八月三日


 今朝見た夢。

 トルコの王宮かモスクのような場所である。白い大理石の壁が高く天井までつづき、ドーム状の屋根になって結実する。壁にも、柱にも、屋根にも、白金プラチナがかった淡い金色の装飾文字カリグラフィが隙間なく描かれている。

 天井は高いが、部屋自体は何畳もなく狭い。外からみれば、円筒状の塔のような建物であるらしい。高い位置にあるくり抜きの窓から陽が差しこみ、粗末な寝台と木机を照らしだす。

 寝台には老いた男性が横たわっている。壮健であったころは、きっと鷹のような雄々しさをみなぎらせて風の中に立ったのだろう、と思われる。

 額と鼻が秀で、白まじりの硬い髪をざくざくと後ろに撫でつけている。鷹の人は手を伸ばし、微笑してかたわらに在る相手を呼んだ。

 かたわらには、秘術師のような恰好をした男がたたずんでいる。白い帽子フードつきの外套マントを羽織り、たっぷりとした袖と裾を地に引きずっている。秘術師は鷹の人の従者であるらしい。胸に手をあて、こうべを垂れて鷹の人のことばを待つ。

 そのしぐさは慇懃だが、同時にふたりの間にはなんらかの屈折があることを知っている。決して敬愛と信頼だけで結ばれた主従ではなかった。もしかしたら、秘術師は頭の中で幾度か鷹の人を殺めたことがあったかもしれない。

 鷹の人はそうした緊張も屈折もすべて呑み込み、いま死出の道に向かおうとしている。秘術師はそれを眺めている。秘術師の胸にはひたひたとした愛惜と憎しみがある。

 鷹の人が声をかける。礼を述べたのか許したのか。秘術師は眉を寄せ、苦い肝を噛みふくめるように立っている。

 鷹の人は微笑している。最期の語らいの場を包みこむように、陽ざしがしらしらと舞い降りている。

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