劇場を探索せよ(2)

 正面エントランスは下見した通り崩落して塞がれていたため、湊と黒澤は裏の楽屋口へ回り込み、扉を慎重に開けた。錆びついた鉄の扉は軋んだ音を響かせて、ゆっくりと二人を招き入れる。昼間とは言え光の当たらない通路は薄暗く、置き去りにされたままの段ボールやラック、機材が壁沿いに並んでいた。二人は目配せをした後、先に湊が足を踏み入れ進んだ。静かである。彼は箱に差し込まれ収納されていたポールの束から一本手に取り、感触を確かめながらナビの道順をたどる。


「ここは楽屋か…、劇場内ってこんな造りなんだな」

 扉から顔を覗かせて黒澤がつぶやいた。

「興味あるのか?」

 答える必要はなかったが、湊はなんとなく返事をした。

「子供の頃は娯楽なんて巡業の舞台くらいしかなかったんだ。田舎の小さな小屋みたいなもんだったがな」

 転がっている部品をつま先で小突く。機体の破片だった。

「それは意外だな」

「俺は芸術肌なんだよ。静かな舞台が好きなんだ。攻撃的な映画とかよりな」

「人は見かけによらないな」

 湊は隣の楽屋の扉を開けた。頭上から僅かに振動を感じて気のせいかと顔をしかめる。壁にもたれた機体を調べる。機能は停止していた。破損しているが、陥没している。自分たちより先に訪れた誰かの仕業だろうか。


「おまえも、その見かけでジグソーパズルしてるんだろ」

「琴平さんから聞いたの?あれは集中力もつくからオススメだそ」

「ところで、またあの機体がでてくる可能性はあるのか」

 湊の背面を通り抜けながら黒澤が訊いた。

「あの機体って、ウェティブのことか? さぁね、ここに違法オートマタがいたら、そいつに転送して待ち構えてる可能性はゼロじゃないが」

「妙な気がするって言ってたな」

「ああ。おれはなんていうか、違法オートマタがいる空気ってのは、わかるんだ。理解ができる。だからって、なにも自分の思い通りにいくわけじゃないんだが。おれにセンサーがついているわけじゃないしね」

「何が言いたい?」

「ここに入って、圧力を感じた。圧迫されて凝縮された空気だ。……うまく言えないが、ウェティブの感じじゃない。別の何かが居そうな気はするんだが感じ取れない。混ざってる感じがするんだ」

「混ざってる?」

「ああ、ここに居ても1体だけじゃない。そんな気がするから、うっかり後ろを取られるなよ」

「一言多いんだよ」


 そんな話をしているうちに、舞台袖まで難なく到着してしまい、二人は顔を見合わせて肩を落とした。がっかりしたわけではなく、拍子抜けした気分を緩めるわけにも行かず、自然とそうなったのだが。湊は通信をつなぐ。黒澤は舞台袖を入念に調べる。ここにも破損した機体が放置されているだけだった。

「劇場を見回っているが何もない」

 湊は鋭い目つきを保ったまま、そこに笠原がいるかのように通信で告げる。手に掴んだ金属のポールで垂れ幕の裏をめくるが、照明器具が並べられているだけだった。何もなければないでそれに越したことはないが、手がかりくらいは見つけたいものである。そのままステージへ足を進めると、天窓から光が差し込んでいる。見上げて観察すると、通常はシャッターで開閉できるようになっているようで、なるほど自然のスポットライトを取り入れられるしくみかと湊は中央へ向かった。目を細め斜陽を浴びる。通常の照明器具がぶら下がっているのもわかった。


  視点を戻して見回すとさほど年期が入っているようには見えない舞台上だが、ところどころいびつにゆがんで隆起や陥没が起きている。これが木目の劣化だけで引き起こされた現象には思えず、湊は不思議にその床をポールで小突く。舞台から客席を見上げると、黒澤が座席を調べていた。そこから崩れたパイプオルガンや穴の空いた舞台、ほこりまみれの機材をひととおり眺める。彼が顔を上げてこちらへ向いて首を横に振った。

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