴんと背を伸ばして座っていたのは、昨日郵便ポストの前で出会った髪の長い上級生。
「失礼します。」
このくらいの礼儀は心得ている。部屋に入る前に一度立ち止まり、中で待つ人物に声をかける。
「はーい、お久しぶり、疋田君。どこでもいいから座ってね。」
僕はそこいらの折り畳み椅子に腰を掛ける。この部屋にあるのは長机に折り畳みの椅子が数脚、他に目立った家具は、大きなホワイトボードだけ。
なんとも殺風景の部屋だな。
この学校は成績の順で、教室の家具がミカン箱+座布団から始まるシステムとは聞いていないしなぁ。
いったい何の教室なんだ。
普通の教室の機能がない事だけは確かのようだ。
「ごめんね。校内放送で君を呼び出そうとしたら、ちょっと放送委員に止められていたんだ。もう帰る時間だったしね。少しぐらい大目に見てくれてもよさそうなのに。代わりに渡辺さんに呼びに行ってもらったんだよ。」
彼女自身が来られなかった言い訳をしているが、そんなの今の僕には関係ない事。まあ、放送室を勝手に使ったんだから、少しぐらいは怒られても文句は言えないはず。
「あなたが、吉田さんですか。」
僕は尋ねた。
「そうよ、昨日は自己紹介しなかったわね。改めて言うけど私は、吉田妃奈乃というのよ、よろしくね。疋田君。」
吉田と名乗った彼女は、椅子から立ち上がり、スカートの生地を軽くつまんで軽く会釈をする。その姿、振る舞いは、絵に描いたように様になっていた。
ちなみに、つまんだスカートの中から大量の文房具やら、マスカット銃が落ちて…くるはずが無かった。
あしからず。
「渡辺さん。お願いね。」
前もって打ち合わせをしておいたらしく、黙って室内にある看板をドアの外に立て掛ける渡辺さんである。
『会議中、関係者以外立ち入り禁止』
看板に書いてある赤と黒の文字がちらっと見えた。
少し大げさだな。
「では、昨日、君のリクエストは採用されないって言ったのを証明するからね。」
吉田さんは自分のカバンの中から一枚の官製ハガキと僕のリクエストハガキを取り出して、僕が描いたリクエストハガキの上に官製ハガキを重ねる。
「ほら、普通の官製ハガキよりもかなり大きいよ。このハガキは手作りのハガキじゃないかしら。それに重さも官製ハガキに比べて重いのではないかしら。昨日ハガキを拾った時にピィ~ンと来たのよ。」
彼女ははみ出したリクエストハガキのふちを指で、ゆっくりとなぞりながら、話を続けた。
「手作り感満載のハガキの上に、何枚もシールを貼っているのだから普通のハガキより大きくて、重たいのは当たり前だけど。これじゃ、63円切手一枚貼っただけじゃだめよ。追加料金も絶対必要だよ。」
あの短時間の間でここまで見抜くとは、すごい眼力だな。だけど、それがどうしたっていうのだ。まだ、彼女の意図が皆目わからない。
「それがどうしたのですか。」
わからなければ素直に聞くのが、一番手っ取り早い方法なり。
「君は想像がつかないのかな。」
一言で切り捨てる吉田さんである。少しむっとし始めている僕の方に鋭い視線で一別し、言葉を続ける。
「『アニ・ジュー』の予算から不足分の追加料金を取られるじゃない。」
彼女の決めうちが炸裂。自信満々のようである。
「CDやレコードを買う予算が削られてしまうのよ。悪気が無かったことはわかっているけど、無条件で没はがきだよ。大バツ組に行くのだよ。そんなことばかり続けていれば、阿波ちゃんに悪い意味で覚えられるわよ。」
ちなみに阿波ちゃんとは、ラジオ神戸の局アナであり、『アニソン・ジュークボックス』のメイン・パーソナリティでもある阿波崎一雄氏のこと。FMの番組ならDJとかいうかもしれないが、ローカル・AMラジオ局のアニメソング番組の進行役はDJよりMP(メイン・パーソナリティ)という言い方のほうが、感じ的にも良く似合っている。
「確かに、疋田君のリクエストハガキは官製ハガキじゃないわね。」
横から、ハガキを覗き込んだ渡辺さんが言う。
紙の厚さはほんのわずかだが、官製ハガキに比べて厚いし、ふちがそろっていない。いかにも手作りで作りました感が滲み出しているハガキ。牛乳パックを利用して紙を作るキットを利用して作ったものである。
「こっちの方が目立つと思ったのに。」
これなら、他のリクエストハガキに比べて目立つと思ったから。
「『アニ・ジュー』のリクエストは原則官製ハガキに書かれたもの以外、受け付けられないことになっているのよ。」
吉田さんは愚かなる子羊を憐れむ慈悲深き唯一神の眼差しと思われる眼つきで、じっと僕を見つめていた。
「もしも、このハガキをどうしても使いたいのなら、官製ハガキと同じ大きさに切ればいいのよ。」
僕の落ち込む姿を見て可哀想に思ったのか、吉田さんがアドバイスをくれた。
「じゃあ、君は何で、『アニ・ジュー』がリクエストを官製ハガキのみにしているか、少しは考えたことがあるの。」
吉田さんの質問を耳にしながら、番組中で『リクエストハガキは官製ハガキをお使いください』と何回も阿波ちゃんがいっていたことを思い出していた。
「いえ、考えたことなんかありませんが。」
普通のリクエスト番組も同じような事を言っているのかなと考えながら、大きく首を振りつつ、わからないというポーズをとる。
「じゃ、教えてあげる。」
もったいぶる態度をとる彼女。
「官製ハガキにするのが、番組側の苦肉の作なの。」
彼女いわく、毎週大量のリクエストハガキが担当デスクに来ている。これを整理するのに編成局の片隅にある打ち合わせスペースの机を毎木曜日の午後一杯を借り切って積み合わせている。
それというのも、決まったスポンサーの無いこの番組、かなり予算と人手が少なくて、担当デスク兼デレクターとメイン・パーソナリティの2人でリクエストハガキを整理しているのが現状らしい。
本来なら、メール等の現在主流の通信伝達方式も積極的に番組に活用したいのだが、そこまで手が回らないのが現状らしい。
官製ハガキのみだと、整理もしやすく、リクエスト曲を仕分ける作業、番組内での通称、カルタ取りがしやすいとの話である。
「そこまで、言っているのですか。」
吉田さんの話を聞いて、納得がいった僕である。さすがは長年聴き続けているリスナーは視点が違うとはっきり感じた。
「番組内でのグチや、番組の情報誌に書いてあった楽屋ネタを総合したら、誰にでもわかるよ。」
受験勉強や久しぶりの日本語による日常会話にかまけて、そこまで番組分析が出来ていなかった。リスナーとはそこまで深く考えなかったらいけないのか。『いつも情報分析が的確だな』とあの先輩に言われていた僕にとってはうかつだった。
「番組自体の時間が長くならないとダメなようですね。」
「でも、番組枠の拡大になると、『アニ・ジュー』の良さが消えちゃうかもしれないよ。」
「どうしてですか。」
僕は尋ねる。
「アニソン専門番組でフル・コーラスプラス前後に余白を入れてかけるのは『アニ・ジュー』だけでしょう。他にないんじゃないのかな。」
吉田さんの言葉に、僕はただ頷くだけ。
「今の勢いだと番組枠の拡大も夢じゃないけど、アニメグッズのCMをじゃんじゃん入ったり、アニソン歌手や声優がたゲストに出演して、アニソンをかける時間が少なくなったりとかいう弊害もかなり出てくると思うの。」
きっぱりと言い切る吉田さんである。
「疋田君ってリスナー歴どのくらいあるの。新人さんでしょう。番組の事はぜんぜん詳しくないもの。」
今度は渡辺さんが聞いてきた。
「ええっと、約3~4ヵ月ぐらいですが。」
受験勉強の合間に聞いていたので、よくよく考えたらリスナー歴はたったそれくらいしかなかったか。
「やっぱり。ヒナちゃん、やはり新人さんでしたよ、この子。」
「そんなの、リクエスト曲を見ちゃすぐわかるわよ。」
はがきに描かれた曲名を指さしながら、そう言い切る吉田さん。
ばっさりと。
「全メディアで展開中のスクールアイドル、それもシリーズ第一作2期目の方で、スクールアイドル決勝戦で唄う挿入歌に、今放映中の変身集団ヒーローのキラキラ光る戦隊のOPと、いわゆるキリスト教の考えである人間のもつ7個の大きな罪の名を持つ騎士たちの冒険する話の映画版の主題歌か。君のリクエスト曲はかかりにくい曲ばかりだよ。」
「なんで変な事を言っているのですか。一曲目は『ラブライ…』。」
「はい、ストップ。」
続きの言葉を出す前に、自分の人差し指を僕の唇に当てて、言葉を止られた。もしかしたら僕の頬に赤みが差したかも。昔はともかく今はこんなシュチュレーション、 空想の世界だけしかなかった。
「一種のルール。というよりも、遊びかな。」
吉田さんはにかんだ微笑みを僕にむけてきた。
「渡辺さんと一緒に遊んでいるのよ。二人ともアニメや特撮が詳しくなりすぎたから、二人でいる時はアニメのタイトルや固有名詞を出したら何かを奢ることになっているのよ。今のアニメのタイトルずばりを言いかけたことは聞かなかったことにしてあげる。最初だから、今回はおまけしておくわよ。」
