筒井

「あまり綺麗な死に方ではなかったな。」

己の死体を見下ろしながら誰ともなしに呟いた。真っ先に地面に叩きつけられた頭はスーパーのグラムいくらの安売り肉くらいに砕かれて散らばっている。


 筒井は己の死体をそのままに、かつての故郷である隣町までぷかぷかと向かった。地に足つかない歩き方は始めこそ違和感があったものの、体力の消費もなくどこまでも歩いていけるような気持ちにさえなった。ただし、想像していたような、自由自在に空を飛び回る事は叶わず、ヒト科生物の歩く仕組みと同じように歩いたり走ったり、跳ねたり座ったりするのがせいぜいのようだ。筒井はため息をつきながら坂を下り、高架下を歩き続けた。


 筒井は自殺した。社会に出てから今日まで、冴えないフリーターとして生きてはいたものの、昨今の情勢と積み重なったいくらかの不幸に耐えきれなかった。今後の希望もなく、ただ歩き続けるための気力すらも尽きて死んだのに、少なくとも歩くのは死んでからの方が楽に感じたのはひどい話だと筒井は思った。


 かつて住んでいた辺りに足を踏み入れる。壁抜けすら出来ないとは。虚しさを感じながらコンビニの前で立ち尽くしていると、中から一組の男女が出てきた。その横をすり抜けるようにして、ゆっくりと閉じるドアから店内へ滑り込むと、赤髪の店員が億劫そうに配送されたおにぎりを棚に並べていた。仕組みはわからないがおにぎりの魂のようなものは手に取ることが出来た筒井は、生前と同じようにフィルムの魂を剥いておにぎりにかぶり付いた。薄味のついた韓国海苔と塩味の米、そして冷たいカルビ肉。どうやら物を食べる事は出来るらしい。店内を徘徊しながら、やや高くて買うことに躊躇しているうちに食べ損ねたドルチェなんたらや、紙パックのジュースを無銭飲食した。コーラやホットコーヒーは扉を開けることが出来なかったので諦めた。


 腹も膨れたところで、店内で立ち読みしていた客が何も買わずに出ていくのに便乗して筒井も外へ出た。それから、駅前でたむろしている高校生に触れてみると、高校生の魂を引きずり出せる事に気が付いた。慌てて高校生の魂を押し戻す。運悪く筒井に触れられた高校生は少しつんのめって転んだが、命に別状はないようだった。


 夜風に当たりながら散歩しているうちに、高級住宅街の中にある公園にたどり着いた筒井は、じゃばじゃばと噴水の流れる水場へ足を踏み入れた。幼い頃からこの水場で、夏になると水遊びをする金持ちの子供を眺める事が多かった筒井は、その水の魂が己の身体をしっかりと濡らすことに安堵した。住宅街が新設された当時はテラコッタ色の美しかった噴水も、十数年経った今では水垢や砂埃にまみれていた。月日の流れを感じながら水流を眺めるうちに、筒井はうとうとと眠気を感じていた。腹が膨れたからだろうか。日の光を遮るものがないこの場所で、朝を迎えればどうなるのだろうか。そんなことを考えながら筒井は水場に足をつけたまま眠りについた。


 翌朝、同じ場所で目を覚ました筒井は美しい朝日を眺めながら、成仏がそれほど簡単なものではないことを思い知った。幽霊らしからぬ消化器官の働きで、すっかり腹を空かせていた筒井はそばにあるコンビニに入り、昨日と同じ要領で食事を済ませた。これからどうしようか、と途方に暮れていると、道ゆく人々の中に、己と同じようにやや透けている者が少なくないことに気付く。

「水遊びはやめとこうかな……」

死んでからも人の目を気にしなければならないのか。筒井は大きなため息をつきながら、手っ取り早く成仏する方法を考えた。

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