第20話 猫族
猫族は獣人の中でも最も数の多い種族という事で知られている。そして争いを好まないが戦闘能力が低いという事も無く、サイズがほぼ人間と同じなので人間に親近感を持っている。そんな種族だ。
数が最も多いからか、猫族はフスティシア王国の目にとまり、族長のもとに一通の文書が届く。
曰く王国の支配下へ入れ。さもなくば最強の騎士団が猫族を蹂躙すると。
これに反抗したのが英雄テオ・ランヴォ・マティ。
彼を筆頭に立ち上がった猫族の誇りある戦士達が迫り来る王国騎士団へと立ち向かった。
結果は惨敗。世界最強とも称されるフスティシア国王直属の騎士団。その強さはテオ達の想像を超えていた。
リーダーであるテオは捕らえられ牢にとらわれる事となった。
猫族は今・・・反逆の罰として王国の支配下で奴隷のように扱われているらしい。
「・・・と、これが我ら猫族の現状だ。俺はどうしても同胞を救いたい。だって報われないじゃないか、俺たちは何も悪いことなんてしていない」
熱く語るテオの言葉に皆頷いた。
「しかしオレ様が力を貸すとはいえ、王国の兵は侮れねえ。主戦力である騎士団は本国にいるだろうから見張り役の下っ端兵くらいならオレ様たちでどうにかなるだろう。ようはその後どうするかだ」
勇敢なる獅子族の戦士リオンは、その見事なたてがみをぼりぼりとひっかくと考え込んだ。
「テオ、我が友よ。お前はどうするつもりだったんだ? 歴戦の戦士であるお前が王国と真っ正面からぶつかるなんて馬鹿なまねはしねえと思うがよ」
リオンの問いに、テオは答える。
「反乱軍の移動拠点を見て考えていたのだが・・・我々猫族も定期的に拠点を移動させながら暮らすというのはどうだろうか。もちろんお前達にまでその暮らしを強要はしないが、俺は同族にそう提案しようかと思っている」
その言葉に今まで黙って聞いていたダンプが異を唱える。
「その生活じゃあずっとびくびくしながら生きていく事になるぜ? いっそ一族ごと帝国にでも逃げ込んだらどうだい? あそこは昔はひどい国だったが今の女帝は有能な人物と聞く。悪いようにはならんだろう?」
ダンプの意見に対してテオは首を横に振った。
「・・・猫族はこれ以上人間の庇護下に入ることを望まないだろう。もちろん他の皆がそう望むならそれがベストだろうが・・・王国にあのような目にあわされた以上、人間と関わる事を嫌う同士は多いだろうな」
なかなか意見がまとまらない。
そんな中、何かを思いついたようにマオが声を上げた。
「ボクの・・・故郷はどうだろう? 長い旅になるけど、あそこまでは王国も追ってこないと思う」
「・・・なるほど極東の国か。今のところ、その案が一番現実的かな」
意見はまとまった。後は実行に移すのみだ。
そしてマオら一同は猫族の集落へと向かうのであった。
「あれがそうかい・・・ずいぶんとひどい有様だねい」
反乱軍の拠点から盗んできた遠眼鏡をのぞき込むダンプ。その先には目的地である猫族の集落が存在した。
情報では、彼らは皆監視の下巨大な畑を耕して、その収穫のほとんどを税として徴収されているらしい。
今は真昼。太陽は高く、雲一つも無い。
こんな明るい時間に忍び込もうにも監視の目をごまかせる筈は無く。夜になるまで待つしか無いのだろう。
「うーん、連中この場所が襲撃されるなんて微塵も考えて無いみたいだぜ? 集落の囲いはほぼほぼ畑を踏み荒らす獣避けのものだし、村の入り口に立っている見張りは二人・・・あとは畑の見張りに行ってるのかな? とりあえず見張り番の総数もそうは多くなさそうだ」
ダンプの言葉に無言で頷くテオ。
その空気はぴりりと張り詰めている。同族がいいようにされている現場を前に、居ても立ってもいられない気持ちを理性で押しとどめているのだろう。
「決戦は夜だ。とりあえず俺たちも見張りを一人たてて寝よう」
そして夜がやってきた。決戦の時だ。
二人の夜番の見張りはやる気がなさそうな顔をしてぼんやりと立ち尽くしている。見張り番としてもこんな辺境の地へ飛ばされてやる気など出ないのであろう。
好都合である。少なくとも闇にまぎれてこの二人の背後を取ることはたやすい。
あくびをする見張り番の男の背後に音もなく忍び寄るテオ。機敏な動きで男の口を塞いでそのままナイフで首を引き裂く。
音もなく地に伏した見張り番の男。その隣では同じようにダンプがもう一人の見張り番を始末していた。
「外から周囲を見た限り夜番はこの二人だけだ。他の奴らは寝込みを襲おうぜ」
ダンプの言葉にテオは頷く。
「ああ、だが一人は生け捕りにした方がいい。王国との連絡手段や、交代要員はどういうサイクルで回っているか聞き出したいからな」
粛々と進められる血なまぐさい仕事。手慣れた様子の二人を見て、後方で弓を構えて待機していたハヤテの顔は曇っていた。
「大丈夫? こういうのが苦手なら外で待っててくれても構わないけど・・・」
その様子を心配したマオがハヤテに話しかける。
「・・・いえ、大丈夫です。でも森の民は基本的に争いを好みませんので、気分があまり良くないというのは本当のところですけどね。ですが私がこの戦いに参加したのはテオの話を聞いて納得した上でのこと・・・前にも話した通り、これも精霊のお導きでしょうからね」
そう言って青い顔で弱々しく笑うハヤテに、マオはなんとも言えない気持ちで頷いた。
ハヤテは優しい。戦いには向いていないひとだ。
ならば自分はどうだろう? マオは自身に問いかける。
まだ記憶が完全に戻ったわけではない。でも少なくとも、先ほどの二人の様子をみて必要な事だと素直に飲み込めた自分は、ハヤテのように優しくはないのだろう。
他の兵の処理も驚くほど簡単に済み、テオは寝ている同族の元へと向かった。こういった話は最初はテオ一人で行った方がいいだろうという事で、マオら一同は生け捕りにした兵士の尋問を担当する。
「お前達は定期的に王国と連絡を取っているのか?」
威圧感たっぷりのリオンの言葉に、縛られた男はがくがくと恐怖に震えながら頷く。
「あ、ああ。連絡というか月に一度の税の徴収の時、受け取りついでに定期連絡を行うくらいだ」
「そうか、それなら・・・」
尋問は続いていく。
この様子ならリオンに任せたら大丈夫だろう。マオは少し離れたところで座っているハヤテの所へと歩いた。
「隣、あいてる?」
マオの問いに、ハヤテはどこか元気のない笑顔で「どうぞ」と返事をした。
「・・・・・・」
「・・・」
無言の時間が二人の間を流れる。ふとマオは空を見上げた。欠けたところの無い満月が雲一つ無い夜空に浮かんでいた。
こんな血なまぐさい事が起こった後なのに、夜の月はこんなにも綺麗だったのだ。
「綺麗な月だね」
マオの言葉にハヤテも空を見上げる。
「・・・本当。綺麗ですね」
そしてまた無言の時が流れる。
マオは、そっとハヤテの手を握った。
「ねえ、ハヤテの故郷について話が聞きたいな」
ハヤテは一瞬驚いたような顔を浮かべ、そして柔らかく笑った。
今夜は、月が綺麗だ。
◇
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