恩きせがましそうに言った後で、止めの一発。
「今度から気を付けてね。」。
吉田さんのお言葉の後に「うんうん」と渡辺さんの同意。勝手に決めた遊びに僕を巻き込んだことはこの際目をつぶろう。
「3曲目は有名な坂道シリーズアイドルグループのタイアップの曲でしょう。普通のリクエスト番組でもかかりやすい曲だから、まだまだ採用されるとしたら時間がかかりそうよ。何年かかるかわからないよ。」
「そんなに時間がかかるのですか。」
僕の疑問に大きく頷き、吉田さんが肯定する。
「このアニメのOPやED主題歌でもまだかかっていない曲があるのよ。でもね、少年漫画週刊誌に連載している海賊冒険漫画が原作の方は、4年前のOPが未だにかかっていないから。」
『未だ』の所を強調しつつ、とある超人気作の主題歌らしきを言った吉田さん。
「そんなにひどいのですか。あのアニメはこの4年間の間で何曲変わっているのか、知っているんですかね。阿波ちゃんは。」
「普通のリクエスト番組でもかかるような歌手の曲が使われている主題歌はだいたいそうよね。比較的かかり易い初代のOPであっても最低1~2年ぐらいは必要。アイドル系、その中でも特にアキバ系や坂道系アイドルの類のグループや若手男性アイドルばかり抱えている少年野球チームが発祥の若手男性集団アイドル系グループもそうなの。」
彼女はそう力強く断言する。
「別の番組でも聞けるでしょう。あえて、『アニ・ジュー』で聞きたいとは思わないでしょう。常連組の『アニソンジャー』は絶対リクエストしないものよ。本当にかかりづらい事を知っているからね。」
「若手男性集団アイドルとかアキバ系や坂道シリーズの女性集団アイドルは、アニソンを唄うなって言いたいのだけど、特に若手男性集団系は新人を売り出す戦略の一つにアニソンを組み込まれているからなの。」
肩の横で揺れるツイン・テールの持ち主も、ゆらゆらと髪の毛の両房を揺らしながら吉田さんの言葉を補う。
「嘘でしょう。」
僕は絶句。今まで聞いたことが無い。一番アニソンに関係なさそうな芸能事務所属だと思っているのに。
「ネットで一度調べたらいいわよ。」
渡辺さんの話では、若手男性集団アイドルの事務所についてだが、80年代後半ぐらいから売り出しているグループは最低1曲、アニメの主題歌を唄っているらしい。
彼女の知っている範囲で言えば、埼玉県春日部市に住民登録が有る幼稚園児が活躍するギャグアニメの映画版主題歌、途中からED曲を廃止した海賊系冒険バトル漫画原作アニメの主題歌や、東京の下町を拠点に騒動を繰り広げているおまわりさんのアニメのOP主題歌、永年やっている忍者養成の専門学校のアニメの主題歌なんかは、いくつかの所属グループも担当しているし、再結成を期待されている元日本で一番有名なグループだって初期の頃には少女漫画系2作品のアニソンを唄っていたらしい。
「これはアニソン界の常識だよ。」
一旦言葉を切って、思い出すようなそぶりを見せる。
「アキバ系や坂道シリーズ系女性集団アイドルの方も同じなのよ。CD販売や音楽配信する戦略の一つとして、アニソンをとらえている訳なの。アニメを見ている世代や、その家族に曲を浸透させ、お金を出して購入やダウンロードしてもらおうとする作戦なのよ。まあ、関係ないグループもあるけど。」
「アキバ系や坂道シリーズ女性集団アイドルグループのプロデューサーの奥さんは出したシングルCDすべてがアニソンなのに、オリコン1位常連組という二人組アイドルの一人だったのよ。昔の経験に基づいているとあたしは思っているの。」
「君が今後もリクエストを続けようと思うなら、3大アイドルグループの曲はやめておいた方がいいかも。曲がかかるタイミングなんて予測不能だから。本当に思い入れが有ったら別だけど。」
二人が交代に話した上で、吉田さんはペットボトルに入っているスポーツドリンクを一口飲んで、のどを潤す。
「次に、二曲目の今放映中の通称戦隊モノの主題歌も毎年8月から10月の間にかかっているから、これも今月はかからないとみてもいいよ。いつも、映画第一作公開あたりにかかるのよ。」
勝手に決めつける。
「『戦隊モノ』と呼ばれている特撮シリーズは、毎年主題歌がかかる時期がほぼ一定なの。少しでも常連さんになるとその時期が来るとみんなリクエストしてくるわ。今からする意味はないんじゃないかな。『戦隊モノ』にリクエストしたいなら、前回か、前々回のシリーズの挿入歌にしなさい。」
「ヒナちゃん、この一曲目ならしばらくかかりづらいのではないのかな。」
横から口を挟むもう一人の上級生。
『何、かかりづらいって。』
衝撃の事実を告知もなしに知らされた僕である。
「そうよ、出演声優がゲストに来た時に、同じ作品の別の曲がかかったのよ。君はその回、『アニ・ジュー』聴いていなかったの。ゲストに来てなかったら君のリクエストはいい線行っていたけど。」
彼女のおっしゃる通りだった。
前回はタイマー録音の操作ミスで録音ができなかった。世の中は偶然に満ち溢れているな。
前回の放送は第5週目だった。
ゲストが来てもおかしくない週である。というより、関西には『アニ・ジュー』ありと、アニメ業界内では有名でゲストがいなかった回はなかった事を忘れていた。
「だから、『今回やめておいたら』と言ったのよ。ハガキを損するところだったのよ。損するのを覚悟してリクエストするのだったら別だけど。」
「聴きそこねた時はネットでちゃんとチェックしたほうがいいよ。『アニ・ジュー』でかかった曲をホームページに載せているから。」
渡辺さんがメモにホームページの名前を書いて渡してくれた。
「君は『アニ・ジュー』の時間、何をしていたのよ。寝ているかな。」
吉田さんがそう聞いてくる。
「受験が終わってから気がぬけてしまって、その時間は寝ています。」
正直に話す。
「初めは辛いかもしれないけど、今度から生で聞いた方がいいわよ。聴き続けていたら、毎週放送時間中は絶対に眠らなくなるのよ。」
吉田さんの重みのある、一理も二理もある言葉。
「ちなみに、あたしでリスナー歴2年6ケ月。ヒナちゃんは3年3ヵ月。やっと初心者マークが取れたクラスぐらいの『アニソンジャー』に当たる訳なの。」
ちなみにさっきから話に中で何度も出ている『アニソンジャー』とは『アニ・ジュー』のリクエストをするリスナーの総称。
一回につき大体200人前後。メイン・パーソナリティである阿波ちゃんの口から自分の名前を呼ばれるために、63円のハガキを剣にしたり、鎧にしたり、互いに競う合う戦士達への名誉ある称号と思ってもよい。
「ありがとうございました。今後気を付けます。」
素直に頭を下げるしかない。
「私たちはリクエストがかかるように日々研究しているのよ。グループを作って。」
「つまり、お二人は『戦隊アニソンジャー』だったのですか。」
またまた番組内の専門用語解説すれば、『戦隊アニソンジャー』というのは、友人同士でグループを作ってリクエストするリスナー集団の総称。『アニ・ジュー』の前身の番組からの伝統のある名称だそうな。
「そうなの、聴くだけリスナーさんなら、『西高四天王』っていう名前を聴いたことないかな。私も、渡辺さんもこの半年間に1回ずつ他の人も2回ずつはリクエストがかかっているから、耳に残っているんじゃないの。」
「何か、聞いたことが有るような、ないような。」
はっきりとした記憶がない。今まで『アニソンジャー』自体には興味が無かったから。
「つまり、この学校には4人の『アニソンジャー』がいるのですね。そのうち二人が吉田先輩と渡辺さんという訳ですね。」
「あの疋田君言っておくけど、あたしにも、『先輩』を付けて呼んでもらいたいわ。差別しちゃダメよ。ぷんぷん。」
渡辺さんが僕の無意識に出た差別発言に異議申し立て。
『ぷんぷん』などを平気で口に出しているのだから、僕は『先輩』という敬称をつけたくないんだがなぁ。
判らないのかなぁ。
「正確には、最近までいたのよ。あとの2人は卒業したから。私が知っている限り、この学校にいる『アニソンジャー』はこの場にいる3人だけなのよ。後、数人いるかも知れないけど交流がないから。」
まだ、少し膨れたままの相棒を見ながらの吉田さんの発言。
「正体を隠しているのですか。アニメが趣味の一つとして市民権を得ている時代に。」
一昔前のアニメファンの中には江戸時代の隠れキリシタンのように、アニメファンだったのを世間に隠していた人がいると聞いたことが有る。
迫害から身を守るために。
「漫画研究会の中には何人かはいるみたいだけど、あいつらみたいな非常識な連中と組むのは、ちょっと御免こうむるわ。ああ嫌だ。」
なんだか露骨に嫌そうなそぶりをする。
「ちょっと、ちょっと、疋田君や。」
小声で呼ぶ渡辺さん。僕の耳に口を近づけて、ゴソゴソと喋る。
