第16話 反撃の狼煙
連日の残業で疲れ果てたアリシアは、バタリとベッドに倒れ込んだ。
風呂にも入らず食事もとらず。ただ極限の疲労の中泥のように眠る。
数刻の時が過ぎ、アリシアが自宅のベッドで仕事着のまますやすやと眠っていると外から激しい爆発音が響き渡った。
「な、にゃにごとです!?」
爆睡していたアリシアは、飛び起きてキョロキョロと周囲を見回した。
窓の外に炎の赤色が広がっている。
ベッドから降りると窓を開けて外に身を乗り出す。硝煙の臭いと供に、焼けた街並みと逃げ惑う人々が視界に飛び込んできた。
(反乱軍のテロ?)
意識が一気に覚醒する。
戦用のアリシアの装備は兵舎に保管されてある。
アリシアは部屋の壁に立てかけてある儀礼用のサーベルを引っつかみ、家から飛び出した。巡回をしていたのか、鎧を身につけている衛兵が逃げ惑う民衆を誘導しているのを見つけ、その男に駆け寄る。
「今の状況は!?」
「衛兵長!? は、どうやら反乱軍による大規模なテロです」
予想通り、しかしできれば当たって欲しくなかった。
「あなたはそのまま住民達の指示を!」
先手を取られてしまった。そうならないようにと夜間の巡回を強化したのだが無駄に終わってしまったようだ。
(とりあえず兵舎へ向かわなくては。この装備で反乱軍とやり合うのは無理がある)
アリシアは腰に下げた儀礼用のサーベルをちらりと一瞥して駆けだした。
逃げ惑う人々を避けつつ地面に散らばる瓦礫を飛び越えて兵舎へと急ぐ。その道中に、アリシアへ向かって駆けてくる武装をした男が二人。
「・・・反乱軍か」
敵は二人、対してこちらの装備は儀礼用のサーベル一本。圧倒的に不利だ。だが衛兵団の長を任されている自分が弱音を吐いていい筈がない。
サーベルを抜き構える。鉄の鎧を着込んだ相手にサーベルは効果が薄い。本来アリシアが得意とする大剣なら問題ないのだが・・・。
苦肉の策として、最初に間合いに入った敵兵に強烈な蹴りを加える。
前方に押し出すようにして下腹部へ放った蹴りは敵の体勢を崩し、その体でもう一人の敵兵の進路を塞いだ。
そのまま体当たりの要領で敵兵に密着し、鎧の隙間に儀礼用のサーベルを押し込む。
相手の状況を確認している暇はない。サーベルを手放したアリシアは突き刺した敵兵を蹴り飛ばし、素手でもう一人の兵と向き合う。
先ほどのアリシアの動きを見て警戒したのか、敵兵は剣を構えてじりじりと間合いを計っている。
まずい状況だ。素手での戦闘が出来ない訳ではないが、武器を持った相手に冷静に来られると不利だと言わざるを得ない。
仲間を殺された後にこの冷静さ、やはり分かっていたことだが反乱軍の兵は皆、厳しい訓練を積んでいるようだ。元はどこぞの国の正規軍だったのかもしれない。
空気が張り詰める。
敵兵がこちらに攻撃を仕掛けようと踏み込んだその瞬間、敵兵の後方から目測で直径1メートルほどの大きさの火球が飛んできた。
それは敵兵にぶつかり、即座に絶命へと至らしめる。
「無事ですか衛兵長殿!」
駆け寄ってきたのは宮廷魔術師の一番弟子、木製の杖を片手に持った魔術師、ジェームズ・アイディールだ。
「助かりましたジェームズ殿」
アリシアは礼を言うと、先の戦闘で敵兵に突き刺したサーベルを引き抜く。
状態を確認すると、血がこびりついていたり刃が欠けていたりでどうにもこれ以上の使用は無理そうだった。
サーベルを諦めたアリシアは、敵兵の持っていたロングソードを拾い上げて軽く素振りをする。
本来大型の両手剣を使用するアリシアにはしっくりこない得物ではあるが、先ほどのサーベルよりはマシだろう。鞘も奪い取り、制服のベルトに挟み込む。
「ジェームズ殿、戦況は分かりますか?」
アリシアの問いにジェームズは頷いた。
「はい。反乱軍は夜間巡回の目をかいくぐり街に爆弾を設置、起爆するとその混乱に乗じて衛兵団の兵舎を襲撃。先ほど兵舎が燃えているのを確認しました。その後、どうやら反乱軍は王城に向かったようです」
なんという早業。アリシアは反乱軍の技量に舌を巻いた。
「王城ですか・・・わかりました。では私は住民の避難誘導へと回ります」
アリシアの言葉に、ジェームズは意外そうな顔をした。
「城へ向かわなくてよろしいのですか?」
「ええ、装備も整わない私が役に立つとは思いませんし、住民の安全を守るのが衛兵団の仕事です。・・・それに奴らが城へ攻め込んだのならそれを迎え撃つのは騎士団の領分でしょうから」
街の治安を維持するのが衛兵団の仕事。そして、王族を守護するのが騎士団のしごとである。
「それに、忘れてはいませんかジェームズ殿」
アリシアは疲れたように少し微笑んだ。
「城には史上最強の騎士であるアルフレートも、そしてあなたの師匠もいるのですよ?」
◇
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