第24話 スパイ

「陛下、王国のエドワード・リコ・ミラー様より伝言でございます」




 書斎で書類の整理をしていた麗しき女帝の部屋に、秘書官であるパウル・シルトクルーテはやってきた。




 パウルの言葉に女帝は書類をめくる手を止めないままニヤリと笑った。




「そうか、耳は開けておくからそのまま申せ」




 女帝の言葉にパウルは深く礼をすると、エドワードからの伝言を声高に読み上げる。その内容に興味を引かれるものがあったのか、女帝は書類をめくる手を止めて顔を上げた。




「ほほう・・・そうかそうか。ミラーの奴め、ついにやりおったか」




 その顔には喜びの表情が浮かんでいる。




「それで? パウルよ、彼女の動きはどうだ」




「はい、アリシア・カタフィギオはどうやら一ヶ月の休暇を利用して国外へ旅に出るようでして・・・今旅支度をしているようですな」




 パウルの報告に女帝はさらに瞳を輝かせる。




「では王国にもぐりこませている奴らを総動員して彼女の旅先を帝国にするようにしむけるのじゃ。・・・決してしくじるなよ」




「もちろんでございます陛下」




「くくく・・・彼女・・・アリシア・カタフィギオは騎士アルフレートに対抗するための大切な駒じゃからのう」




 そう、帝国のスパイであるミラー郷の目的はアリシアを衛兵長の座から引きずり下ろす事で王国の防衛力を落とす事。




 そして彼女を王国から帝国へ寝返らせるための下準備を整える事だ。




 騎士アルフレートは強い。今の帝国には対抗できる人材があまりにも少ない。




 ならば、外から持ってくれば良い。女帝は単純にそう考えたのだ。




「陛下、それともう一つ報告が」




「なんだパウル。それは良い報告か? 妾は今とても良い気分なのだ・・・こんな時にまぬけな報告で気分を害したらその禿げ頭を蹴り飛ばすぞ?」




 女帝の言葉にパウルはびくびくと首を横に振った。




「いえ・・・先ほど門番からの報告で・・・どうやら城にオルドルが戻ったようです」




「・・・・・・・・・・・ほう」






















 麗しき女帝はその人形のように繊細なつくりの顔を不機嫌に歪ませながら玉座に座っている。その紅色の唇からだるそうに言葉を発した。




「入れ」




 衛兵につれられて入室して来たのは無精ひげをはやした軽薄そうな表情の小男と、見事な緑色の髪を腰まで伸ばしている美しい森の民の女であった。




「お久しぶりでございます陛下」




 小男・・・ダンプは深々と女帝に向かって頭を下げる。




「・・・久しいのぅオルドル。まだ意地汚く生きておったのか」




 ダンプ・デポトワール・オルドル。




 ”灰の男”




 彼は無所属の情報屋・何でも屋である




 ダンプは属さない


 どんな国にも


 どんな組織にも




 そして金さえ払えば情報を誰にでも売るし何でもやる




 表舞台の人間にも


 裏社会の悪者にも




 表にも裏にも


 白にも黒にもなりきれない


 灰色の男




 ダンプ・デポトワール・オルドルは、そんな不安定な足場に立っているのだ。




「前回依頼された情報ですが、良い奴を見つけましたぜ」




 ダンプの言葉に女帝は「ほう」と感嘆の声を上げる。




 今から数年前、”灰の男”と呼ばれるこの男に女帝は一つの依頼をした。




 即ち「王国の騎士アルフレートに対抗しうる手段を探せ」と。




 もちろんこれは女帝の数ある策の内のひとつであったし、成功率はきわめて低いがやれることはやっておこうといった保険的な意味合いが大きかったのだが。




「やるものだな”灰の男”。それが本当に有効な手段ならば相応の褒美を取らすぞ?」




 ダンプは女帝に深く頭を下げて答える。




「恐れながら。陛下は極東の地における”鬼”という名の幻想種をご存じでしょうか」






























「なるほどなるほど。確かにお前が言っていることが真実なら対騎士アルフレートの切り札になりえるやもな。人員を割いてその鬼とやらを探索する価値はある・・・で、お前の要求する報酬は幾分かの金と王国からしばらく自分と仲間をかくまって欲しいという事でいいのじゃな?」




「はい。オイラは王国から追われる身でしてね。仲間ともどもかくまってくれたら幸いですよ」




 ダンプの言葉に女帝は少し考えた様子を見せる。




「じゃがお前の言葉によるとその鬼は生きてるかどうかも怪しい。それに探索するのに我が国の人員を割くのじゃからのぅ・・・・・・かくまうのはいいがそれは他に情報がいるな?」




 そしてニヤリと笑いながらダンプの隣にいる森の民・・・ハヤテを見た。




「パウル、ロイを呼んでこい。今すぐじゃ」




「は、はいただいま!」




 せかせかと短い足で急いで退室する秘書官パウル。




「・・・他の情報ってなんですかい? 陛下を喜ばせるようなモンはオイラは他に何も知らないんですが・・・」




 不安げな態度を見せるダンプに、女帝は意地の悪い笑みで返した。




「まあしばし待て。今にわかる」




 しばらくして扉が勢いよく開かれて一人の男が入室してきた。




 希代の天才魔術師ロイ・グラベル。




「おお陛下! 今日もアナタは麗しく! 私はアナタの姿を見る度にこの胸の高鳴りが・・・」




 軽やかな足取りで歩きながらいつものように軽口を叩いていたロイが、玉座の前で並んでいる二人・・・正確には緑の髪をなびかせたハヤテを見てその動きを止めた。




「・・・まさか森の民?」




 呆然とした様子のロイに、女帝は上機嫌で答える。




「その通り。して、そこの森の民はしばらくの間この城の客人となる。精一杯もてなせよロイ?」




 女帝の言葉にロイは感極まったとばかりに大声を出した。




「グゥレイトォ!! 素晴らしい森の民よ!! さあどうぞこんな堅苦しい場所より私の研究室へいらして下さい!! 最高の紅茶と茶菓子でもてなしますぞぉ!!」




 そういってハヤテの前まで駆け寄ったロイは、その華奢な腕を掴むと部屋の外へと導いた。




「え? ちょっと、どういう・・・待って下さ・・・」




 ハヤテの言葉もむなしく、テンションの高いロイに引きずられて二人は勢いよく退室して行くのだった。




 あまりの唐突な出来事にぽかんと口を開けて惚けているダンプに女帝は説明をする。




「妾が欲する情報とは即ち森の民の情報じゃ。別に集落の場所を特定して襲撃しようとかそういう事じゃない。森の民のみが扱えるという秘術、それについて知りたい」




 そう言った女帝にダンプは反論する。




「し、しかし陛下。その秘術は門外不出の技であって・・・流石にそれを聞き出すというのは森の民に対して悪いのでは」




「さあ知らんな。技術とは力だ。妾はそれが欲しい。それを得るためなら悪をなすことに何のためらいもない」




 あまりの言いぐさにあっけにとられるダンプに、女帝は不敵な笑みを浮かべた。




「ようこそダンプ・デポトワール・オルドル。これで今日から貴殿はこの城の客人だ」










◇   

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