「ヒナちゃんと漫研とは、一度、口論をしている訳なの。絶対に交わらない考え方の違いが有るから。今度話すよ。それに。」
横目でちらりと吉田さんの方を見てながら小声で伝えてくる。
「あの性格でしょう。敵も多いのよ。仕方がないけど。」
『いいえ、大体想像はつきますから。』
僕も同意なり。
ただし目立った行動に表わさず。目の動きと大きなため息一つで意思を表明。
吉田さんの相対する人たちは、マスコミや一般人が思いつくような狂信的かつ、自分さえよければ周りの迷惑顧みない連中の事だなと感じた。
この二人は周りの迷惑考えず、マスコミの風潮に乗った格好に踊らされていない方に所属しているのがはっきりとした。
「早い話、僕に卒業していった人の後釜になれと。」
「まあ、そういう事なの。」
大きく頷く二人。
「『西高四天王』っていうのは、永年続いているのよ。私らの代で終わらせるのは嫌だったのよ。なんとしてでも、『アニソンジャー』を後2人見つけて、『西高四天王』4人体制を復活させなければいけなかったの。」
これで二人の本音が聞けた。
話には続きが有って、後で聞いた話だが、吉田さんには頭の上がらない従姉さんがいて、初代西高四天王を作り上げたとのこと。吉田さんの代でつぶしたりしたら、後で従姉さんから何を言われるかわからないという話。
渡辺さんからの極秘情報である。
「仮に、僕が『西高四天王』に参加することによって、何かメリットが有りますか。」
失礼を承知であえて聞いてみる。
「私たちがアドバイスしてあげる。リクエストをかかりやすくする方法を一緒に見つけようよ。3~4ヵ月に一回ぐらいは楽勝ぐらいにね。」
「僕もあなた方に伺います。今までの成果を少しでも教えてください。次回の『アニ・ジュー』を聞いたうえで、考えてはみますけど。」
「判ったわよ。じゃあ、『西高四天王』の『アニ・ジュー』研究の成果を少しだけ見せてあげるわ。」
吉田さんがホワイトボードの端を勢いよくバーンと叩く。その力で見事にホワイトボードの表と裏がひっくり返る。
裏側には黒のマーカーで、いくつかの曲がびっしりと書いてあった。そのすべてに番組名と使われた区別,歌手名付きである。
「はい注目。疋田君、ここに何を書いてあるかわかるわね。」
「『アニ・ジュー』のリクエスト曲ですね。」
「いつの分か判るかな。」
「7曲だから、前回の分じゃあないですか。」
「そうよ、私はその回にリクエストした曲がかかっていたの。だけど、名前を呼ばれなかった30人の方に入っていたけど。」
「つまり、名前が呼ばれなかったと。例え、ここに放送の録音があっても口だけでは何とも言えるんじゃありませんか。」
「そのとおりなの。」
素直に頷いた吉田さん。
「でもね、私たちが『アニ・ジュー』を聴いて考え出した法則を説明するから、それを頭の片隅に置いたうえで次回の放送を聞いてごらんなさい。あながち嘘じゃないっていう事がわかるから。」
じっと僕の目を見つめるその瞳は真剣であった。見えない剣となって僕の心につき刺さるようだった。
「そのうえで、私を尊敬するなり、軽蔑するなり態度を表明すればいいわ。じゃ、この曲を見て君はなんて思うの。」
「いろんな曲がかかっていますね。とかいう答えは駄目でしょうね。じゃあ、何を期待しているんですか。」
何にも、考え付かなかった。
「この回の曲の構成を考えてみようよ。」
思ってもみない切り口から吉田さんが切り込んできた。
「曲の構成って。」
思わず聞き返す自分がいた。思ってもみていなかったから。
「この回はOP主題歌が2曲、ED主題歌が1曲、イメージソングが1曲、挿入歌が2曲、BGMが1曲だったよね。いつもの回ならOPとED主題歌があと1曲ずつ多いけど。」
僕は黙って頷く。
「この組み合わせが偶然だと思う。」
「そうじゃないんですか。」
「じゃあ聞きますが、OP主題歌とED主題歌ではどっちの方が、リクエストが多いと思う。直感で良いから答えてみて。」
吉田さんからの問題提起有り。横では渡辺さんが興味ぶかそうに見ている。
「OP主題歌ですか。」
直感的に僕は答える。
「そうなの、理由は簡単。昔のアニメを紹介する時、BGMとしてかかるのは圧倒的にOP主題歌だから。なんでか、わかるよね。」
ためすような吉田さんの優しい視線が僕の方を突きさす。
「自信が無いんですけど。」
僕が短時間で導き出した結論はこう。
「OP主題歌で番組情報がない視聴者をひきつける役割をもっていて、ED主題歌でアニメ本編を見終わった人の余韻を増やすっていうのは答えになっていますか。僕はそう感じているんですけど。」
「いい答えだと思う。」
吉田さんに丸を一つ戴いたようだ。
「昔からOP主題歌は古い表現方法だけど元気がいい曲、ノリがいい曲、疲れをぶっ飛ばす曲、ポップス系が多くて、反対にED主題歌は静かで聞かせる曲、バラード系が多いように感じないかな。だから、アニメの顔としてはOP主題歌が多いのよ。誰も暗い曲より明るい曲の方がいいからね。」
僕も大きく頷いて同意を表す。
「じゃ、今度は年代について考えてみるよ。大体西暦2,000年よりの曲が3曲、西暦2,000年から後の曲が6曲なんだ。プラマイ1曲の範囲で決めているようけど、君の感想はどう。」
「つまり昔のアニソンファンがいるって言う事ですか。」
「それもあるけど、他には考えつかない。」
静けさが部屋を支配する。
運動場からスポーツを楽しむ同年代の声が聞こえてくる。
「じゃあ、聞くけれどリスナーの年齢層はどうだと思う。」
渡辺さんが助け舟を出してくれた。
「つまり、親父世代のリスナーがそれなりにいるって言う事ですか。」
短時間でじっくり考え、僕が導き出した結論がそれ。
「はい、正解よ。番組でリスナーさんについての調査をしたときの結果なの。どこで番組を聴いているのか、年齢は、職業は、聞き始めてからどのくらい経つかとかね。『アニ・ジュー』が発行している情報誌に載っていたの。」
大きく頷く出題者である。
僕は丸をもう一つゲットしたようだ。
番組内で言っていたリスナー調査とはこういう事だったのか。何の調査かわからなかったから、ただ聞き逃していた。
「だからこそ、『アニ・ジュー』のリスナー層は特殊なのよ。他のアニソン系や声優系ラジオ番組と違う所はそこなの。いったん聴きだすと居心地がよすぎるので、なかなかやめられなくなるのよ。この番組の良いところでもあり、恐ろしいところは。」
「じゃ、何で、こんな風になっちゃたんですかね。」
「簡単ね。そんなこと。」
そう、力強く言い切る。
「『アニ・ジュー』の持つ雰囲気じゃあないのかしら。」
吉田さん御得意の決めうち炸裂。
「今はやりの海賊王候補生が主人公の冒険系ファンタジーアニメや、何十年も続いている白いリアル・ロボット兵器系の主題歌をかけるリクエスト番組は数多いけど、みんなが知らないようなナツメロ・アニソンをフル・コーラスプラス余韻付きででかけてくれるラジオ番組って他にあまりないものね。」
その点については僕も異存はない。
渡辺さんも大きく頷いている。
「なんで、1回の放送で9曲のリクエスト曲がかかるか考えたことが有るのかな。前回分は第5週目だったからゲスト回で7曲しかかからなかったけど。」
吉田さんからの問いかけが有る。
「5週目以外のほとんどの回は9曲なのよ。わかっているよね。」
すかさず、渡辺さんの合いの手が入る。
「たとえ、1曲が10分を超える長い曲がかかっても、他に1曲5秒のアイキャッチの曲を何曲もかけたり、いつものコーナーをとばしてでも絶対に9曲かけるんだよ。『アニ・ジュー』は。なんでか、わかるかな。」
僕は頭を左右に振って、降参を意味する行動。
「それはね。『アニ・ジュー』の番組コンセプトは『自分自身の究極のアニメ主題歌をみつけること。』と『こんな曲が有るのだよ、リスナーのみんなも聞いてみてよ。』と推薦する事なんだよ。」
「『自分に合った究極の主題歌』って。」
「自分が好きで、好きでたまらない曲、一番自分に合っていると思う曲、心の奥に残った曲、聞きながら息絶えたいと思う曲、人それぞれ違うけど、自分にはこの曲が一番と思える曲のことなんだよ。」
「そう、一番と思える曲は普通のバンドの普通の音楽番組でもかかる曲かも知れないし、思いっきり古いアニメの誰も知らないような挿入歌かもしれない。『いろいろなアニソンを聞いた上で自分の究極の一曲を見つけようよ』っていうのが『アニ・ジュー』のコンセプトだったんだ。」
「初めは『アニ・ジュー』なんか、プロ野球のナイターオフの時間合わせの番組だったの。半年で終わる予定の番組だったのよ。」
「だから、最終回でみんなの究極のアニソンのトップ10を決めようとリスナーさん達と阿波ちゃんが番組内で約束したんだけど…」
交代で説明してくれる二人であった。
「けど、…人気が出たから。」
おもわず呟いた僕がいた。
「察しがいいわね。人気が出たから、しばらくの間は続けようという事になったんだ。こんなに長く続くとは思わなかったようだけど。」
