偽勇者に惚れてしまった

仲仁へび(旧:離久)

01



 勇者様は、人々の為に戦い、正しい行いをする。

 そして、たくましい背中に正義を背負いながら、多くの人を守っている。

 この世界にはそんな素晴らしい人が存在しているのだ。


 勇者様の旅は順調で、多くの人々を困らせている魔王の討伐は、もはや目前。

 俺が好きになった人は、そんな立派な女勇者様だった。


 女性の身でありながら、男性顔負けの力を発揮し、魔王軍を蹴散らす姿はとても頼もしい。


 きっと今頃は魔王城の近くに迫っているに違いない。


 俺は明るい未来を想像しながら、今日も「あの彼女」が店にやってくるのを待っていた。

 俺には他にも好きな人がいる。


 それは、毎日俺が営む店にやってくる女性だ。


 彼女は、新鮮な野菜をおまけしてやると、飛びきりの笑顔を見せてくれる。

 

 買い物のついでに「最近はずっと晴れていますね」とか「近くで魔物が出たそうですよ」とか他愛ない話をするのが楽しみだった。


 遠くの出来事は、立派な人達に任せて、俺達は俺達の日常を生きていく。


 俺達のような市民に出来る事は少ないけれど、家計のやりくりをしながら毎日こうやって生きていく事も大変だ。


 けれど、俺は見てしまったのだ。


「魔王様、本日のスケジュールですが」

「うむ」


 魔王の召使として働いている彼女。いや、勇者様の姿を。


 いつも通り俺の店で買い物をした「あの彼女」。

 町中で見つけたので、声をかけようと思った。


 けれど、変装をといた彼女の顔は驚く事に見た事がある顔だった。


 勇者様の顏は、新聞などでよく見ていた。だから覚えている。


 見間違いではないはず。あれは記憶の中にある顔と同じ顔だ。


 だけど認めないぞ。

 信じるもんか。


 あんな勇者様は、偽物だ。


 顔を似せて、わざと悪評を広めようとしているんだ。


 きっとそうに違いない。


 本物なわけがないじゃないか。


 魔王様と呼んだ誰か(まさか本物ではあるまい)に向かってあんな笑顔を向けて、愛想を振りまいているなんて。


 だから俺は、隙を見て行動をした。


 今、世界の情勢が変わって、小さな町や村では偽勇者が続出しているらしい。

 被害は小さくないとか。

 悪戯に世間の不安をあおる奴らが、俺は許せない。


 俺の妹も、偽勇者に騙されて死んでしまった。


「あの彼女」は「勇者様」だった。けれどその「勇者様」は、「偽勇者」。

 本物の「勇者様」は魔王にこび売ったりせず、魔王城に剣を向けているはずだ。


 だから俺は、妹の仇を討つためと、本物の勇者様に代わって、あいつを、あの偽勇者を暗殺する事にした。


 死ね!


 俺の心を弄び、多くの人を騙し、魔王に仕えるメイドなどというお遊びに興じていた報いだ。


「なっ、何者!」


 人目を忍んで、偽物に襲い掛かる。

 だが、相手は中々強かった。


 何という事だ。

 偽物の癖に、腕が立つぞ。


 しかし、俺も引き下がるわけにはいかない。


 野菜を切るための包丁をむちゃくちゃに振り回していたら、偽勇者がハンカチを落とした。

 その一瞬で隙ができる。


「これで終わりだっ!」


 グサッ。


 偽勇者はその場に倒れた。


 ははっ、やってやった。


 人の心を弄んだ罪だ。


「ああ、これは多くの人を騙していた罪なのですか」


 今更になって自分の罪を自覚したらしい。

 偽勇者も反省しているようだ。


「魔王様、プレゼントを血で汚してしまいました。ごめんなさい」


 何にせよ。これで将来こいつの被害にあう人間を減らす事ができた。

 俺も、こんなごっこ遊びに興じる頭のイカレタ女に惚れ続ける愚を犯さずにすんだのだ。


 血だまりに沈む偽勇者を一瞥して、俺は意気揚々とその場から立ち去った。


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