コミュ障勇者はお酒がないと楽しく旅できない。だから飲む。

CだCへー

一次会 勇者たちが旅立つまで

序章 そして、あの勇者に白羽の矢がたつ

「全滅だと……」

「はい、今回魔王討伐の依頼に出向いた勇者パーティー114組、その中の勇者114人全員戦闘不能です。戦闘不能の勇者たちはパーティーメンバーが回収してきました。それと……」

 

 窓から夕日が差し込むうす暗い部屋の中1人の男性の老人が机の上の報告書を読み険しい表情を浮かべうなだれている。しわだらけの顔とは正反対のすばらしい球体、美術品といっても過言ではない髪の毛ひとつない禿げ頭から夕日の光が反射され事務的な口調で報告している女性の顔を照らす。


「ハーテンよ、そんな顔をするでない。つらいのは、我々裏方の組合員よりも現場に出向き戦ってくれた勇者たちのほうだぞ」

 

 老人は女性の言葉をさえぎると(魔王討伐 ~推奨等級2つ星、3つ星~)と黒字で書かれた紙に赤インクの失敗と彫られた判子を押す。

 ハーテンとよばれた女性も禿げ老人と同じように眉間にしわを寄せていたのだが、禿げが顔をあげ光の反射がハーテンの顔から外れると淡々とした口調が似合う元の無表情に戻った。

 ハーテンのかわいいよりも、綺麗という言葉が似合う顔から目の前の老人に聞こえないように呟いた。「バゲルさんが眩しいだけです」どうやらバゲルこと禿げもとい、禿げことバゲルが眩しかっただけらしい……


「今回の作戦で駄目なら、次の勇者たちに出向いてもらうしかないか。彼らには城と町の防衛に専念してもらいたかったが仕方ない」


 バゲルは椅子にもたれていた体を前のめりに起こすと、机の上に肘をつき両手を顔の前で組むと真剣な眼差しをハーテンに向けた。そして、重々しくその口をひらいた。


「ハーテン、4つ星伝説級、5つ星創世級の勇者たちに緊急招集をかけてくれ。今回の魔王討伐これを、勇者組合からの緊急依頼とし早急に解決してもらう」

「――できません」

「よし、わしは王に今回の事件を……今、なんて??」

「――できません。そう言ったんです」


 バゲルは予想外の返答に絶句している。そんなバゲルを気にも留めずハーテンは言葉を続ける。


組合長、報告は最後まで聞いてください。今回この依頼に参加していない4つ星、5つ星の勇者30人のうち28人も同じく戦闘不能です。その2人なんですが……」

「――よし、その2人だ! その2人を招集だ! あと、ハゲルではないバゲルだ。二度と間違いないように」


 再び報告をさえぎる老害にあきれたのかハーテンは深くため息をつくと、また事務的な口調で報告を再開した。


「報告は最後まで聞いてください。その2人のうち1人は数百年前から生死不明の始原の勇者カスミ・ウスイです。連絡は当たり前ですがとれません。それでもう1人は浮遊操作の勇者レイブン・ワイゼです」

「おお! レイブン君がいるではないか! 彼なら真面目だし、成績・戦績・経歴優秀。最高の5つ星創世級! 今回の依頼魔王討伐もきっとやり遂げてくれるだろう」


 バゲルは自身の煌く頭よりも目を星のように輝かせ「さあ、彼のパーティーメンバーの斡旋やら色々と準備しなくては」と息巻いている。


「……はあー、本気で言っているんですか?」


 ハーテンは本日2度目の深いため息をつくと、組合の受付嬢がかぶる赤いベレー帽を緑色のショートカットの頭の上に深くかぶりなおした。そして「脳みそまでつるっぱげなのか。この老害は……」と顔を横に向け消え入りそうな声で呟いた。


「本気に決まっているだろう! 君こそなに訳の分からない事を言っている。竜や魔王などの世界を揺るがす異変は我々勇者組合が率先して解決していかなければ、他の戦士組合や魔法組合の連中にバカにされるだろうが! そもそも我々勇者組合は王国院に所属する数少ない組合の中でも名誉ある―――――」


 バゲルは呪文の詠唱のように勇者組合について語りだした。なんと、バゲル老害の悪い癖が発動してしまった! 彼は一度勇者組合のことを語りだすと絶対に止まらない、止められない、迷惑極まりない、3拍子そろった真・老害と化すのだ!!

 さらに、始末が悪いことに逃げ出そうとすると絶対に回り込まれてしまうのだ。そう、語りが終わるまでは決して逃れられないのであった……

 ハーテンは苦虫を噛み潰してしまったような表情をすると、日が暮れ始め星が瞬きだした空を虚空の目で見つめ無の石像へと変貌を遂げるのであった……



「…………ということで、始原の勇者カスミが創設した勇者組合は本日に至るまで数多くの異変や事件を解決し今の平和に大きく貢献しているのだよ。さて、ハーテン」


 バゲルは語りを終えるとマグカップに入っているすでに冷え切ったコーヒーを口に運ぶ。なんと、動かない石像ハーテンはその目に光が戻り人の姿に戻ったのだ。

 彼女の石化を解いたのは窓から差し込む月の光でもなければ、魔法の杖の力でもなく、じじいの語り終了を告げる言葉だった。


「……っは!! はい、なんでしょう?」

「なぜ、レイブン君の招集を拒むのだ?理由を聞かせたまえ」


 ハーテンは本日3度目の深い深ーいため息を吐き出し「ちょっとすいません」と、禿げに一声かけると白を基調とした受付嬢の制服のワンピースのポケットから手のひらサイズの革袋を取り出した。