吉田さんの言葉が続く。
「それと、1時間の番組で9曲かけるという事との関係はなんですか。」
「だからこそ1回の放送で、9曲をかける事にこだわっているのよ、いつも『アニ・ジュー』は究極のアニソンを探し求めているっている事を忘れないようにね。」
「だから、9曲なんですか。」
9曲が究極を意味していたなんて、全然思いつかなかった。本当に『アニ・ジュー』は奥が深い。
「そうよ、だから9曲、いつも9曲かかるのが『アニ・ジュー』なんだよ。それと、最終回にアニソンジャー全員の究極のアニソン・トップ10を発表することは既存の事実は変わらない。いつになる事かわからないけど。」
「悪いけど、私は1曲だけ絞ることはできないよ。優柔不断かな。」
片手で軽く頭を叩いて、少し舌をペロッと出している。おととい見た大人びた姿と違って、今度は子供っぽくて可愛らしい。良く言うと二面性か、悪く言うと二重人格のようだな。昔のアニメのヒロインみたいだけど。
ちなみに今のところの吉田さんの究極の主題歌の一つは通称『名作劇場』と呼ばれているシリーズの『よかった。』という行為を日記に集めている少女の話の二代目OP主題歌だそうだ。この曲は歌詞が良いらしく、何度でも聞きたいと思うらしい。
僕は聞いたことが無いので何とも言えないが。
まあ、いつか聞かせてもらう羽目になりそうだ。
「最近の、特に映画版の曲っていうのは、タイアップ曲が多いでしょう。そんな曲に究極の主題歌って呼ばれる曲が出来ると思うの。」
「出来るはずがないような、有るような。」
「まあ、普通考えたら無理ね。」
「ごくたまに、偶然にアニメに合うタイアップ曲が生まれる事もあるけど、それこそ奇跡だわ。」
渡辺さんの意見だが、某少年漫画誌に載っていた二人組の漫画家の葛藤と成長を描くアニメの第一期初代OPが該当するらしい。まあ、反対意見も多そうだから個人的な意見だと聞いておこう。
「はい、今の会話から考えて疋田君は何を感じたのかな。」
「つまり、」
おいおい、今日一日で『つまり』という言葉を言ったり聞いたりするのは何回目だろう僕は自分に突っ込む。一生とは言わないが一年分ぐらいは軽く使っただろうか。
「昔の番組の曲の方が究極の主題歌が多いって言う事ですか。」
「はい、半分は正解だけど。おまけしてあげる。」
また、吉田さんから◎を貰えたようだな。彼女の話は続く。
「残りの半分近いのは今の声優ブーム、アニソンブームで実力を持った新人が、自分の思いをぶつけた曲も、いい曲が多いよ。究極の主題歌っていうよりは究極のイメージソングや挿入歌が多くあると思うんだ。」
『アニソンジャー』はそこまで考えているんだな。
「疋田君そこまで深く考え込んじゃ駄目よ。いくら究極の主題歌をリクエストするのが使命でも、毎回没じゃ嫌でしょう。だから3曲リクエストしていいのよ。せめて、半年か一年ぐらいに1~2回程度は『アニ・ジュー』で名前を呼ばれないと腐っちゃうと思わない。」
「最初の頃は、何曲もリクエストしても良かったんだけど、番組が続くにつれ、リスナーのリクエストを公平にかけなくっちゃということになって、試行錯誤の結果、2曲では少なすぎるし、4曲では多すぎるから、一人3曲以内になったんだよ。」
「2曲では少なすぎるし、4曲では多すぎる。だから、3曲か。」
呟くよう小さく声に出している僕がそこに居た。
「確かにネタ番組のように賞品や賞金がもらえるわけではないし、ただ、心の中で『やった、かかった。』と喜ぶだけだわ。でも、ここにもその魅力に取りつかれた人がいるし、同じ喜びに取りつかれた多くの人がいるのよ。そのことは忘れないでね。」
吉田さんの締めくくるようなその言葉に、渡辺さんも頷いている。
「疋田君。今日は遅くまで付き合わせてごめんなさい。それじゃ、君のリクエストハガキは約束通りお返しするわね。だから、今回のリクエストはあきらめて、来週からの放送を狙った方がいいと思うよ。」
と言いながら、僕の特性はがきを返してくれた。
でも。
こんな説明を聞いたら出せる訳ないだろう。二人のお言葉に従った方がいいだろうと判断する。
「毎週の月・水・金曜日の午後3時ぐらいから私たちは、この部屋を借りているから興味がまだあればいらっしゃい。その時は君を仲間として歓迎するから。」
「あたしら二人は先に帰るから、疋田君はホワイトボードだけ消しといてね。それじゃ、ヨロシク。」
その言葉を残して、この部屋から出てゆく二人。
いわれたままに、マーカー消しを手にした後である重要な事に気づく。
「ここの戸締りどうするのだ。」
すっかり時間がたってしまい、誰もいないかもしれないオレンジ色に染まった校舎の中で、僕の叫び声が木霊する。あぁ、散々な一日兼収穫が多かった1日だ。
プラマイ零かな。
翌週の月曜日の事だった。
学校は本格始動を始めている。もう授業は始まっている。新入生たちのそわそわした浮ついた気持ちも落ち着いてきたようだ。
僕はようやくできた友人達の誘いを丁重に断り、吉田さんに言われた時間に合わせて、例の小部屋に出頭したのだ。
ドアの前で姿勢を正し、コンコンコンと軽くノックをする。
4回なら多すぎるし、2回ならトイレの催促。間を取って3回が妥当な回数。自分なりに上級生に一応の敬意を表したつもりであった。
「失礼します。」
一言言って部屋の中に入った。
「あら、疋田君じゃないの、いらっしゃい。」
どことなく力が抜けた言い方である。前回会った時は背中をピィンとはった威風堂々とした姿だったのに、今日の吉田さんは背中を丸めて落ち込んだ姿である。
「敗軍の将を笑いにきたの。この前ここで『絶対にかかりにくい』って言っていた坂道シリーズ系アイドルグループの曲がかかったじゃないの。」
力なく言う吉田さんである。
実際に前回の『アニ・ジュー』で、水曜日発売の漫画週刊誌原作の千夜一夜をモチーフとしたアラビアン・ナイト風のアニメのOP主題歌がかかっていた。
その曲を歌っていたグループは、勿論の事坂道シリーズ系アイドルグループの中心的存在のグループ。
普通のリクエスト番組でも絶対に掛かる曲。
だから、絶対にかかりづらい曲の筆頭だったのに。
何でかかったのかというと、新曲キャンペーンのため来阪した彼女らに別の仕事でインタビューした我らが阿波ちゃん。
彼女らにゲームで負けて、『別の番組でも私等の曲をかけてください。』と約束させられたのが第一点、もう数年も前の作品だったから、もうそろそろかけてもいいかなと判断したのが第二点。そのグループのメンバーの一人が『アニ。ジュー』の事を知っていて、名指しで要望が有った事が第三点。
『こっち、こっち』と目配せをしながら、渡辺さんが手まねきをしている。
「今日は朝から元気がないのよ、ヒナちゃんは。」
ここまで言うと僕の耳元に口を寄せる。
「あんまり、いじめないでよ。疋田君。かなり落ち込んで反省しているから。いいところで許してあげてよ。」
「は。」
僕は驚いて口から出た言葉。そんなの全然思っていなかったのに。
「あの、お二人様はなにを考えているのでしょうか。」
「だから言ったじゃないの、私を笑いに来たの、そう決まっている。」
僕の意見も聞かずに思い込んでいる。今にも泣き出しそうな小さな声で。前回と大違いだ。かなり高飛車なところが有ると思っていたが、なんて可愛いところもあるのだなあ。
「疋田君もういいでしょう。気が済んだじゃない。」
強い口調。
身体を丸めて泣きだしそうな吉田さんを抱きかかえながら、そう言い切る渡辺さんである。
「だから、違うのですけど。誰も笑いものにしようとは思っていません。それに全力を出し切って敗れ去った敗軍の将を笑う気はありませんので、あしからず。」
思わず声を荒げてしまう。
「本当なの。」
渡辺さんの腕の中で、涙でうるうるしている両の目でこっちを見ている。女の子のこういう格好に僕はとっても弱いのだ。
これが…。
「あの、ちょっといいですか、確かに坂道シリーズ系アイドルの歌うアニソンの件は外れましたけど、前回はもう一つ言っていたじゃありませんか。」
「なんの事なの。」
先輩ら二人はお互いの顔を見つめている。
「あと一つ言っていたではありませんか、特撮の件を。思い出されましたか、吉田さんは。」
本当に忘れていたのか、あんなに自信満々で言っていたのに。
「特撮…? 特撮…、あ。」
やっと思い出したよう。自分で言っていたのに。
「そうだった。この2月から放送している戦隊モノの主題歌がかかる前に、前回か、前々回のシリーズの戦隊モノの挿入歌がもうそろそろかかるって言ったことよね。」
前回の放送で警察と泥棒がキーである戦隊モノの挿入歌がかかったから。眠い中、あまり飲まないブラック・コーヒー片手に最後まで頑張り続けたから間違いはない。ちなみに僕自身はコーヒーにはシュガー&ミルクたっぷり必要派。
