第17話 強者という存在
風を切り裂いてバトルアクスが襲いかかる。
一撃、二撃、三撃。
止まらぬ猛撃の連打は、そのスピードもさながら一撃一撃に込められた力も凄まじく、まともに受けては人間などひとたまりも無く、物言わぬ肉片へと変えてしまうだろう。
そんな死の嵐のような連撃を、騎士アルフレートはなんとも涼しげな表情で全ていなしていた。
体を入れ替え、剣で捌き、時には素手で受け流す。
ただの一撃たりともその体に刃は届かず。バースは一度距離を取って息を整えた。
「疲れたのかい? まあ無理もない、あれだけの連撃だ」
その連撃を息も切らさず捌ききっておいてアルフレートはさらりとそう言い放った。余裕の態度がバースの神経を逆なでする。
(落ち着くんだオレ。作戦通りに事は進んでいる。むしろ術中にはまっているのは向こう・・・)
しかしおかしい。城を攻められているのは向こうの方だ。
なのにこの余裕ぶり、バースが逆の立場なら一刻も早く敵将を片付けて仲間の支援に向かうだろう。
(・・・この落ち着いた態度。まるで策にはまっているのがオレの方みたいな・・・)
「不思議かい?」
どきりと心臓がはねる。
「私がこうも落ち着いているのが不思議なのだろう? そうだね、たぶん君が私を押さえている間に仲間が城を攻略する作戦だと思うのだけれど・・・」
作戦を当てられたバースは、唇が乾いていくのを感じた。
(そこまでわかっていながら何故オレと会話をする余裕があるんだ)
焦るバースを見て、アルフレートは優雅に微笑みを浮かべる。
「それは悪手だよバース・アロガンシア。むしろ他の兵が私を押さえている間に君が単機ででも城に攻め込むべきだった。・・・君のいない反乱軍に、私たちの城が落とせると本気で思っていたのかい?」
◇
「急げ! 軍団長が時間を稼いでいる内に国王を殺すんだ!」
城に乗り込むことに成功した反乱軍の兵士は散開して国王を探す。
この騒ぎで国王が城外へ逃げ出す前に見つけ出し、その首を取らねばならない。その後、自分たちは一人残らず騎士団に殺されてしまうだろう。だが、憎き王国へ一矢報いる事はできる筈だ。
反乱軍に未来なんて無い。彼らの行動は全てただの八つ当たりだ。それを皆わかった上でそれでもなお未来のない道を全力でかけ抜ける。
そんな反乱軍の一団の前に、一人の人影が立ちふさがった。
「こんな夜中に何騒いでくれちゃってんの? めっちゃ安眠妨害なんですけど?」
不機嫌そうな声を出したのは、少女の姿をした王国の宮廷魔術師セシリア・ガーネット。寝癖でぼさぼさになっている銀髪をぼりぼりと掻きながら、反乱軍の一団をぎろりと睨み付けた。
「子供か? ・・・運が悪かったな嬢ちゃん、目的のためには女子供とて容赦しない」
何も好き好んで子供を虐殺するような、歪んだ性格を持っているわけではない。反乱軍の兵士は一瞬戸惑ったが、すぐさま気を引き締めた。
今は迷っている時間は無い。目的の為なら悪魔にだって魂を売る。反乱軍に所属した時点で悪となる覚悟なら出来ていた。
反乱軍の兵が覚悟を決めた目をして武器を構える。
しかしセシリアは、そんな兵士の覚悟には興味が無いとばかりに大きなあくびを一つして右足を床に打ち付けた。
打ち付けた右足から衝撃波が発生し、床を伝わって前方の一団の体勢を崩す。セシリアは二言三言、力ある魔術の言葉を口にすると右手を振るった。
圧縮された空気の塊がセシリアの前方へ展開。体勢を崩した反乱軍の一団へ放出される。 無色透明なその空気弾丸を回避するすべは無く、まともに受けた反乱軍達は勢いよく壁に叩きつけられてそのまま意識を失った。
「・・・寝よ」
その様子を見ていたセシリアは興味を失ったか。もしくは眠気が限界だったのか、眠そうな様子でよろよろと自室へ戻るのだった。
◇
