4話 入学試験 後編

4話 入学試験 後編


 「71番と72番! 待機室Aに直ちに集合!」

 

 とうとう俺の出番がやってきた。

 

 さて、この入学試験も含めた学校における俺の立ち振る舞いについてだが、わざわざ実力を隠し通してまで自分の存在を目立たない様にするというつもりはない。

 もちろん実力を隠すことを考えなかった訳ではないが、それだと両親が俺を鍛えてくれた意味がなくなってしまうし、それに俺は現在の両親みたいに自由気ままに生きていきたいのだ。

 どんな邪魔をされようとも、実力行使で乗り切ってやる。

 そのためには、まだまだ修行が必要だけどな。

 

 係員の人から武舞台入りの合図が入った。

 武器は⋯⋯使い慣れたショートソードにしておくか。

 待機室を出て武舞台へ向かうと、ちょうど相手選手も向かって来ていた。

 

 相手は豹人族の長身痩躯な男子だ。

 豹人族は亜人族の中でもトップレベルの素早さと脚力を誇り、冒険者としてはその特性を活かして斥候等の役目を担う人が多いそうだ。

 見た目も犬人族や狼人族と比べると、獣に近い要素を多く兼ね備えており、獣が擬人化したって感じだ。

 彼は刃渡り30cmほどのダガーを使うらしい。 

 ⋯⋯なんだか既に勝ち誇った表情でこちらを見てきているんだが。


 人族は亜人族と比べると、基本的に生まれもった身体能力は高くないとされる。

 というのも、人族が優れているとされるのは魔法を使うのに必要とされる魔力の量なのだ。

 だから魔法使いコースならまだしも剣士コーしの人族など取るに足りないレベルに違いない、と高を括っているのだろう。


 「それでは、71番と72番による模擬戦、はじめ!」

 

 

 ⋯⋯勝負は一瞬だった。

 調子づいて思いっきり突っ込んでくる相手の顎を、剣のグリップで素早く小突いただけ。

 その一発で意識を刈り取られる相手。

 豹人族の彼は持ち前のスピードを活かそうとしすぎて動きが単調になってしまっているみたいだ。

 せっかく素晴らしい身体能力を持ち合わせているのにもったいないな。

 そう考えると、豹人族の彼とは違い、ターナはよく考えて立ち回れていたってことだ。

 

 審判により試合終了の宣言が出されたので、武舞台からさっさと降りる。



 よし、終わったな。

 受験結果は明日の朝一に発表され、合格者はそのまま入学式に移る。

 まぁ今日のところはこれで終わりってことだ。


 「おい、あいついま何したんだ?」


 「全く分からなかった⋯⋯魔法か何かか?」


 なんて声がどこからか聞こえたと思ったら、観客席全体がざわついているのに気づいた。


 観客席の方に目を向けると、沢山の人達が俺の方を注目しているのが分かり急激に高揚感が込み上げてくる。

 そうか、試験のことばかり考えていて忘れてたけど俺は超がつくほどの田舎者。

 こんな大勢の人々に注目されることなどなかったのだ。

 ⋯⋯これが人前に出ることの緊張や喜びなのだろうか。


 メリ姉――俺の回復魔法の師匠――からは「子どもらしくない」「大人びている」なんてよく言われてたが、まだまだ俺もがきんちょなのかもしれないな⋯⋯。

 というか、そもそも俺がこんな達観したような感じになったのは幼少期から狂ったような修行を強いられたからだ。

 魔物がひしめく森の最奥に投げ出され、サバイバル生活を1ヶ月ほど送っていたらこうなってたんだ。

 

 そんな初めての経験に戸惑いつつ、俺は武舞台を後にした。

 


 「ロイ君お疲れ様〜! 何をしたのか全然分からなかったけど、とりあえず勝利おめでとう!」


 待機室から出た俺を待っていたのはターナだ。

 

 「来てくれたのか。ありがとう! ターナはこの後、何か用事あるか?」


 「今日は特にないけど。どうかしたの?」


 「これから昼飯を食べに行こうと思うんだけど、一緒にどうだ? ちょっと早いけど。もちろん俺の奢りで!」


 ターナの家庭の懐事情は昨日で分かったからな。

 俺は別に金には困ってないし、これくらいはさせて欲しい。

 そういう、俺の思考が伝わったのだろう。


 「⋯⋯ありがとう! 私、ロイ君みたいな友達ができて本当に良かったよ!」


 「なに言ってるんだ⋯⋯。それはこっちのセリフだぞ? まぁ出会ったばかりだけど、今日は入学の前祝いといこうぜ!」


 「あはは⋯⋯。私はまだ合格かどうかは分かんないけど、ロイ君は間違いなしだろうね。むしろ、特待クラスに合格しちゃうんじゃないかな? そのくらいにレベルの差を感じたよ⋯⋯」

 