「はい、その通り、僕も馬鹿ではありません。10、000本ぐらいは軽くあるアニメ・特撮番組、その背景にある無数の曲の内にわずか9曲、あたらない確率の方が高いとは思いませんか。僕はそう思っていました。さすかですねぇ、吉田…先輩は…。」
最後にちょっとだけ『よいしょ』を、僕にとって気楽に使うのに躊躇われる『先輩』という言葉を入れたが、僕の本心は変わりがない。
「ということは、決心がついたの。」
吉田さんは驚いたかの表情をしている。
「はい、お仲間に入れてもらおうとお願いしに来たのですが、…」
本来続けるはずの『こんなことになってしまった。』とは決して言えない。
「ありがとう。」
呆然としながら、やっとのことで5文字を口に出した。
「疋田君は優しいわね。」
かろうじて聞こえるほどのつぶやきが聞こえたことは黙っておこう。この部屋の中にいる金髪ツイン・テールの持ち主には聞こえていないようだし。
「…ちょっとここで待っていてね、すぐに帰って来るから。ちょっとここをお願いね、渡辺さん。」
僕以外にこの部屋にいたもう一人に後の事を任せ、一旦、部屋の外に出て行く。背を丸めながらこっちを見ずに。両の目のふちに溜まった涙か、それ以外に新たに出てきた涙を、洗面所で洗い流しに行ったのかと思う。
「あの…。」
「言わなくてもいいわよ。」
この部屋の中にいるもう一人が、かなりあきれ果てながらの言いぶり。
「疋田君の言いたいことは判っているつもりよ。ヒナちゃんって見た目で、クールで知的なイメージを持っているけど、案外おっちょこちょいなのよ。よく判ったでしょう。それに、初対面の人にあんな態度を見せるのは珍しいのよ。あまり虐めないでね。」
「あの、虐めたつもりは微塵もないのですけど。」
第3者が聞いていると掛け合い漫才のように聞こえるかも。
「今度、ヒナちゃんを虐めたら。」
僕の後ろに回り込みながら渡辺さんの発言。
「いじめたらってなんですか。」
身に危険が及ぶ前触れか。
「こうしてやる。」
渡辺さんが、僕の首に腕をかけて、そのまま後ろに引っぱりこむ。
「降参します。降参。」
と言いつつ、軽き腕を叩いて、渡辺さんに降伏宣言。
「ヤッホー、渡辺さん来ている。あら、疋田君も来ていたの。いらっしゃい。とうとう君も覚悟が付いたの。」
いきなり部屋のドアが開き、今までのことがなかったように吉田さんが入ってきた。これこそ僕が知っている、いつも彼女の姿である。
「これから『西高四天王』の見習いとしてご指導よろしく願いあげます。」
頭を深々と二人に向けて下げて、教えを乞う姿勢を身体全体で表現をする。
「いい心がけね。お姐様達がその身体に二度と忘れないように、しっかりと刻みこんであげるわよ。覚悟してね。」
黒いエナメルのボンテージ・ファッションの上下に同色のブーツ、皮の鞭をもてあそびながら年代物のブランディーが入ったグラスを片手に這いつくばる裸の男を見下ろしながら、高らかに宣言するのが似合いそうなセリフを吐く。
『ちょっと意識しすぎじゃないか。』
これは僕の密かなる心の声。
「さあさ、疋田君ここに座ってよ、今から意見交換会を始めましょう。」
近くのパイプ椅子を下げて、招き入れる渡辺さんである。
「この集まりは、なにかのクラブ活動ですよね。」
席に着きながら僕は聞いてみる。
「じゃ、疋田君はこの集まりを何部の活動だと思っていたの?今までの君の人生の内にこんな変なクラブなんか見たことが有った。」
「路上観察研究会に奉仕部、サバゲ部とか、隣人部によさこい部、光画部、古典部、勇者部とか変な名前やおかしな活動を主体とするクラブは、アニメやマンガの上だといっぱいあるでしょう。」
頭をぼりぼりと書きながらそう説明する。
「よく、勉強しているわね。確かにその類に近いけど、よさこい部や古典部だけは除いた方がいいんじゃないのかな。ちゃんと部活していたようだけど。」
苦笑いしながら金髪のツィンテールの先を揺らしながらの言葉。
「だったら、映像研も入れてあげなさいよ。アニメ版じゃないけれど坂道シリーズ系アイドルグループの事を言ったのに、このクラブの名前を入れないと、失礼よ。」
吉田さんの談。僕もすぐさま反省兼同意する。
「私たちも年間を通じて、毎週3回は、この部屋を借りているのよ。ここって少人数の話し合いをするのにちょうどいい広さでしょう。」
横から口を挟んで、補足説明をしてくれるのは、ご存知の方。
「本題に入るわよ。本日は疋田君の歓迎会と言いたいところだけど、そのうち、一席設けるから、それまで待っていてね。」
などと言いつつ、吉田さんは黒のマーカーを手に取る。
「それじゃあ、今日は前回の放送でかかった曲について考えましょうか。」
ホワイトボードにすらすらと前回の『アニ・ジュー』でかかった曲名と歌手名、番組名を書く。前回と同じように何の資料も見ずに。その後、1曲目と4曲目の上に赤い二重丸を書き足したのだ。
「では、問題です。この二重丸をかいた2曲は、他の曲と違う所が有るけど、どこだかわかる?」
この1曲目、4曲目ともにこの2曲のアニソンはもうそろそろかかるじゃないかと多数のリクエストが集まっていたはず。そうすると・・・。
「両曲とも、そろそろかかりそうと思われていた曲ですね。」
吉田さんの顔はその通りという顔と、まだ正解ではないよという顔が混在しているように思えた。僕の回答では、まだ満点とは言えないようだ。
「この2曲は30人以上のリクエストが集まった曲ではないでしょうか。」
恐る恐る、聞いてみた。
「はい。正解。よくできました。それじゃあ、分析に入るわね。」
『何の分析に入るのだ。』
そう思ってしまう。また吉田さんの勝手な深読みが始まったんじゃないかと。
「毎回最低一、二曲は入っている超有名曲、テレビでよく見る歌手などが歌っている曲の事。一般のリクエスト番組でも普通にかかる曲の事。これらの曲はリクエストが集中するから30人ぐらいまでしかリクエストした人の名前は紹介しないのよ。それ以上だと、肝心の曲が削られるため。阿波ちゃんが曲紹介する時によく言っているでしょう『ほかの皆様ありがとうございました。』って。おわかり。」
「はい。」
「よろしい。じゃあ、この30人についての分析を始めるわよ。この30人って、ただ運がいいだけだと思う?」
吉田さんが聞いてくる。
「そう、思っていましたが、どうやら違うようですね。」
この流れから考えての妥当な回答。決して本人向かって言うことはできないけれど。
「そういう人も含まれているけど、その数は半分ぐらいかな。でも、残り半分ぐらいは違うの。」
「何が違うのですか。」
「残りの15人ぐらいはちゃんと戦略を考えている人なの。」
戦略って、たかがラジオ番組にリクエストするのに、戦略っていう大げさな単語がいるのかと僕は思っていた。でも、ある疑問が湧いてくる。
「え、もしかして、リクエストした人の名前をみんな覚えているのですか。」
「まさか。でも、永年聴いていると大体判って来るのよ。だから、頭の中で整理していくと傾向がつかめてきたわけ。」
恐ろしい事をすらっと何事もないように吉田さんは言い切ったのだ。
「同じアニメの曲に継続的にリクエストし続けている人。今回の二つの曲をリクエストした人の中にも、各々のアニメの他の曲にリクエストしていたペンネームの人が多く含まれているもの。間違いはないはず。」
右手人差し指を折り曲げる。まずは一つ目と。
「つぎに、リクエスト曲に関するイラストを描いている人。上手下手はこの際あんまり関係ないの。イラストを書き続けるっていう事は思い入れが激しいっていう事になるから、この際だからリクエストをかけてあげようかっていう気持ちになるのが人情だね。」
ちなみに後で聞いた話だが、番組に送られてくるイラストのうち、何枚かは番組のホームページに載っているらしい。
今度は中指を曲げる。
二つ目と。
「次にペンネームに『○○大好きっ子』っていうのを聞いたことないの。」
「それならありますが。」
「ペンネームに好きなアニメに関する番組名等の固有名詞も入れるのも、一つの手だと思うの。ただし、リクエストできる3曲とも、そのアニメの関係曲にしなければならないという制限が出来るけど。特集時以外にペンネームと何も関係ないアニソンをリクエストしても、特別枠扱いはしないから。」
薬指を折り曲げた。
これで3つ目。
「どう、単純に見えて、リクエストする行為は奥がものすごく深いの。」
さっき泣きかけた人とは思えない。すっかり立ち直っている。
僕も、泣いている吉田さんよりも、少し以上に上から目線の吉田さんの方がほっとするようである。この3人でいるうちに、僕の身体の奥底に隠されたMの性格が目覚めてしまったのかもしれない。
「はい、今日はここまでにしましょう。次回の放送は第3週目だから、何の回かわかるかな。」
「それは、特集のお題を発表する回じゃ、ありませんか。」
僕の答え。
「そうよ、だからちゃんと聞いといてね。」