 革袋の中から一枚の葉を取り出し自身の口元に当て2、3回呼吸を繰り返している。


「ほう、ノンストの葉か……わしも若い時に仕事でストレスが溜まるとよく使ってたよ。柑橘系の涼しげな香りがストレスを浄化してくれるんだよなー。なにか仕事で嫌なことがあるのかね? いつでも相談してくれたまえ。わしは君の上司なんだからな!! はっはははは!!」


 バゲルが豪快に高笑いしているその影で「このじじい、いつか泣かす……」とハーテンは囁くのであった。


「バゲル組合長、今回の異変の魔王の名前はご存知ですよね?」


 ハーテンは自身の怒りを悟られないように、極力、事務的な口調で問いかけた。だが、数時間も老害の語りにつき合わされ我慢の限界が来たのだろう「こんなのでも上司、こんなのでも上司、こんなのでも上司」と腹話術師顔負けの技術で口を動かさず、バゲルに聞こえないように呟いている。


「バカにしているのかねハーテン君、4代目の魔王を継ぎ世界制服を宣言したのは、現役勇者でもある憎きだろうが!!」

「今、招集をかけようとしたのは?」

「希望の5つ星創世級の勇者君だ!! ……あれ?」

「ご理解いただけましたか?バゲル組合長」


 バゲルの顔から血の気が引いていき、ぽつりと呟く。


「ノンストの葉を……」

「――駄目です。嫌です」


 問答無用に即答するハーテンに、バゲルは少し考え込むと矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「では、戦闘不能の勇者たちだ!! 彼らはどれくらいで回復する? 今、どんな状態なんだ? どれくらいで戦線復帰できそうだ??」

「ここで説明するよりも見てもらった方が早いですね。ついて来て下さい」


 ハーテンはそう言うと肩の力を抜き、右の手の平に意識を集中させ呪文を詠唱しだした……


「大気の魔法素よ、我が命に従いたまえ。属性は光、状態は一本の矢、目の前の老害(敵)を照らし貫きたまえ!! 光矢飛来こうやひらい!! 輝きの……」

「――ちょっと待てーーーい!! わしを殺そうとしてるのかね!! 君は!! 明らかに攻撃魔法の詠唱でしょ!! それ!!」

「ア、スイマセン。冗談です。ははは」


 ハーテンは人形のような表情で乾いた笑いを出しながら、右の手の平に光る球体を魔法で創り出した。


「もう暗いので明かりを出しときますね。場所は物資保管庫にあります」


 バゲルが「なんで、負傷者を保管庫なんかに……」と質問しているが、聞こえないふりをしているのだろうハーテンは黙って光る球体と共に部屋から出て行く。



 暗く、静かな廊下を2人の足音だけが洞窟に響く雫の音のように反響する。他の組合員たちはもう帰宅したのだろう窓の施錠や掃除が終わっているのが見て分かる。

 2人は光る球体の明かりを頼りに、2階から1階、そして地下へと階段を降りていく。そして、(物資保管室)と看板に書かれた木製の扉の前に来ると、ノックもせずにハーテンは扉を開ける。

 扉の軋む音と共に中に入ると、部屋の中央に大きい木製のテーブルに白いクロスが敷かれており、それがいくつもつなげてある。

 その上には、様々な棒や盾、剣のような物。使用用途不明な物体が綺麗に並べられていた。机の周りには透明な大きい箱の中に蜘蛛のような物がついた棒がぶら下がった物体や、2つの黒い車輪に人が乗れるような革張りの椅子が付いた緑の物体などが所狭しと置いてある。


「なんだ、このガラクタみたいなわけの分からない物は!! 勇者をだせい!!」

「――これが、勇者です」

「……は?」

「戦闘不能となった勇者たちです」


 バゲルは絶望の色を強く表情に出すと、力なく床に座り込んでしまった。


「ま、まさか戦闘不能の勇者全員……」

「はい、全員この状態です。ここにあるのは全員分ではありませんが報告によると、先日の深夜の白い閃光の現象の後苦しむ様子もなく一瞬でこの状態になったとのことです」


 組合長として20年近く勤めているバゲルにはショックが強すぎたのであろう。ハーテンの死の宣告にも近い一言を聞き、言葉ひとつ発することができずに固まっている。

 そんなバゲルを尻目にハーテンは顔色ひとつ変えずに報告を続ける。


「5つ星の魔法使い、僧侶、学者などに秘密裏に調査を依頼していますが治療法、原因ともに何もつかめていません。他の組合、王国院に現状を知られるのも時間の問題かと思われます」

「……今、この状態に陥っていなくて勇技ゆうぎが扱える勇者は残っていないのか?」


 バゲルは半ば諦め、半ば藁にもすがるような思いでハーテンに尋ねた。

 ハーテンは1枚の報告書をバゲルに手渡しながら相も変わらず無表情であるが、力、希望のこもった声で答えた「1人います」と……

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