自殺が称えられる世界で孤独に
咲 六科
自殺の尊重
この世界ではどんな死に方よりも自殺が尊重される。道路に飛び出した子供を助けようとして死ぬようなヒーロー的な死に方より、100歳を超えるまで生きて大往生するよりも、だ。それも自殺する年が若ければ若いほどより称えられる。ニュースでは毎日本日の自殺者数が報道され、各国では全死者数に対する自殺者の割合を競い合っていた。日本は長寿の国の為、世界が今のようにかわるまでは病死及び寿命での死亡率が最も高かった。
しかし自殺が尊重されるようになってからは病気にかかった人、もう充分長生きしたと思った人達が積極的に自殺するようになった。そういう訳で日本の平均自殺年齢は比較的高かった。日本での自殺者の最年少は高校1年生だった。世界の記録では10歳、小学校4年生に当たる幼い子までも自殺しているというのだから年齢に対して日本は遅れを取っていた。
いくら自殺が尊厳されるといっても死ぬのは怖いというのが人間の心理だ。だから政府は可能な限り楽に死ねるよう、また若い人の自殺率を上げようと自殺志願制度なるものを考案した。まず、自殺志願者は政府のホームページから必要事項を入力する。その後に整理番号が配られ、担当者による個別説明会が行われる。実は自殺手段には銃殺、感電死、首吊りなどいくつか種類があるのだが、この説明会でどの手法かを選択する。と同時に思い残すことがないかを確認する。無い場合は実行日の計画を立て、もしある場合はそれらをやり切る手順と実行日の計画を立てる。
この制度の良いところは死体の処理までしてくれるところだ。簡素な葬儀をし、埋葬までしてくれて完了だ。自殺者数を増やす為とあり値段も50万程と手の出せる値段設定だ。実際この制度を導入してから若年層の自殺者数は増加した。しかしそれでも多くは30,40代でありそれよりも下の自殺者数はなかなか増えなかった。
篠崎まゆは中学2年生だった。父親の転勤で7月の終わりにこの町に引っ越してきた。前の町でまゆは人気者だった。友達は大勢いたし、休み時間はいつも友達と笑いあった。特別に仲の良い友人とは休日に一緒に野球をすることもあった。前の町だけが特別ではない。まゆは転校が多かったのだが、いつもどの町でも上手くやれていた。その前の町では小学生だったのだが、毎日誰かしらと公園で遊んでいた。その前の町では頻繁にお互いの家に遊びに行っていた。だから今回の転校でも問題なく環境に馴染めるだろうと考えていた。ところが現実は違ったのだ。
この町では小学校がそのメンバーのまま中学校に上がる形で、友達グループの絆は部外者にとってはあまりにも強固過ぎた。しかも彼等は転校生に興味を持たなかったのだ。最初の授業が移動教室だったのだがそんなこともわからないまゆを置いてクラスメイト達は次々と教室から出ていく。いくらなんでもそれはないだろうと思いつつ、まゆは結局自分からどこに行くのかと訊いたのだった。その時まゆは初めて新しい環境が怖いと思ったのだった。
結局まゆは新しい友達グループに入ることが出来なかった。独りぼっちが怪奇の目で見られる年頃にこれは堪えた。まゆは休み時間も移動教室もずっと一人で過ごした。まゆにとってこんなのは初めてだった。最初の内は寂しくて寂しくて仕方なかった。
「私も仲間に入れて」
「ねえねえ、何の会話をしているの?」
「あ、その俳優さん私も好きなの!」
「その番組、私も見たよ!」
そんな言葉を何度飲み込んだことだろう。以前のまゆだったら出来たに違いない。しかし転校初日にクラスメイトから置き去りにされたことが恐怖の記憶として残ってしまい、人に声を掛けることが出来なくなってしまったのだ。
まゆは長女で初孫として生まれた。父親は旧帝大を出ており、その血を継ぐ者として大いに期待された。実際今までは上手くやってきた。学校の成績は私立の中学を受験出来るほどであったし、運動神経もそこそこ良く、運動会ではよくリレーの選手に選ばれた。前述の通り友達も多く、新しい環境にもどんどん馴染んでいくほどコミュニケーション能力も高かった。そんなまゆは自分でもよくやっていると思っていたし、だからこそ甘えるということをしないようにしていた。友達と喧嘩したりしても、それが表に出ないようにするなど失敗は隠してきた。
だからまゆは今回のこの気持ちの処理の仕方に困っていた。親には勿論相談出来ない。まるで今までの期待を裏切るかのように思えたからだ。当然友人もいない。学校の先生に相談するのは恥だと思った。「困った時に匿名で電話出来るところ」としてよく学校でカードを配られたがそんなものを使うのは心の弱い人だと思い込んでいた。
この時まゆは初めて学校が嫌だと思った。そう思う日が毎日続く毎に学校が嫌、からこの世から消えたい、に変わっていった。そしてそれが自殺願望だと気付いてしまったのだ。日本では未だ中学生の自殺歴はない。自殺は若ければ若いほど称えられる。新たな歴史の創設としていいかもしれないと思い始めた。そう思ったまではいいが死ぬのは怖いとも思ってしまった。自分に合う自殺手法も見つけなければならないし、心の準備が出来るまではまだいいやと考えるのを後回しにした。
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