彼女からの絶対命令が発令されたのだ。
「お~ぃ、二人とも特集のタイトルの事は聞いているよね。」
部屋に入るなり、吉田さんが聞いてきた。今日は月曜日。前回集まった時の注意事項はちゃんと覚えている。
「今回のテーマは『鉄道もの』らしいですね。」
すかさず、僕が答える。
ここ最近はなにかと鉄道関係ニュースが多くあったかも。だからこその特集か。今から打ち合わせと称する会議が始まる前の準備体操みたいなもの。
「そうよ、こんな時こそチャンスだわ。リクエストを読まれる絶好の機会よ。」
「なんで、でしょうか。」
見当すらつかなかった僕である。
「簡単な話よ。」
いつもの調子で言い切る彼女である。今日も絶好調の感じが身体全体からあふれ出ているようである。
「『アニ・ジュー』の決まりとして、特集時は一人一枚一曲以内のしばりが発動されるから、単純計算していつもの3分の1なのに、特集時はリクエストのはがきが8割ぐらいに減るもの。大チャンスだわ。」
横から、そう解説してくれたのは数字にとっても詳しい渡辺さんであった。実に理論的な説明をしてくれた。勝ち誇ったドヤ顔で。鼻の穴もいつもより開いていると思う。
「でも、『鉄道もの』アニメって何かありましたか。」
僕はそう吉田さんに聞いてみた。
『鉄道もの』アニメって見たこともが無かった。生活の一部で、登場人物の移動手段として、つまり背景の一部としては見たことあるが、それ自体をメインにしたアニメって何も思いつかなかったから。
「君は何か大きなものを忘れていませんか。」
吉田さんが綺麗な字で、ホワイトボードに黒のマーカーで一つの名前を書く。ある数字が3つ並んだ3ケタの数字を。
「君は見たことないかな。結構有名で、いろんなところでパロディなんかに使われているけど。」
不思議そうな顔をする彼女であった。
『そうだった、すっかり忘れていた。』
銀河系を横断する蒸気機関車型宇宙列車の名前を。
こんなビッグタイトルが有ったことを。
僕が生まれる前のアニメだから直接見たことはなかったから。確か遠い記憶では、機械の身体をただでくれる星まで宇宙空間を走る列車に乗って旅をする話だったかな。
「思い出した?それじゃあ、説明するね。」
テンポ良く、話を続けてゆく吉田さん。
「このアニメはテレビで1シリーズ、映画が4本ぐらい、別設定でのテレビ版が2シリーズにOVA版も1シリーズ作られていたから。それに4作目の映画の主題歌は今も活動中の超有名な3人組なの。」
ある超有名グループの名前を挙げる。まだ無名時代に余興で3人組のギター漫才師と間違えられたJ―POP界の大御所の名前を。
「知らなかった。」
思わず、絶句する僕である。
「あのグループは過去にも、大東亜戦争で使われた最強戦艦を宇宙戦艦に改造するアニメのリメイク版を作る前の復活編や、超有名な名探偵の孫が活躍する探偵もの漫画原作アニメ、恋愛プラス野球の国民的高校野球アニメの主題歌。いずれも映画版だけど主題歌を担当しているのよ。まさか、知らなかったの。」
「はい、全然。」
恥ずかしそうに、僕は言う。
「でも、これぐらいはアニソンジャーなら常識に近いけど。」
「ごめんなさい。古いアニメはあまり知識が有りませんし、5年以上日本に居なかったので、僕のアニメに関する知識には大きな穴が開いているんです。」
「そうなの。そうすると疋田君は帰国子女だったの。知らなかった。」
驚いた様子の二人である。この二人にだけと言うよりも、意外に狭い世間には言っていないから知らないのは当たり前。
「じゃ、仕方がないわね。これからよく覚えておくこと。じゃあ、話を元に戻すけどたぶん、この映画版の2曲ぐらいがかかるかもしれないわね。」
「というと。」
見当がつかない僕である。
「こんな時しか、かける機会が無いもの。有名な曲であるために、普段の放送回では敬遠されがちな曲をリクエストしている没常連の『アニソンジャー』をお救いする、つまり曲をかけるのも特集の大きな役割なの。これはよく覚えておくことね。特集こそが狙い目の名曲も中にはあるから。」
「吉田さん、元になったお話の方もかかる可能性が大ありではありませんか。」
渡辺さんの発言。それなら僕も理解できる。
「という事は、あの名作もアニメ化されていたのですか。」
僕は知らなかった。何度も繰り返すけど。原作の小説は小学生だった昔に一回読んだことあるが。
「はるか昔にね。主人公を全部猫に置き換えたアニメ映画化されたこともあるのよ。時々BS波で放送されているから機会が有れば見ておいた方がいいかもね。この主題歌も『アニ・ジュー』ではかかった記憶が無いから、あるかもしれないけど。」
ホワイトボードの前にある机に横座りをした上に、軽く足を組んだ吉田先輩が僕を見つめて言った。
「疋田君、『鉄道もの』アニメと言っても普通にある電車や機関車を主題にしたアニメなんか無いに等しいのよ。かなり昔、D―51と呼ばれた機関車を主人公にしたアニメの劇場映画ぐらいしか、この私も思いつかなかったの。」
あんなにアニメの歴史に詳しい吉田さん思い当たりが無いのだから、本当に少ないのかも知れない。
「ハイ、ハイ、今度はあたしの考えていることも聞いてよ。」
右手を元気良く上げて渡辺さんが口を挟む。かなり子供っぽい態度の方が、本当によく似合う。
「あたしが考えたのは第一に列車型の物を使って旅をするもの。第二に列車型の物自体が活躍するものの二つに分かれると思うのだよ。第2のパターンで行くと、列車が変形合体したり、悪と戦ったりしかねないけど。玩具メーカがスポンサーになっているアニメや特撮でいくつかあるわよ。」
渡辺さんがいくつか挙げた中には、少し前の戦隊ヒーロー物。
鉄道がモチーフだけにもろに範疇内。その他に、昔は無理矢理機械の身体に改造された人間が、今は偶然に選ばれた者が改造され、変身して戦うといった超有名漫画家原作の変身ヒーローの特撮物も含まれていた。最初の頃はオートバイだけに乗っていたのに、いつの間にかに列車にも載っていたなんて。
渡辺さんが、今度はホワイトボードにある作品を書く。達筆とは言えないが癖が強い文体である。
一つはSL型の可変ロボを使って太陽系一周の旅に出る話。
もう一つはカラオケ大好きなライオン型SLロボットが、時間航行をしながら悪の3人組を追いかける有名シリーズの第3作目。
両作品とも僕等が生まれるずっと昔にテレビで放送されていたアニメである。知識の上でも、ぼんやりとしか知らない。
「あたしが思うに今回の特集でかかるとすれば、初めの方の曲。後の曲の方は別の機会でも十分に可能性があると思うわ、このシリーズのみで特集を組むことだって可能だし、事実、そのシリーズのみで一回特集組まれたことが有るのよ。」
ホワイトボードに書かれた文字をじっと見ていた吉田さん。腕を組み、少し頭を傾けながら口を挟んだ。
「第一の分類には、マンガの神様のキャラクター総出演の海底列車のアニメがあるわね。汐留にあるテレビ局の方の24時間募金を集めているテレビ番組で放送された分よ。それに映画版だけど、確か、青い未来の世界の国民的猫型ロボット御一行様が宇宙を列車で旅するっていう話もあったはずよね。」
アニメ周辺に関する知識量が異常に豊富なお二人。一体、いつ、どこでそんなに詳しい知識を会得したのかと思ってしまうほどに。
吉田さんが言った方のアニメは、世界初と言われている太平洋海底横断鉄道の列車が試運転時にムー帝国にタイムスリップするアニメ。
当時の資料を見てみると、漫画の神様と言われた大阪府豊中市で生まれ兵庫県宝塚市で育った医学博士号を持つ神様級漫画家が生み出した様々なキャラクターが総出演。一回でもアニメ化された事が有るキャラは、可能な限りオリジナル声優を使ったという超豪華版であったらしい。
「疋田君、本当に何にも浮かんでこないの。」
先輩方に言われて、脳をフル活動させる。
「機関車や電車に人間のような顔がついた外国産の実写風アニメ風のような話がありましたな。」
ようやく一つは思い出した。一応は見習扱いだけど、『西高四天王』の一人。面目はかろうじて保たれたと思う。
「よく思いついたね。イギリスの蒸気機関車のと、アメリカのいろんな機関車のと2作品はあるけどね。」
吉田さんからお褒めの言葉を貰う。
「そう言えば、第二分類に含まれますけど、…」
僕が思い出したのは、JRグループがスポンサーになっていた新幹線が変形して人型大型ロボットになって敵と戦うシリーズ。結構真面目に作っていたのとともに、超有名ボーカロイドやあの有名な大型人造人間が使徒と呼ばれる正体不明な敵と戦う日本アニメ界に輝く作品、映画版ではそれらに水爆の実験でよみがえった世界的にも有名なクジラとゴリラが名前の由来になった怪獣王など、コラボばっかり豪華で話題になった作品。
「あれも特集の範疇内だから、もしかするとかかるかもしれないわね。これも、こんな機会ぐらいじゃないとかけづらいからねぇ。みんなで考えたら結構あるじゃない、『鉄道もの』のアニメも。」
