違法オートマタをできるだけ破壊しろ(2)

 目指す先はすぐにわかった。距離はあるのだが少々薄暗くなったおかげか、光源が目立つようになったのだ。水を含んだ土の上を駆け抜け、崩れた道路に飛び乗ったところで、もう一人の姿を確認できた。琴平がスリンガーと言っていたように、その周辺には既に使用したであろう電磁グレネードがわずかに光を放っている。瓦礫を飛び越えたところで、もう一人と目があったような気がした。そいつが一度、こちらにスリンガーを向けたように見えたが、オートマタと思って警戒したのだろう。だがそれもすぐに杞憂だったことがすぐにわかる。



 なぜなら突然、湊の真横から機械が飛びかかってきたのだ。視点が急激に変わり、倒れこみそうになる体を両手で支え、瞬時にバランスを整え身を翻した。仰向けに転がり込みながら振り上げた両足で機械を挟み込み、真横に蹴り倒す。その反動で一気に起き上がり、ナイフを首に一突き。それを引き抜く時には残骸に目も暮れず既に次の機械へ視線を向けていたが、こちらに飛びかかってくる機械の足を目掛けて何かが当たった。機械の皮膚を貫通したそれは矢のようにみえて、湊は飛んできた方向を視界に入れつつも、そちらを見ることをまだしない。


 足元をぐらつかせて姿勢が低くなった機械はこちらに拳を打ち込んでくるが、湊は左手でそれをいなして機械の腕を抱え込むように固定すると同時に、その首にナイフを滑らせた。はみ出たケーブルを切断すると、血液のようにオイルが弾け飛ぶ。その崩れ落ちた機械をブーツで踏み抜き、さらに前方から追撃してきた機械の鞭のような攻撃を即座に屈んで逃れる。先ほどまで自分の頭があった場所を何かが勢いよく掠めていった。自分の汗が散ったのが見えた。


 湊は一度、後方に大きく飛び退いた。2機。その際、一瞬だけ後方に視線を送る。もう一人が自分を援護しているのはわかった。斜め右、後方の廃屋の上。そこにも機械はいる。上階だ。この位置からはっきりわかるということは目の前の2機よりは大型で危険だろう。そこのルーフにいる人影がなにやら合図を送ったのが見える。薄暗い靄の中から、青白い光を2回点滅させた。そしてすぐに、今度は矢と別のものが飛んでくる。弧を描くような起動で鈍く発光するボール型の何かは…。こちらにわざとわかるようにしたのなら。湊はポーチからすばやくスモーク弾を取り出し、投げつけながら身を翻した。


 そのまま一気に廃屋まで走り出す。ルーフにいる人物が電磁グレネードを飛ばしたのなら、近くにいると自分も感電しかねない。湊は崩れ落ちた瓦礫の陰に飛び込むようにスライディングし、顔だけ覗かせると同時に、空気が焦げる耳障りな音と閃光が発生した。しばらく2機はまともに動けないだろう。湊は廃屋まで向かおうと、再び駆け出す。


 目の前の壁を勢いよく蹴登り、両手で際に手をかけ一気に体を持ち上げる。前転しながら身を乗り出し態勢を整えようと足を踏み込むと、気配を察したときには既に遅く、自分の左半身が震えていた。いつのまにかそちら側から躍りかかってきた機械の打撃が直撃しそうになったのを、前腕で受けたが流しきれず、押し込まれた機械の衝撃が湊を揺さぶった。思わず息が漏れる。さきほど確認した大型だが、自分が来ることを見越してここまで降りてきたと言うのか。まったく自分の生ぬるさを恨みそうになり、これが視界に入らなかったことを悔やむのは後にして−–湊はコンクリートの床に引きつけられる重力を受け入れつつも腰をひねりながら右手を打ち込んだ。


 背中で受け身をとり、すぐさま起き上がると、ナイフを落としていたことに気づく。自分と機械の間だ。自分に毒づきたい気持ちはやまやまだし、脳裏で琴平が嫌味を漏らす顔まで想像できて笑えそうになったが、そんな余裕はあるらしい。猛獣のようにこちらに飛びかかってくる機械に目のようなものが取り付けられた痕跡は見当たらず、そのせいでどこを狙っているのか判断しにくいが、見かけ通り一撃が重い分、まともに受けていたらこちらの身がもたない。機械が動作するたびに、けたたましいモーター音を響かせながら威嚇するように唸りを上げ襲いかかってくる。かすめるだけでも危うい。


(なんでこんな不恰好で制御できないもん造って、放置するかね)

重量系に対して過去何度も手こずってきたことを思い返しつつ唇を噛む。一度距離を保とうをしたこちらを読んだのか、こともあろうに機械が飛び上がりながら形態を豹変させた。動物の飛膜のように機械はその上肢を上下左右に大きく伸長させ、押しつぶそうとのしかかってくる。(人工皮膚を改良したのか?)などと分析してしまう性を一度捨てきれずも、このまま後ろに飛んでは潰されてしまうと思った湊は、歯を食いしばりながら一か八か機械の下に滑り込み、体を捻って、それが頭上を通過するのを確かめた。

 ざらついた床に無理やり滑り込ませたブーツの底が寿命を削りとられたかのように軋む。身を低くしたまま素早く後転し距離を保とうとしたが、それが機械の計算内だったのか、胸部にまるで破裂したかのような衝撃を覚え、そのまま壁に背中から叩きつけられる。廃屋の窓から落下しなかったことは幸いにしても、思いのほか息が詰まる。


 だがそれを甘受してる暇もなく、いま自分がいた場所に機械の鉄槌が打ち付けられ、砕けたコンクリートが砂塵と化して周辺に飛び散った。ナイフが近い。咳き込みながらも追撃を逃れるため、湊は助走もつけず、両腕を振り下ろす反動を使い大きく床を蹴り、壁を駆けてさらに高く飛び上がった。息つく間も無く狙いを定め、肘を機械の顳顬に振り落とすと、鋼入りの肘パットは耳障りな金属音を発し、打ち付けられた機械がよろめく。湊は間髪入れずにブーツで、そのわずかに原型が残った足のようなものを踏み抜いた。


 今度は機械が後退する形となり、自然に距離が開いたからだろう。上階から視界が開けたのか機械の後方に電磁グレネードが打ち込まれ、一瞬、湊もその眩しさに顔をしかめた。大きく痙攣する機械の上肢に打ち込まれたのはボウガンの矢だった。その一秒にも満たない間に、湊はナイフを掴み取り勢いそのまま機械の頭部に投げつけた。


 ガクリと震えて動かなくなるのを見届けた後、彼はすぐにナイフを引き抜き廃屋から飛び出て、荒地へ駆け出した。さきほど一時的に動きを封じ込められた2体の機械が徐々に機能を取り戻しつつある。その1体がこちらに向き直る直前に湊は両手でナイフを突き刺し、一気に切り上げた。放電して部品を撒き散らせながら解けていく機体を蹴り飛ばしたあと、残り一体へ向き直り構えたが、すでにこちらに背を向けていた機体は勢いよく荒野の彼方へ走り去っていた。


 舌打ちしながらも短く息を吐き出し、ナイフを腰の鞘にすばやく戻した。少々息があがってしまった。本当に鈍っている。思わず苦笑いするも、湊は廃屋のルーフに視線をやった。さきほどより周囲が暗くなっている。目を凝らすと人影が移動しているのが見えた。ひとまず、機体を踏みつけ、刺さっていたボウガンを引っこ抜いた。

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