5話 ルナとテミス

5話 ルナとテミス



 「なぁ、ターナ。実は、俺と仲良くすることでターナ自身に危険が及んでしまうかも知れないんだ」


 「⋯⋯それってどういう意味なの?」


 ターナのスプーンでスープを掬おうとしていた手が止まった。


 「そのままの意味だ。俺は今後も実力を隠し通す気は別にないし、いつか両親のこともバレる日が来るかもしれない。そのとき、王家とかが俺達の関係を利用してお前にちょっかいを出すこともあり得る。つまり、今のままみたいに近しい関係を続けるのは危険かもしれないってことだ」


 少し動揺した様子を見せたが、直ぐに落ち着きを取り戻すターナ。

 そこまで大きな話になるとは思っていなかったのだろう。

 俺としても、せっかくのターナとの交友関係を棒に振るなんてことはしたくない。

 だが、俺の所為で余計な迷惑をかけてしまう方がもっと嫌なのだ。 

 包み隠さずにきちんと話して、その後どうするかはターナ自身が決めるべきだしな。


 そんな俺の想いを知ってか知らずか、彼女はなんでもない顔でこう言ってのけた。


 「それじゃあ、私がちょっかいをかけられたとき、それを跳ね返せるようにロイ君が鍛えてくれない? 助けられるばかりじゃ嫌だし、私も強くなりたいな〜なんて!」


 「⋯⋯願ってもない返事だ。だが、そんな簡単に決めてしまっていいのか?」


 俺がちょっかいという言い回しをしたからか、少し軽く捉えてしまっている感じもするが⋯⋯。


 「ロイ君って友だちだけど、既にもう私の師匠でもあるでしょ? だから、むしろ私の方がお願いしたいくらいだよ! それに、もし私に何かあったとしても、ロイ君ならきっと助けてくれるでしょう?」

 

 ⋯⋯軽い気持ちから始まった人助けが、ここまで他人の信頼を得ることに繋がるなんて。

  兎にも角にも、こうして俺は人生で初めてのかけがえのない仲間を得ることができたのだった。


***


 

 一方その頃ファルタ王国宮殿内では王族関係者が集い、お茶会が開かれていた。

 冒険者学校の魔法コースでの入学試験を終えた王太子家長女のテミス=ケージーと、同じく魔法コースでの試験を終えた公爵家長女のルナ=ハグベリーから試験に関する報告を受けるためだ。


 「それではまず、ルナの方から聞こうか」


 和やかなムードの中、ファルタ王国国王ジョン=ケージーが口を開いた。


 「はい陛下。これまで練習してきた通りに立ち回り、試験官の方を降参させることができました」


 貴族の子ども同士で模擬戦を行うと、様々なお家事情から全力を出せない子どもが必ず出てくる。

 そのため、貴族向けの入学試験では試験官が模擬戦の相手を務めることになっている。

 結果、いくら幼少期から英才教育を受けてきた貴族階級の子どもといえども、3分と持たずに降参する者が後を絶たない。

 

 「うむ。さすがはテミスと並ぶ麒麟児だ。よくやったのう」 


 「ルナ。お前がいつもテミスちゃんと並んで目覚ましい活躍をしてくれるから、私はいつも鼻が高いよ」

 

 と、ルナの父親――ルーグ=ハグベリー公爵――もジョン国王に続いた。

 

 「ありがとうございます。テミスちゃんに追いつけるように、今後も精進いたします」

 

 無邪気な笑顔で返すルナ。


 「それでは、テミスの番だな。試験について聞かせておくれ」


 ジョン国王は、孫のテミスが生まれた当時から溺愛していたが、テミスが突出した魔法の才能を持っていると知って以降、更にテミスを可愛がるようになった。


 「はいお祖父様。私も試験官を降参させることができました。ルナと共に、王家の名に恥じぬ成績を残せたと思います」


 「うむうむ。2人共まだ15歳だというのに受け答えもしっかりしておるし、どれほど立派な大人に育つのか、今から楽しみで仕方ないわい」


 王家の血筋の者からは優秀な魔法使いが幾人も輩出されている。

 だがこれは偶然によるものや、単に英才教育を受けた結果という訳ではない。

 魔法を行使するためのエネルギーである魔力を育て増加させる方法を、王家が秘匿して内々で活用しているためだ。

 ちなみに、ウィードがロイに市民を味方につけておけと助言していたり、ロイが王家を警戒していたのには、この件が絡んでいる。

 外へ漏らしたことに感づかれると、即断頭台行きレベルの重要機密事項なのだ。

 そんな王家出身の者たちの中でも、ルナとテミスは稀代の才能の持ち主として褒め称えられており、これまでに無いほどの期待を集めている。

 強いていうならばエリスも同様に期待を集めていたのだが、彼女のことを話すのは国王によって禁止されており、若い連中にはもはや彼女の存在すら忘れてしまっている者も中にはいた。