「でも、吉田さん。これくらいはみんな予想しているんじゃないのかな。」
なに判り切った事を言っているのという態度で渡辺さんが聞いてきたのだ。
「そうよね。今度の特集は牌が少ないから一曲当たりで激戦になると思うわ。だからこそ、私たちが採用されるには、どの曲にすればいいかを考えようね。」
二人のテンポ良い会話をききながら、いろいろな番組名を書いたホワイトボードをじっと見続けていた僕。一つ疑問が湧いてきたのだ。
「ちょっとお伺いしますか。」
軽く片手をあげながら、そう切り出した。
「なあに、何か文句あるの。」
「いいえ、質問なのですが、アニメとしてはほとんど鉄道とは関係ないのに、曲名や歌詞が鉄道関係みたいなものはないのですかね。あれば、相当に目立つのじゃあないんですか。そんな曲こそ今回の特集にかかるのでは。」
「そんな都合のいい曲が有って…。熱海の方のスクールアイドル物の曲に一曲あったと思うんだけど。今回の特集にはどうかな。」
僕の問いかけに、遠くを見つめながら何やら考えだした吉田さん。人差し指先で唇のすぐ下あたりをふれだす。まるで、宝石の名前を持った姉の方であり、生徒会長でもある某スクールアイドルの魂が乗り移ったようだ。
そのまま、少しの沈黙の後で、何かを思い出したようだ。
「そうだ。いや、ある。そんな曲を思い出した。あの曲が有ったんだ。」
「なんでしたっけ。それは。」
「ほら、名古屋の野球球団の応援歌を作った作曲家が歌っている曲よ。学生服を着たアンドロイドが主人公のOVAの主題歌。作者が反対してテレビシリーズが出来なかったので有名な作品よね。」
「確か、『飯田線の・・・』。」
かろうじて僕も知っていた曲。
頭上の方にある遠くをぼんやりと見ながら、右の人さし指を口元に軽くあてながら喋る渡辺さんである。本人は全然自覚もしていないのかもしれないが癖ではなかろうか。でも、曲名全部を言わないのは、ご存知のルール。
「そうよね、その『バラード』。今回の選曲はテンポのいい曲が中心だと思うから、番組最後にこの曲が採用されるのじゃないかな。その方が番組全体のバランスがいいかなと思うよね。…それに。」
「あ、そうか。」
渡辺さんもなにか気づいたよう。
「阿波ちゃん、あの歌手大好きだったわ。絶対にかかるかもしれない。この頃あの歌声は流れていないよ。」
「なんで、知っているんですか、阿波ちゃんの好みなんて。」
これはぼくの疑問。
「長年の付き合いっていうもの。本人と会ったことは少ないけど。毎週ラジオを通じて会っているのだもの。ある程度は判るわよ。」
渡辺さんも頷いている。
単なる一リスナーにここまで言わせるとはたいした番組だな『アニ・ジュー』は。さりげなく言っていたけど、ラジオの向こうで喋っている人と会ったことが有るのか。局アナなれど、阿波ちゃんは今の僕にとっては未だ遠い存在である。
「それじゃあ二人とも、今回のリクエストはどうするの。私はこの曲をリクエストすることに決めたけど。」
吉田さんは最後にホワイトボードに書いたバラードの曲を指さした。
「モチのロン。あたしもこの曲にする。」
渡辺さんの弁。
「僕も、今回は便乗させてください。」
この雰囲気の中では、そういう他は仕方がない状態になっている。
「じゃいいわよ、今回は『西高四天王』、一致団結して同じ曲にリクエストすることでいいわね。」
改めて、この部屋にいる者の意思を確認した吉田さんである。
もうとう僕にとっても異存はない。
「では、二人とも、明日までにリクエストハガキを書いてくることにするね。いいわね。では、明日朝8時に学校近くのポスト前に集合。」
一方的に集合場所まで決めた吉田さん。
「疋田君。学校近くのポストは、初めて君と会ったポストの事よ。覚えているでしょう。忘れるはずはないものね。」
「ヒッキー。明日、絶対にお寝坊さんは駄目だよ。」
勝手に僕にあだ名を付けた渡辺さん。遅刻するんじゃないかと決めつけている。どう見ても彼女の方が遅刻キャラのように思えるのだがな。
「はい、今日の話し合いはこれでおしまいにしましょう。今から家に帰ってリクエストハガキを書いてくること。では、解散。」
言うだけ言って、勝手に部屋から出て言った吉田さんである。
僕と渡辺さんは二人で後片付けを始める。
いつの間に、この3人での暗黙のルールになってしまった。奇麗に掃除をしておかないと、二度と部屋を貸してくれなくなるから。
僕は手にしたモップを動かしながら、この部屋の中のもう一人の人物に聞いてみた。
「なんで、急いで家に帰ったんですかね。」
これは僕の素直な疑問。
「ヒッキーはまだ、吉田さんのイラスト見たことないんだ。」
「吉田さんって、イラストが得意なのですか。」
初めて知った彼女の秘密。
「なんていったらいいのかな。下手旨の極致っていう腕前なの。ものすごく味が有るのよ。どっかの雑誌のイラスト・コンクールでも賞を取ったと聞いたことがあるのよ。だから、今からリクエストハガキの裏一面にイラストを書こうとしていると思うわよ。」
へぇ、そうなんだ。どんなイラストが描かれているか楽しみだな…。
そういえば、初めて会った時に僕のはがきを見て軽く微笑んだ訳が理解できた。きっと専門家の視点で色使いがどうとかも思ったのに違いない。
「彼女のイラストは、毎回オリジナルキャラがプラカードを持ってポーズを決めているのよ。そのプラカードの中にリクエストする曲と歌手名と番組名を書くっていうやり方をずっと通しているのよ。なぜだかわかる?」
「ということは、阿波ちゃんに覚えてもらうためですか。」
それぐらいしか思いつかなかった。
「はい、ご名答。君もリクエストハガキを書くとき、このぐらい気を付けた方がいいよ。これも戦術の一つだから。本当の『アニソンジャー』は言葉無くして阿波ちゃんと会話するものなのよ。」
常連さんにもなると、こんな細かな点まで気を付けているのだなと改めて感じてしまった僕である。本当に奥が深いな。
「掃除終わった?ヒッキー。」
渡辺さんが聞いてきた。手には小さなマーカー消しを握りしめながら。ホワイトボードをきちんと消していてくれたようだ。
「床の掃除は終わりました。」
たいして広くもない部屋。しゃべりながらでも、すぐに掃き掃除ぐらいは終わってしまう。『これで良し。』と。
「じゃ、戸締りヨロシク。また明日会いましょう。」
と言い残し、さっさと帰ってしまった渡辺さんである。
掃除道具をロッカーに片付けながら、自己の戦略をどうハガキ上に表現しようか考えていた僕がいた。
やはり、吉田さんの推測力というより推理力はたいしたものだと、改めて感じてしまう。今の時刻は金曜日の深夜24時48分を少し過ぎたころ。
僕の机の上のデジタル時計の数字が刻々と変化していた。
壁に寄せておいてあるベッドの上に胡坐をかいて座っている。その恰好のままで、ベッドのわきに置いてあるテーブルの上に置くラジオのスピーカーから流れてくる音に、我が全神経を集中させているのだ。
『アニ・ジュー』の最後から二つ目のコーナー、二度目のお便りのコーナーがちょうど終わったころ。
この後のプログラムは最後の一曲の後、エンディングテーマのBGMをバックに本日の感想にリクエストの宛先に続く。
本日の『鉄道アニメ』特集の展開は吉田さんの推測に近いものとなっていた。
本日、第一曲目にかかったのは、銀河をひた走る宇宙鉄道列車の安全を守る警備隊のアニメのOP主題歌。勿論、あの機械の身体を無料でくれる星まで蒸気機関車型宇宙列車に乗って旅をするという超有名アニメの設定を元に、別の物語展開にしたもの。歌っているのは、アニソン四天王のうちの皇帝と一部のファンから呼ばれているお方。この曲自体も隠れた名曲としてファンの間で有名な曲。
なお、本家孫悟空が活躍する『西遊記』のテレビドラマ版の主題歌を担当したグループが歌っていたという映画版の主題歌と今回の特集で1,2を争う人気が有った曲だった。オモフルのなつかしのアニソンファンが喜いてくやしがる展開になってしまった。
次は謎の機械生命体を倒し、爆発して四散した故郷の地球を再生するために同じ蒸気機関車型宇宙列車に乗ってあてもない旅を始めるという長い旅路の冒頭のエピソードをアニメ化した劇場版の主題歌が二曲目だった。
同じ原作者の代表的な宇宙海賊戦艦2隻に、大東亜戦争で使われた戦艦を宇宙空間での戦闘用の改造した戦艦が最後にちらっと登場したもので、これからオールスターの登場を予告する物であったらしい。
実際には造られなかったが。
何故だかわからないのがアニメ業界。残念也。誠に残念也。
3曲目は、テレビドラマ化、実写映画化された漫画が原作。元々は二人で一つのペンネームを使っていた超有名漫画家の作品。怪物王国の王子がお供の3人組の怪物を率いて、人間界でいろいろな事件を引き起こす劇場版アニメのED主題歌。
