第4話 シンメトリー症候群
私の5歳下の弟は、病的と言えるくらいに左右対称を愛していた。
髪型や服装は当然シンメトリーだったし、実家の部屋も子供が出来うる限りの左右対称、食事も左右で箸を持ち替えながら摂る徹底ぶりだった。
私は基本的にその様子を面白がって見ていただけだったが、彼が中学2年のとき、「対面と内面のシンメトリーを獲得するべく、思ったことを全て口に出す人間になる」と言い出したときには、流石にそれはマズいと全力で止めた。
それでも、弟は自分の出来る範囲、他人に強要することなく実現可能な範囲で左右対称を追求するに留まっていたので、私以外の家族も無理に治そうとまでは思っていなかった。
そんな弟に転機が訪れたのは、約1年前のこと。
大学進学に合わせて一人暮らしをすることになった彼は、アパート選びに頭を悩ませていた。
単身者用に限らず、世のアパートは当然のことながら左右対称にはできていない。
金に糸目をつけず、大学からの距離を考慮せず、しらみつぶしに探せばそんな物件もあったのかもしれない。
が、あいにく我が家にそんな家賃や交通費を出してあげられる余裕はなかった。
実家の自室と異なり、冷蔵庫や洗濯機といった家電が増え、風呂場やトイレなどがある複雑な間取りになり、アパート内を物理的にシンメトリーにするのは難しくなった。
要するに、どうやっても左右非対称の空間に身を置き続けるしかなくなったのだ。
その事実に、当人は結構深刻になっていた。
そこで弟が編み出したのは、アパートを構成する4面の壁のうち1面を、沢山の鏡で埋め尽くすという手だった。
アパート内を実在の空間だけでなく、鏡の中に映った空間も含めてシンメトリーと捉えようという、突拍子もない考え方だ。
しかし、そんな実在しないものをアリにしてもいいという発想は、弟の中で大きなものだったらしい。
つまりは、少し解釈を拡大してやれば、心の中で描いていることもシンメトリーに含めてしまっていいということになる。
どんな場所、どんな状況でも、心の中に鏡さえ置けば対称が創り出せる。
ある意味、向かうところ敵なしだ。
事実、これを機に弟の左右対称への執着は徐々に薄れていく。
そして1年が経った今、彼のアパートの壁の鏡は、姿見1枚こっきり。
かつての姿が嘘だったかのようにアシンメトリーな格好をした弟がそこで暮らしている。
私としては、弟が自身の象徴とも症状とも呼ぶべき特徴を打ち捨てたことが、嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちである。
ただ、もしも私が「対面と内面のシンメトリーを獲得する」と言い出した中2の彼を止めなければ、もっと早くにこの症状は治まっていたかもしれない。
外と内とでシンメトリーを創り出す。
彼は、6年も前に既に答えに辿り着いていたのだ。
そんなふうに考えると、今度は得したような申し訳ないような、そんな気持ちになってしまう私であった。
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