 「そういえば、市民の方の入学試験はどうだったのかしら? 特待クラスに選ばれる程に優秀な人はいたの?」


 ルナがそう聞くと、ジョン国王の右腕であり王国軍隠密機動部隊の隊長を務めるスーリが答えた。


 「会場に潜り込ませた部下からの報告によると優秀な者は例年通り数人いたのですが、中でも飛び抜けた実力を持つ者が1人。ロイという人族の少年が、一歩も動かずに豹人族の男子を一撃で気絶させたそうです。まず間違いなく特待クラスに選ばれるであろう、とのことです」


 「へぇ〜! もしかして私たちよりも強いのかな? なんちゃって!」


***



 「ばっっくしょい!!!」


 「あら、大丈夫? 季節の変わり目だから風邪には気をつけないとだよ?」


 「いやぁ、きっと誰かが俺の噂してるんだよ。そんなことより、さっそく始めるぞ」

 

 俺たちはミシェルさんのところで食事を済ませた後、ターナの家の近くの空き地へとやってきた。

 ターナに稽古をつけるためだ。

 

 「はい師匠! よろしくお願いします!」


 目一杯に背筋を伸ばして敬礼をするターナ。



 「いいかターナ。今日からお前には魔力量を増やす訓練を毎日してもらう」


 「魔力量ってほとんど先天的に決まるんじゃなかった? そんな方法って⋯⋯」


 「ああ、大衆にはそう刷り込まれているらしいな。だが事実は異なる。まずはその辺についての説明をしようか」


 難しい話が苦手なターナでも、この手の話には興味津々らしい。

 

 「聞きたいです! でも、こんなところでそんな大事な話しても大丈夫なの?」


 「それなら心配ない。ここに来たときにこっそり隠密魔法をかけておいたからな」


 実は、食堂でミシェルさん達やターナと話していたときにも、下級の隠密魔法をかけて周囲の意識が俺達の方へと向かないようにしていた。

 今この空き地にかけているのは上級と中級の隠密魔法で、周囲からは俺達の存在は見えないし、中で何があろうと外に音は漏れない。


 「ロイ君って本当に多才だよね〜! こんな人に教えてもらえるなんて私は運がいいな!」

 

 「俺の場合は、幼少期から教えてくれる人がそばにいたってだけだぞ。それじゃあ本題に入ろうか。簡単に言うと、一度魔力を空っぽにしてから他の人に魔力を目いっぱい分けてもらう。これを繰り返すと魔力量の上限が少しずつ増えていくって仕組みだ。ただ、年齢を重ねれば重ねるほど魔力量の伸び幅が急激に落ちるってデメリットもある。ターナはまだ15歳だから一定の効力は得られるだろう」


 「そんな方法が⋯⋯。でも、どうしてそんな凄い方法があるのにもっと広まらないの?」


  当然の疑問だな。


 「王家が秘匿しているからだ。これには2つの意図があると思われる。1つ目は、単純に王家の者だけを優秀に育て、市民からの尊敬を集めるため。2つ目は、この方法には失敗があるからだ。例えば、魔力量を水袋だと想像してみてくれ。10しか入らない袋に無理矢理20詰め込もうとしたらどうなる?」


 「ん〜。破裂して水がこぼれちゃうんじゃないかな?」


 「そういうことだ。この方法は下手に失敗すると、魔力量が増えるどころか無くなってしまうというリスクを背負うことになるんだがが⋯⋯。まぁ安心してくれ。妹に魔力を渡すのは俺の役目だったから、毎日やってたんだ。そんなヘマはしないと約束する」


 「大丈夫だよ! そもそも私の今の魔力量って下級魔法10回分くらいだよ? 失うものは何もない!」


 キリッとしたドヤ顔のターナ。

 正直、下級魔法魔法10回分の魔力量ってのは相当に少ない。

 伸ばせて100回分くらいまでだろうか?

 俺は下級魔法なら余裕で1000回は発動できるが、差があり過ぎて普通がどのくらいなのかもはや分からないな。


 「とにかく始めるぞ! まずは魔法を発動して、放つ前に消すんだ。そうすれば魔法が周囲に影響を及ぼす前に魔力だけ消費することができる」


 「了解しました師匠! やってみます!」



 あれから魔力量の訓練が終わった後、剣術の訓練を行なっていたら日が暮れてきたので明日に備えて解散することにした。

 明日が楽しみだな。

 何しろ、冒険者学校の生徒証明書が手に入ると18歳未満でも冒険者登録ができるのだ。

 俺が冒険者学校に通うことにした理由の一つでもある。

 

 「じゃあまた明日な!」


 「うん! 今日は色々とありがとう! また明日ね!」


 俺はターナを家まで送り、宿へと帰ったのだった。

 

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