救難信号の発生元へ向かえ


 それはつまり自分たちが救難の発生元へ向かい、状況を事務局に報告しなければならないということだ。当然、タグ付きの自分に、いま現在どこも故障しておらず何の受注もしていない自分に拒否権はない。なるほど、こういった使われ方をするのか。


 たとえもっと近くに対応可能な会社があってもまずはタグ付きに連絡が来るのだろう。自分が対応できない状況の時のみ、よその会社に依頼が飛ぶわけだ。自作自演で骨でも折れば別だろうか。自分の元の名前がこんなに恋しく思えたことは初めてかもしれない、と伊野田もとい湊は自分に関心した。「悪いことはするもんじゃないね」という湊のぼやきも当然無視してスピーカーは淡々と状況を読み上げていく。違法オートマタが人を襲っている。そんなわかりやすい内容だ。琴平は特に説明もせずにモニタを操作した。


「ここから近い」

「そうだろうね」ハンドルが効かなくなったことへの多少苛立ちを混ぜた声で湊はぶっきらぼうに答える。車のナビゲーションシステムが突然方向を変えたのだ。


「まぁ怒るな。肩慣らしのつもりで行ってこい。お前ならできる」

 車は湊の気持ちをきっぱりと無視して、道を外れてどんどん目的の廃墟区域へ向かっていく。遠くはないが景色がどんどん寂れていき、対向車も居なくなった。こんなところから車なんて出て来ないだろう。


「他人事だと思って…」恨みがましく毒づく。「これ、1日に何回もアラート鳴ったらこっちの身がもたねぇぞ」

「その問題はない。1日に何回も同じタグへアラートは鳴らんようになっているよ。使い物にならなくなるかもしれん奴を派遣してどうする? 私は先にメトロシティへ向かう。笠原拓と連絡を取らねばならん。ホテルへの向かい方は連絡する。私が夕食を食べ終わる前には到着してくれたまえ」


「あぁ、冷たい。ほんとうに。せめて嫌なのに遭遇してもなるべくすぐに勘が戻るよう祈っててくれ」

 琴平は返事をして、後部座席に乗せていたバックをつかんで引き寄せた。装備品の状態確認を素早く済ませ、問題ないと早口で告げ真顔に戻る。距離は近い。


 湊はもはハンドルも握らず、送信元の人間データ二人のID情報を眺める。どうやら襲われている方も素人ではないらしい。ここで車がゆっくりと停止した。あまり近づくとこちらも見つかってしまうということか。湊は、次第に自身の鼓動が速まるのを感じたが、一旦無視する。緊張と高揚だ。DNAのように絡まりながら自分の中を貫いているような感覚だった。


「奴らが数体いる。追われているのが一人、応戦しているスリンガーがひとり。油断するな。無駄に戦わないこと。退路を確認したら、すぐ引きあげなさい」

琴平はモニタの内容をひと息で読み上げる。

「状況によるな」

 湊はそうぼやきながらも、自分の身体に染みついている手順を無意識に頭で反芻していた。

 手早く確認してすぐ戻る。できれば逐一破壊したい気持ちはあるが、救難信号が出ていることを考えると、むやみに戦えないだろう。そう言い聞かせて車から降り、右手の義手からモニタを展開させる。琴平の端末データと同期させて、救難信号発信者までのマップを取り込んだ。これで視界にモニタを反映させた時に、目的地のまでのマーカーが表示されるようになった。見ると、移動している点がひとつ。動かない点がひとつ。


「追われてるほうから行く。随時情報たのむ」

 そう言い残し、ブーツで土を踏む感触を確かめながら足早に霧雨の中を駆け出す。水を含んだ土は柔らかく、気をつけなければ滑ってしまうだろう。グレーの空は少々不機嫌そうに、彼らを見下ろしている。


しばらく湊の背中を見つめていた琴平は、運転席側に回り込み、今しがた通知が届いた端末を確認した。車を走らせその場から去ると、風の音だけが残った。

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