 ターナは謙虚だな。

 自分もほとんど合格間違いなしの結果だっただろうに。

 親の育て方が良いんだろうな、きっと。


 「よし! そうと決まればさっそく行こうぜ!」

 

 話さなければいけないこともあるしな。

 

***


 

 俺たちは、父さんの行きつけだったらしい食堂へと足を運んだ。

 中に入ると、まだ昼食には早い時間だからか他の客はあまりいなかった。


 「いらっしゃいませ! 2人ですか?」


 看板娘だろうか。 

 俺たちと同年代くらいの、赤茶のサラサラヘアーを肩まで垂らした可愛らしい女の子が出迎えてくれた。


 「2人です! あの、ここの店主さんってミシェルさんていう方で合ってますか? もしいらっしゃったらお会いしたいんですが」


 急すぎる注文に怪訝な表情を隠しきれない店員の女の子。

 

 「⋯⋯ウチの店主は確かにミシェルですけど、どのような用件ですか?」


 「ウィードの息子がご挨拶に伺いましたって伝えてもらえますか?」


 「⋯⋯ウィード? 聞いたことないけど。まぁ分かりました」


 そう言い残して女の子は厨房の方へと引っ込んでいった。

 

 とりあえず席に着いとくか。

 俺は置いてけぼりをくらっているターナと2人用のテーブル席へと移動した。


 「実は、ここの店主が父さんと昔なじみらしいんだ。だから挨拶しておこうと思ってな」


 「そうなんだ! ロイ君は偉いね!」


 ターナは納得のいった表情を浮かべ、手書きのメニューに目線を移した。

 

 ちょうど俺とターナがメニューを選び終わった頃、厨房から二十代後半くらいの女性が現れた。

 きっとこの人がミシェルさんなのだろう。


 「あなたがあのウィードさんの息子なの? お名前はなんていうの?」


 「はい、ロイっていいます。父さんにこのお店とミシェルさんのことを聞いたので挨拶を、と思いまして。まぁ証拠とかは持ってないんですけどね」


 「ごめんなさいね、疑っている訳じゃないの。そもそも、ロイ君くらいの年齢でウィードさん達のことをよく知っている子なんて王都にはほとんどいないでしょうし」


 ふむふむ⋯⋯。

 レコルさんの時もそうだったが、なんだか全く疑われないなぁと感じていたけどそういうことで信じられていたのか。

 特に俺は髪の色とか瞳の色が母さんと同じだから、受け入れられやすかったのかもな。

 しかし、噂くらい出回ってそうなもんだが。


 「あの、俺の両親って王都では忘れさられた存在みたいな感じなんですか?」


 「うーん⋯⋯。半分正解かな。実は、ご両親に王都から逃げられた様な形になったことに国王が激怒したの。それで、できうる限りの権力を行使して情報統制を行ってね。もちろん、私たち大人は当然ウィードさん夫婦のことをよく知っているんだけど、下手に口に出すと目をつけられるかもしれないから⋯⋯。だから、ロイ君も信頼できる人の前以外ではご両親の名前を出すことは控えた方がいいわ」


 まぁ、他国の王族との政略結婚が頓挫した上に国の重要戦力である2人を手放した訳だからな、国王からすると赤っ恥ってところか。

 

 「俺は両親の息子であることを誇りに思っています。なので2人の名前をひけらかしはしませんけど、正直なところ、そこまで隠し通すつもりもないんです」

 

 俺が力強くそう言うと、心なしかミシェルさんの頰が赤く染まった気がする。


 「あら、ロイ君ったらお父さんに似てキザなこと言うのね⋯⋯。私、昔を思い出しちゃったわ!」


 ⋯⋯父さん。

 何があったのかは知らないけど、このことは母さんには黙っておくよ。


 「そうだわ! 娘を紹介しておかないと! ちょっと待っててね?」


 そう言って厨房に戻るミシェルさん。

 現在、ターナはよく分からないやりとりについて行けずに呆けている。

 すると、ミシェルさんが先ほどの店員の女の子を連れてきた。

 

 「この子は娘のミーアです! 仲良くしてやってね?」

 

 「⋯⋯ミーアです。何だかよく分からないけど、とりあえずお願いします」


 なんの説明もなく連れてこられたのだろう、明らかに狼狽えている。

 さっきまでは普通の客だったしな。


 「俺はロイだ。王都には来たばかりで分からないことが多いけど、よろしく!」


 手を差し出すと、少しだけはにかんで握手に応じてくれた。



 「⋯⋯あの、注文してもいいですか?」


 あまりに放置されすぎて悲しくなってきたのだろう、ターナが今にも泣き出しそうな悲しい表情で言った。

 そういえば、俺たちって昼ごはんを食べにきたんだった⋯⋯。


 「は、はい! それでは注文をお伺いしますね!」


 「それじゃ私は厨房に戻るわね! ロイ君達、ゆっくりしていってね!」

 

 その後、頼んだ食事が運ばれてきて少し落ち着いた辺りで俺はあの話を切り出した。

 

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