第19話 天才

「んんー、ご機嫌麗しゅう陛下。本日はお日柄も良く・・・」




 気障な仕草で大仰な挨拶を始めようとする希代の天才魔術師を、麗しき女帝は片手で制する。




「能書きはいい。ロイ、そこまで機嫌が良いという事は・・・どうやらアレが完成したようじゃな?」




 その言葉に、魔術師ロイ・グラベルは満面の笑みを浮かべて一礼した。




「そうかそうか、完成は早くて数年後だと思っていたのだがまさか数ヶ月で作りよるとは・・・流石は妾の見込んだ天才じゃのぅ」




 女帝は、深紅の瞳をらんらんと輝かせてロイを褒め称える。




「ありがたき幸せ! まあ、私が天才なのはわかっていた事ですがね」




 完全に調子に乗っているロイの様子を、女帝の隣でおろおろと見守る秘書官。しかし、秘書官の心配を余所に、女帝は特に怒った様子もなく立ち上がった。




「ではロイ。その完成体とやらを妾に見せてくれ」




















 何に使うかもわからない奇妙な魔術の道具。それら全てがきちんとラベリングされ棚に収納されている。




 ちり一つ無いのではないかと思われる清潔なこの部屋が、希代の天才魔術師ロイ・グラベルの研究室だ。




 そんな整然とした研究室の真ん中に、その研究成果は鎮座していた。




 黄金色をした170センチほどの人型。




 つるりとした金属質の質感と球体の関節、全体的にすっきりとしたスマートなつくりとなっており、試作段階だからか余計な装飾はいっさい見当たらない。




 目を引くのはその武装であった。




 右手には無骨な鉄の剣。その刀身には無数の溝が掘られており、それが何か植物の葉に見られる葉脈か、生物の血管のように見えて気味が悪い。




 左手には同じく鉄製の盾・・・しかしその大きさが異常だ。明らかに持っている人型の身長を超えており、その重量は計り知れない。




「これが私渾身の作品、”魔導兵”でございます」




 道化師のように大げさな一礼をするロイに、麗しき女帝は満足げに頷いた。




「説明を」




 女帝の短いその言葉にロイは嬉しそうな顔をすると、自慢の研究成果について語り出す。・・・魔術師に自身の研究について語らせたら長くなるのはご愛敬である。




「まず見てくださいこの金色のボディ! 素材については長く私を悩ませました・・・最初は魔力伝導の早い金を使用する予定でしたが予算がかなり高くなりましたので断念。そして私がたどり着いたのが真鍮!! 金に比べて伝導率が若干落ちますがそれでもなかなかのものですぞ、そして何より安くて量産が可能! 何と素晴らしい」




 テンションの上がったロイの講釈は止まらない。




「ボディにはいくつか強度を高めるルーンの文字を彫っていますので耐久力は高くなります。そうですな、一般的な魔術師が扱う”ファイアボール”の魔術でしたら一発まともに受けても耐えるでしょう」




「なるほどな。しかしこの盾はずいぶん大きなものじゃが、こんな細い人形であつかえるのか?」




 女帝の質問に、待ってましたとばかりに怒濤の勢いでしゃべり出すロイ。




「そう! 流石は陛下、目の付け所が良い。この盾の重さは約30キロ、軽量化のルーンを刻んでこの重さですから普通の兵士でしたらまず使えませんな! ですがこの魔導兵に使っているコアは私の最高傑作でして! なんとコアから供給される魔力により、この人型はオーガ並のパワーをもっているのです!」




 その説明に女帝は驚いた表情を浮かべる。




 それが本当ならば凄まじい事だ。オーガというモンスターは怪力で広く知られている。その力は素手で生半可な鉄鎧など破壊してしまうというほどだ。




「なんと、ならばその力だけでそこいらの兵士など圧倒できるな」




「ええ、ええその通り。しかし攻撃のパターンは単調でして・・・まあ量産可能にした事の弊害ですな。ですからフスティシア王国の騎士団とやり合うには少し足りない。それを補う為に剣に細工をしてあります」




 ふむ、と女帝は顎に手を当てて人型の剣を眺める。びっしりと彫り込まれた細かい溝・・・そこから考えられる細工とは。




「なるほど、毒か」




「流石は陛下。その通り、毒でございます」




 毒は有効な手段であるが取り扱いが難しい。生身の兵士が扱う場合、取り扱いを間違えば自身を害する危険性がある。




 だがこの人型にはその心配がない。




 敵に有効な手段である毒を思い切り使えるというものだ。




「実践ではこの溝から絶え間なく毒が流れます。さらにこの魔導兵が活動を停止する、もしくはコアが破壊されると全身から毒ガスが噴出される仕組みとなっております」




 まさに効率的な殺人兵器。敵兵の事など全く考えないこの仕組みに、女帝はぞくりとするような魅惑的な笑みを浮かべた。




「ふふ、しかしロイ。お前は魔術師だった筈だが? 決定打が魔術ではなく毒で構わないのか?」




 女帝の意地悪な質問に、ロイは何でも無い事のように答えた。




「どうでもいいですな。私の魔術師としての研究成果は、この魔導兵の半永久的に稼働するコアの部分に集結しております。それを低コストで、さらに量産可能に仕上げたのですぞ? これ以上魔術的要素を組み込むのならあと10年はかかります。その点毒なら低コストで簡単なのですよ」




 ロイの言葉に頷く女帝。




「そうか、それでこそお前だ。褒めて使わすぞロイ。さっそくそれの量産に入れ」




 そう言い残して女帝は研究室から出て行く。それに秘書官のパウルも追従した。






















「・・・パウル。これから魔導兵を量産するとして、フスティシア王国攻略の障害となるものがわかるか?」




 王座へ戻る道中、すぐ後ろで付き従う秘書官パウルに質問をする女帝。




 パウルはその禿げ頭を流れる大玉の汗をハンカチで神経質に拭いながら、その問いに震える声で答えた。




「はい、恐れながら。我が帝国にとって最大の障害となる人物は”騎士の中の騎士アルフレート”そして宮廷魔術師”不老のセシリア・ガーネット”の二名かと・・・」




「その通り。この二名はたとえ我が魔導兵の軍団が他の騎士を押さえたとて個人で戦況をひっくり返しかねん逸材よ。・・・悔しいことに妾の国にこの二人に対抗できる戦力はロイ・グラベルただ一人。片方はロイが押さえたとて・・・もう片方への対処を考えねばな」




 そして麗しき女帝は、その赤く濡れた唇を妖艶にぺろりと舐める。




「あと一つ・・・あと一つの手で届く」








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