第8話 全てを無かったことにする異能でも君だけは無かったことにできなかった。

「ただいま」


 部屋の奥から、慌ただしく駆けつける足音が聞こえる。もちろん菜奈だ。


 これはあいつの可愛いところだ。


 いつも仔犬のようにオレを玄関まで出迎えてくれる。


「おかえり一奏……って、げっ、なんで藤林さんも一緒なの!」


「つか、何でお前は下着姿なんだ……」


「いやー丁度、風呂上がりだったから」


 髪も濡れているし、良い匂いもするから、それは分かる。だが、オレの言いたいのはそんな事じゃない。


 マッパ……もしくはバスタオルだけにしろという事だ。


 下着なんかつけていると、ポロリイベントが発生しない。


「……やっぱり、乱れた暮らしをしているのね」


「それ程でもないよ」


「あるわよ」


 頬を膨らませる藤林……か……可愛いじゃないか。


「まあ、上がれよ」


「ちょ、ちょ、ちょ、どういう事だってばよ!」


「今から、生乳揉ませてもらうんだ、部屋に入って来るなよ」


「いやいやいや、意味分からないし!」


「まあ、そういう事だ」


「だから、分かんないって!」


「後で話す!」


 駄々をこねるもんだから少し睨みつけてしまった。


「……分かった」


 色々察してくれたようで、菜奈はそれ以上何も言わなかった。

 




 ——オレは部屋で早速本題にはいった。


「藤林、オレはお前を監禁する。お前が眠ってからオレとの記憶をなかった事にさせてもらう」


「ちょ、ちょっと待って、なんで監禁する必要があるのよ!」


「藤林……お前、自分が異能を使えることを知っているか?」


「え……なんの話し?」


 やっぱりだ。オレの睨んだ通り藤林は自分の異能を認知していなかった。


 そしておそらく、藤林の異能は『異能を打ち消す異能』だ。


 本人が自覚していないから、今は自分が覚醒しているときだけ、自らに掛かっているのだろう。過去にも同じようなケースが何件もあったから、まず間違いないはずだ。


「藤林、お前は能力者だ」


 戸惑いの表情を見せる藤林。


「……能力者って、浅井くんや、副会長みたいに異能が使えるって事?」


「そうだ。で、藤林の異能は恐らく『異能を打ち消す異能』藤林の意識がある時は、オレの異能が通じない。だから俺はお前を監禁して、お前が眠るまで待つ」


「何のために?」


「学校でも言っただろう? 藤林の異能と記憶を『無かった事にする』ためだ」



 黙りこくる藤林……オレは自身に『眠気をなかった事にする』を使った。


 オレの方が先に寝てしまってはシャレにならない。



「ねえ浅井くん……記憶ってどうしても消さないとダメなの?」


「ああ、どうしてもだ」



 沈黙が続く。



「分からないわ……理由ぐらい教えてよ、どうせ記憶を消すのだったら構わないでしょ?」


 藤林の言う通りだ。どうせ記憶を消すのだから理由ぐらい教えてやっても構わない。


 オレは、自分の過去を少し藤林に話した。


 その結果、オレが全ての異能を無かった事にしょうとしていることも。



 藤林は泣きながらオレの話しを聞いていた。


 その様子を見て、オレはまた心が痛んだ。



「浅井くん……私、忘れたくない」


 やめろ。


「あなたのことを忘れたくない」


 やめてくれ。


「何でまた、私をひとりにするの?」


 ……また、ひとりだと?


「どうしてよ、ねえ? どうしてそんな酷いことをするのよ! やっと出会えたのに、私をひとりにしないでよ!」


 藤林が声を荒げて泣いていた。


「やっと出会えた? またひとりって……どう言うことだ」


「そのまんまよ……」


「そのまんま?」


「私はひとりよ! 家でも学校でも!」


 ん……孤立って意味か?


 オレはまた藤林にを覚えた。



 ——藤林は眠らなかった。


 食事もほとんど摂らず、オレの部屋で眠気に耐え続けた。


 だが4日目の朝……ついに藤林は限界に達した。


「ね……眠りたく……ない」


 その瞳に涙をためながら、枯れそうな声で藤林はそう呟いた。



 藤林……オレは藤林を利用した。恋人という嘘までついて。


 なのに藤林はそんなオレを忘れたくなくて、こんなになるまで抵抗した。





 できない……オレにはできない。




 オレには藤林の記憶を消す事ができなっかった。


 


 

 オレは藤林から衰弱と眠気を無かった事にした。



「藤林……藤林」


「あ……浅井くん?」


「ああ、浅井一奏だ」



 藤林はしばらく呆けていた。



「どうして? どうして……消さなかったの?」


「違う、消さなかったんじゃない」


「えっ」


 オレは藤林を抱きしめた。


「消せなかったんだ……」


「浅井くん……」


 藤林がその瞳に涙を溜めていた。


 だが、この涙はさっきの涙とは違う。


 藤林の笑顔を見ればわかる。



 もし、藤林がオレに嘘をついていたら……オレは最大の失敗を犯したことになる。


 でも、藤林に裏切られるのなら構わない。



 

 この温もりは、忘れない。





 ——そしてオレは藤林の服の裾から手を入れ、約束を果たさせてもらった。


「きゃっ!」


「約束だからな!」


「ちょっ、でもそんな……んぐっ」


 約束に上乗せして唇もいただいた。





 全てを無かったことにする異能でも、君だけは無かったことにできなかった。




 

 一部完



 ————————


 【あとがき】


 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

 はじめての現代ファンタジーでしたが皆様のお陰で楽しく書くことができました。

 応援ありがとうございます。


 一旦ここで完結ですが、もしかしたら長編連載にするかもしれません。


 ちなみに、おまけの一話投稿します!

 修羅場回です!


 本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、

 ★で称えていただけたりフォローや応援コメントを残していただけると非常に嬉しいです。


 よろしくお願いいたします。



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