第31話 女帝の策略

「グランツ? もしかしてアナタは王族のお方ですか?」




 彼女の名前には、王族の証である「グランツ」の性が入っている。ローズが少し緊張した面持ちでそう訪ねると、シンディは小さくコクリと頷いた。




「王族のお方とは知らず、お嬢さんなどとご無礼を・・・」




 その場で跪こうとしたローズとアリシアを、シンディは慌てた様子で制した。




「き、気にしないで下さい! 見たところ旅のお人みたいですし・・・かってにお城を抜け出して、護衛もつけずに散策していた私が悪いのですから」




「・・・・・・ありがとうございます。しかし何故、城を抜け出したのですか?」




 ローズの問いに、シンディは少し顔を赤くして小さな声で答えた。




「・・・・・・本当の街の姿を見たかったのです・・・護衛の方が一緒ですと、いつも上辺だけの姿しか見えませんので」




 シンディのその考え方に、ローズは関心したように、ほぅっと息を吐き出した。その考え方は、生まれた時から人の上に立つ王族の人間としては異端で・・・そして今の王国に足りないものだと感じたからだ。




「どうしましょうかミスター・・・彼女が王族だと知ってしまった以上、この国の王城まで我々で護衛すべきだとは思うのですが」




 先ほどのような事がまた起こらないとも限りませんし、と呟くアリシアにローズは静かに頷く。




 この国の中枢に関わるつもりは全くなかったのだが・・・、しかしこうなってしまった以上、見捨てるという選択は無いだろう。これも運命というものだ。




 うなずき合う二人をみて、シンディは静かに微笑むのだった。

















「シンディ様ぁ!! アナタ様はいつもいつも・・・この私めがどれだけ心配したと思っているのですか!」




 王城の門兵に事情を説明すると、中から出てきたのは頭の禿げかけた中年男。男はよろよろとシンディに駆け寄ると、その場で怒りの声を上げた。




「すいませんパウル・・・私、どうしても本当の街が見てみたかったの」




「それならば・・・そうと相談して下されば良いのです。お忍びで安全に外出する術なんていくらでもあるのですから・・・それとも、このパウルが信じられないとおっしゃるのですか?」




「そんなことないわ・・・本当にごめんなさいパウル。今度からこんな事はしない。約束します」




 しゅんと凹んだ様子のシンディを見て、パウルと呼ばれた中年男は大きなため息をついた。




「約束ですぞシンディ様。ささ、中にお入りなさい。お疲れでしょう」




 出てきた侍女に連れられて城内に入っていくシンディ。その後姿を見送った後、パウルは振り返ると、ローズとアリシアに向かって深々とお辞儀をした。




「シンディ様を救っていただきありがとうございます。私の名前はパウル・シルトクルーテ。この王城で秘書官をしているものです」




「ご丁寧にありがとうございます。私の名前はローズ、彼女はアリシアと申します」




 パウルの自己紹介に対して、ローズは反射的に家名を隠した。帝国と中の悪い王国の騎士がここにいると知れたらあまり良くない結果が予想できるからだ。




「ローズ様にアリシア様ですね。今回の件に関しまして、是非お礼をさせて下さい」




「いえ、私たちはそんなつもりでは・・・」




「遠慮なされるな。シンディ様の恩人に何も礼をせずに帰したとなれば、このパウルがしかられてしまいます。どうぞ、この哀れな禿げ頭を助けると思って」




 そこまで言われてしまっては断るのも決まりが悪い。逆に何故こうも頑なに礼を断るのかと下手な勘ぐりを受けてしまうかもしれない。




 ローズとアリシアは、パウルに導かれるような形で、帝国の王城へと足を踏み入れたのであった。

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