「見つけたぞ国王!」
フスティシア王国12代国王、セサル・フエルテ・フスティシア。
彼はこの混乱の中、逃げることなく堂々とした態度で王座に座っていた。
そう、王座に座っていたのだ。恐らくこのテロが起こった時間には自室で寝ていただろうからわざわざ着替えて護衛の騎士を引き連れ王座の間へ移動したのだろう。
その行動の意味はわからない。だが、反乱軍の兵にとって、そんな事はどうでもよかった。
目の前に王がいる。
ならばその首を取るだけのこと。
「覚悟!」
突撃した反乱軍の兵士の数は7名。対して国王の護衛は二人。兵士達は自身の勝ちを確信した。
したのだが・・・。
「・・・ば、馬鹿な」
瞬く間に護衛の騎士によって斬り捨てられた6人の反乱軍の同士たち。最後に残った反乱軍の兵士は護衛騎士の予想外の実力に驚愕の表情を浮かべる。
国王の護衛を務める人物だ。実力者なのはわかる。
だがあまりにも強すぎる。鍛えられた兵士6人を、一切の反撃を許さずに切り伏せる超人的な動き、英雄と呼ばれるような人物のソレであった。
一人立ち尽くす兵士に、護衛の騎士の片割れが言葉をかけた。
「何もアルフレートだけが騎士では無い。アルフレートが王国の光なら我らは王国の影。国王に牙をむく愚か者どもに鉄槌を下す無慈悲な刃なり」
そして護衛の騎士は人形のような無表情で剣を振り上げる。
「死ぬがいい不敬者」
◇
視認する事すら困難な鋭い斬撃を、バースは長年の戦闘で培った第六感とでも言うべき予測で回避する。
攻撃後の隙ができたアルフレートに反撃の一撃。
全力で振り抜いたバトルアクスは聖剣の柄で打ち落とされた。
「っくそが!」
すでにバースの全身は傷だらけ。出血多量で視界がぐらぐらと揺れている。
対するアルフレートは未だに無傷。涼しい顔をしてその見事な聖剣を構え直した。
「前回戦った時も感じたけど、君は凄い戦士だね。半巨人である事の利点を最大限に生かしながら、要所要所で繊細な技術が生きている。君は戦士として完成した強さを持っているといってもいい・・・だからそんな君に敬意を示す事にするよ」
空気が、変わった。
アルフレートに先ほどまでの余裕の表情は見えない。敵に敬意を表し、全力を尽くす。誇り高き騎士の姿がそこにはあった。
「”沈まぬ太陽の剣”(サント・ルス)」
それは代々ビルドゥ家に伝わる太陽の力を受け継ぎし聖剣。
アルフレートが聖剣の力を解放すると、その美しき刀身が深紅の炎に包まれた。
激しい熱気が対峙するバースの元まで伝わってくる。ごくりとツバを飲み込み、バースはバトルアクスを構え直した。
太陽の聖剣を構えたアルフレートは、夜の闇にあってその炎の明かりで輝きを増し、まるで太陽の化身であるかのような神々しさを放っている。
にらみ合う両者。
突如アルフレートの姿がかき消えた。
次の瞬間、バースの背後に現れるアルフレート。真下から跳ね上がるように襲い来る聖剣の刃を、バースは神速の反射神経をもってバトルアクスで受け止める。
アルフレートが、うっすらと微笑みを浮かべた。
聖剣が触れた場所から太陽の炎が伝播し、バースの巨体を炎が包み込む。
「ぎゃぁあああああ!?」
全身を炎で巻かれたバースは、苦悶の叫びを上げながら逃走した。
全てを灰にする太陽の炎。逃げたところでまず助からないとは思うが、念のためにトドメをさしておいた方がいいだろう。アルフレートは追撃を決意し・・・突如背後から放たれた鋭い殺気に振り返る。
「・・・ああ、今夜も良い夜だ」
いつの間にか背後に立っていた男。
夜の暗闇でその顔は隠され見えないが、男の持っている闇色の刀身を持つ剣が、聖剣の炎を反射してぎらりと光った。
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