第23話 怨念
熱い
痛い
苦しい
視界は霞み、満足にものが見えない。鼻は臭いを感じることを止め、ずっと耳鳴りが止まらずに音も聞こえない。
ただただ全身の痛みにもだえながら男はよろよろと歩を進める。
ゆっくりと近づいてくる死に神の足音が、まるで未だに生にしがみついている男をあざ笑うかのように鮮明に聞こえるのだ。
死にたくなかった。
生きねばならなかった。
こんなにもみじめなのに、こんなにも最低なのに。まだ無様に生に必死にしがみついている理由は・・・。
「ぐるるるる・・・」
泣きっ面に蜂、ならぬ泣きっ面にモンスター。
男の目の前にはよだれを垂らしたグレードベアが一匹。分厚い毛皮と隆起した筋肉、鋭い爪に尖った犬歯・・・武器も持たぬ死にかけの男に勝てる道理などもなく・・・運命とやらはどうしようもなく男を殺したがっているようだ。
(・・・・・・ふざけるな)
しかし男の胸に沸いてきた感情は絶望ではなく怒り。
(俺はこんなところで死ぬわけにはいかない・・・奴を・・・×××××を殺すまで俺は・・・)
「ぁぁあぁがあぁぁぁあ!!」
男の焼けた声帯から獣の咆哮が迸る。
そのまま素手でグレードベアにつかみかかり、超人的な膂力で相手を投げ落とす。そのまま馬乗りになり、全身の体重をかけた拳をグレードベアの鼻っ柱にたたき込んだ。
殴る
殴る
殴る
「××××××ぉぉぉ!!」
思考回路が焼き切れるほどの怒りにその身を任せ、男は一匹の修羅となる。
すでに目の前には物言わぬ肉塊と成りはてたグレードベアの姿・・・本能のままにその血を啜り、肉を喰らう。
生きるため
そして殺すために・・・
「ア×××××!!」
ああ、君たちは彼の事を知っている。
「アル××ート!!」
身の丈が3メートルはあろうかという巨体。全身がやけどで損傷し、顔の識別すら困難だ。この状況で、普通の人間なら生きていること自体が奇跡・・・普通の人間なら。
「アルフレートぉぉぉ!!」
男の中に流れる巨人の血がその真価を発揮する。
グレードベアの肉を喰らった事でエネルギーが補充され、肉体の再生が始まった。焼けただれた皮膚は剥がれ落ち、中から再生した丈夫な皮膚が現れる。
それだけではない。
目覚めた巨人の血はさらに暴走を続ける。
メキメキと音を立てて肉体が生まれ変わっていく。もともと巨大だった肉体がより大きく、より強靱に。
その姿はもはや人間というよりはオーガやトロールのようなモンスターに近い姿に生まれ変わる。
咆哮
かつてバース・アロガンシアと呼ばれた男は一匹の化け物へと変わった。その身はただ復讐の為に、人から獣へと落ちたのだ。
「アルフレートぉぉ!!」
人気の無い森の奥で、悲痛な叫び声が木霊した。
◇
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