怪物王国から人間世界に運ぶのはモンスター世界の超特急列車という設定なので、主題歌の名前にも、歌詞の中にも列車や怪物たちの国の名前が散らばっている。昔の主題歌主題歌した主題歌。
つまりそのアニメでしか使用しないような敵味方の様々な固有名詞、組織の名前とか、乗り物・兵器の名前、必殺技の名前がふんだんに盛り込まれたような曲のことである。
これぞアニメソングの王道中の王道。
昔から記録よりも、人々の記憶に残るアニメソングに多いパターンである。
次にかかったのは、あのイギリスで作られた最初は鉄道模型を使った人形劇。
途中から人形劇からCGに替わった番組の第一作目の主題歌。大井川鉄道にも実際にあるC11蒸気機関車を青く塗ったうえ、お面を前面につけてそれらしくしたものが路線を走っている。歌っているのはほぼすべての機関車役声優たちと有名な児童合唱団がコーラスを担当した曲。実際に作られたのはもう、20年も昔らしい。
ここでいったん曲をかけるのは中断。
今から5分ほどはお便りのコーナーはがきの余白に書いてあった日々の生活の事。リクエストハガキとは別に封筒で送られてきた番組の感想を読むコーナー。前回の放送で間違えたこととか、長い間リクエストしているのにラジオ神戸の資料室にCD・レコードの類がないのでリスナー諸君に公募する場でもある。
その後,CMが約1分間。合計4本が一気に流れる。
番組独自のスポンサーがないために、アニメ関連以外の物のコマーシャルだったりもする。なんでこんなコマーシャルがかかるのか疑問に思うときもある。
コマーシャルがあけるとすぐに、『アニ・ジュー』もリクエストを再開。
再開1曲目、通算5曲目は、渡辺さんが言っていたロボットアニメの主題歌。
SL型可変ロボットが先頭の宇宙列車に乗って、1年以内に太陽系50個の星々を旅すれば莫大な賭金が頂戴できるというのがあらすじのアニメ。その50個の星々には悪の一味の手下がいて、一行の訪問を邪魔する『80日間世界一周』とアメリカの禁酒時代を背景にしたロボットものアニメである。
再シリーズ化の噂もちらほら出てきているアニメの曲。
次に、今一大勢力を誇っているラノベ原作系アニメからの一曲。もし現在も日本国有鉄道という組織が有ったならば、その中の警察的な組織である保安隊に体験入社した高校生たちの活躍を描いたアニメ。人気声優が唄う現在はやりの形を持つアニソンの一つ。
7曲目としては今回の放送で初めてのバラード系の曲調。
今までが列車、列車と続いてきたので、列車以外の物もどうかなって入ってきた曲かも知れない。僕の読みは正しかった。
途中で主人公が交通事故で死んでしまうといったハプニングや、番組打ち切りの最大級の危機を乗り越え、2年とちょっと続いた魔法少女ものアニメ。そのちょっと設定を変えたリバイバル版のOAV版の主題歌。サブタイトルは『旅立ちの駅舎』。それも曲の出だしに主役の声優のセリフ入りバージョンで。
歌っていた歌手は作曲家であり、声がものすごく小さいので有名な歌手。
惜しまれつつお亡くなりになった方で、天国の方でこの放送をにこにこしながら聞いているかも知れない。生きていたらどれだけアニソン界に貢献できたかと思うと。本当に残念だと思う。少なくとも、BSの番組で白い国民的ロボット番組第2作の2代目OPでデビューした元アイドルと楽しくお喋りしているに違いない。
『アニ・ジュー』の中で掛かった曲の囁くように歌うその声に、すっかりファンになった僕は行きつけのチェーン展開している古本屋兼中古CD・DVD屋で偶然アルバムを見つけ、即決で購入したのだ。
8曲目が思いっきり古い劇場版アニメの主題歌。
この前、吉田さんが言っていたD―51という形の貨物輸送専門の蒸気機関車のアニメである。元々は大日本帝国海軍予備学生上がりの通信科大尉が描いた短編小説を原作に膨らましていったアニメらしい。
たまたま古本屋で購入したムック本のアニメ歴史書にのっていた。軍艦や大日本海軍の興亡史の原稿で育ったいわばリアル艦娘が作家兼コメンテイターとして現在も活躍中。
全編の3分の1が蒸気機関車の実写フィルムで、ちょっと変わった構成になっているという。番組中でそう阿波ちゃんが紹介していたから。
歌っているのは日本アニソン界の四天王のひとり、今も元気に雄叫びをあげているアニソン界のアニキである。
以上が今までにかかった曲の簡単な説明。
吉田さんが予言したアニメが数多く入っているのには驚かされた。どうしてこんなに当たるのだろう。
さすがだ。
日本のアニメが誕生してから10,000本ぐらいは、はるかに超えているアニメ、特撮、イメージアルバム、それに無数に群がるアニメソング等々の中で考えると大した洞察力であろう。
やはり、彼女は思ったよりもすごかった。
いよいよ番組は最後の局の紹介に入る。
「えー、今回の『鉄道アニメ』特集の最後の曲は・・・」
という出だしではじまった曲の名前はそう、勿論、僕等3人が共同でリクエストしたあの曲である。
学生服を着たとぼけたアンドロイドが、光画という写真の昔の言い方が入った写真部に在籍してそこの先輩・後輩と日々どんちゃん騒ぎを繰り返すという週刊少年漫画雑誌原作のOAV版の主題歌である。
「やったー。」
喜びで大声をあげそうになる。今、声を上げたら近所迷惑で、ご近所さんから白い目で見られそうだな。
慌てて声を押し殺す。
だけど、心臓はさっきから高速で血液を身体中に送っている。そのポンプを動かす音が自分の鼓膜に確かに振動を与えている。
気が付いたら、阿波ちゃんはリクエストした人の名前を呼び上げているところだった。
本日の所、7曲目と8曲目を除いて残りの曲は皆30人以上のリクエスト。読まれる名前も30人まで。
9曲目にリクエストしたのは、一体何人なんだ。ドキドキしながら僕は待つ。
そんな中で阿波ちゃんのリクエストした人の名前の読み上げは淡々と続く。
「・・・匿住所希望の『匿名、匿住所希望のトクトク・アール』さん。西宮市の『揚げたら腸』さん。川西市の『星降る夜は月野うさぎ』さん。河辺郡の『アニソン聴くのは電車の中で』さん、次は『戦隊アニソンジャー』達ですね。神戸市西区の『西高四天王』の『黒髪のサイレンジャー』さん、」
『黒髪のサイレンジャー』とは、きれいな黒髪の持ち主である吉田さんのペンネームである。
「同じく『実行不可能のツイン・テール』さん、」
このペンネームはツイン・テールの髪形を持った渡辺さんである。
「同じく『自爆は男のロマンなり』さん。ほう、この人は新人さんですか。『西高四天王』の再結成も近そうですね。以上の方ありがとう。曲は『飯田線の・・・・・・。」
ここまで来たら、もう僕の耳にバラード調の歌詞は入ってこない。
この曲は30人の足切ラインから免れたよう。後で吉田さんが言うのには、この曲よりも同じ歌手の別の曲、歌うライオン型ロボット列車の曲の方に『アニソンジャー』諸君のリクエストが集中したんじゃないのかなと分析結果を教えてくれた。深夜に同じシリーズの別な主人公の後日談のアニメが放送されたからという単純な理由で。
目から熱い何かが、際限なくこぼれ落ちてきた。
『やった。やったよ。初めて僕のペンネームが、公共の電波に乗ったのだ。』
ただし、このペンネームはお二人に言わせると、「センスが無い。」とか、「馬鹿みたい。」だとか、さんざん言われたけど。自分自身重々自覚しているから押し切ったのだ。
この日の放送は僕の記念として一生大切に残しておこう。
僕が感激に打ち震えているうちに『アニ・ジュー』自体は何事もなかったように淡々と流れていく。
気が付けば、阿波ちゃんの〆の一言。
『おやすみなさい。』
どうやら番組が終了したよう。
番組終了と同時に、僕の携帯にメールが着信した音がする。それもたて続けて2回。
誰からだろうと思いながら携帯の画面をしてみると、それはいつものお二人。
「初採用おめでとう。これからも頑張ってね。」
これは吉田さんのメール。
「おめでとうヒッキー。今度は自分で考えようよ。」
これは渡辺さんであった。少しは嫌味を混じっているが、まあ良いとしよう。
二人とも僕の初採用を喜んでくれている。
「いいじゃないの。疋田君、今の言葉をリクエストが掛かった時、思い出して御覧なさい。その答えはそこにあるから。ただ、心の中でやったと喜ぶだけだわ。でも、最低ここに二人その魅力に取りつかれた人がいるし、この国に、多くの同じ喜びに取りつかれた人がいるのよ。そのことは忘れないでね。」
始めて二人に会った時に言われた言葉の意味が理解できたような気がする。
さあ、なんてメールに返信しようか。
明け方近くまで、いろいろなメールの内容を考えて、結局は徹夜になってしまった僕であったのだ。
RI・くえすと~青春×ラジオ×アニソン @sasakimasaki
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