第12話 色男

「よう色男。命が惜しけりゃ身ぐるみ全部置いてきな」




 人気の無い山道。一人の旅人を囲むようにして無骨な山賊たちが5人。




 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた山賊の一人が旅人の男の尻を撫でた。




「しっかしうらやましいくらいに整った顔をしてやがんな。よう、怖えなら泣いたっていいんだぜお嬢ちゃん」




 山賊の間に下品な笑い声が起こる。




「全く下らん。度しがたい程に下劣な輩だね」




 旅人の呟きに笑いをぴたりと止めた山賊たち。




「あん? てめえ今何て・・・」




 凄みをきかせたその台詞は途中で遮られる事になる。流れるように腰のレイピアを抜いた旅人がその山賊の顔に切りつけた。




「目が!? オレの目がぁ!!」




 レイピアの一線は両目切り裂き、その視力を奪う。




 動揺している他の山賊たちを見て、旅人はその端正な顔に歪な笑みを浮かべた。




「喜べ下劣な山賊ども。生きているだけで恥をさらす貴様らの醜悪さを救ってやる」




 緩やかに流れる銀髪。薄い青の双眸は怪しい光を灯し、しっとりと濡れる赤い唇は歪に歪んでいる。




 騎士ローズ・テンツィオーネ。美しき修羅の迫力に、山賊たちは一歩後ずさった。




「う、うっせえ! そんな細い剣で何ができる!!」




 山賊の一人が肉厚な刃を持つ片刃刀を振りかざす。




 その大ぶりな攻撃を冷めた目で見るローズ。




 レイピアが踊った。




「ぎゃぁああぁあ!?」




 利き手をレイピアに貫かれ悲鳴を上げる山賊の男。その男を蹴飛ばすとローズはあっけにとられている残りの山賊へ刃を向けた。




 それは戦いと呼べるものではなく明らかに一方的な蹂躙である。




 ローズは相手に動く間も与えず喉を切り裂き、心臓を貫き、腕を切り落とす。仲間の死体が量産されていくなか、最後に残った山賊はがたがたと膝を震わせて恐怖あまりその場で失禁する。




「おいお前。私の質問に答えろ」




 ローズの言葉に男はぶんぶんと大きく首を縦に振る。




「ダンプ・デポトワール・オルドルという男を知っているか?」
















 世界中のあらゆる物、そしてあらゆる人が行き交う交差点。世界最大の港街、【交易の街レキオ】。煌びやかなその街に、美しき騎士ローズはやってきた。




「・・・・・・ここがレキオ。噂には聞いていたが、凄い賑わいだ」




 人工こそ多いフスティシア王国だが礼節を重んじる騎士の国であるだけあって、その雰囲気はとても整然としている。




 王国の人々は日々誠実に、そして静かに暮らしているのだ。




 だがこの交易の街の騒々しさと来たら凄まじい。




 ありとあらゆる場所からやってくる商人、港の利用客、そしてローズのように情報を求めてやってくる者たち・・・それらが混ざり合ってカオスを形成している。




(非常に興味深いが、私も遊びに来たわけではない。とりあえずは今日の宿を探してから物資の補給と情報集め・・・だな)




 ローズの目的は先日苦汁をなめさせられたダンプらの追跡。国に報告もせず独断で飛び出してきたため国からの援助などない。




 この行動で騎士の位を取り下げられるかもしれないが・・・そんな事ローズにとってはどうでもいいのだ。




 そもそもローズが騎士になったのは、騎士の中の騎士アルフレートにその実力を見込まれて直接スカウトされたからだ。




 アルフレートは、当時なんの身分も持っていなかった荒くれ者のローズに声をかけ、ローズが拒否するとその実力で彼をねじ伏せた。




 ローズは強い者を好む。




 騎士の中の騎士、その強さは本物だったし、彼と供に戦えるならば騎士の称号も悪くないと思えたのだ。




 だが、騎士の実態は予想を超えて退屈だった。




 跡継ぎのいなかったテンタツォーネ家の養子になり、騎士の称号を頂いたのはいいものの、その仕事は書類整理などのデスクワークが主で、彼が望んでいたような血湧き肉躍る戦などほとんどなかったのだ。




 国に忠誠心などない。ローズの内にあるのは飽くなき戦いへの渇望、それだけだった。




(それに私が国を裏切れば彼が私を殺しに来てくれるかもしれないしね)




 ローズほどの実力者を討伐できる人間は一人しかいない。




 騎士の中の騎士、史上最強の男アルフレート・ベルフェクト・ビルドゥ。




 ローズはいずれ来るだろう未来の戦いを思い浮かべ、その魅惑的な顔にぞっとするような笑みを浮かべた。






















 はした金で宿泊できる大衆宿屋。




 ローズの人形のように美しいその容姿とは絶妙にミスマッチなこの場所で、ローズは一人安酒を飲みながら夕食を食べていた。




 今でこそ貴族の彼だが、テンタツォーネ家に養子に行くまえは貧しい生活を送っていた。高級な食事よりもこういった安い飯を食べながら安酒をかっくらっている方が本当は性に合うのだ。




 ローズは食事をしながら横目で無断で国の資料庫から拝借してきた資料を確認する。




 ”猫族の英雄 テオ・ランヴォ・マティ”


 ”灰の男 ダンプ・デポトワール・オルドル”


 ”極東の幻想種 緋色の死神”




 特に緋色の死神に関する資料は手に入れるのに苦労した。この情報は国家機密レベルのものだったのだから。




 資料によると死神は別段罪を犯して投獄された訳ではないらしい。極東の国における幻想種、絶滅の危機に瀕しているこの種族を研究する為に亡ドロア帝国の軍が遠征をして「鬼狩り」を行った。




 簡単にいくと思われたこの遠征は手痛い痛手を負うことになる。




 ドロア軍2千に対する鬼の生き残り4名。尋常ならざる膂力を持つ鬼の圧倒的な力の前に、軍はまさかの敗退。




 その屈辱に起こったドロア帝国は援軍3千人を派遣。先の戦でのダメージが抜けきれなかった鬼の一族を討伐、その内一名を捕獲する事に成功したという。




 たった4名で軍団とやり合えるその非現実的な膂力、ドロア帝国はその力をどうにか自軍に与えることが出来ないかと捉えた鬼に非人道的な実験を繰り返した。




 それから数年後、フスティシア王国の最強の騎士、アルフレートの率いる騎士団によって滅ぼされたドロア帝国。




 ドロア帝国崩壊後、研究の文献と供に牢につながれた鬼が発見される。その文献から、牢から解放するのは危険が大きいと判断され、王国の牢へ搬送される事となったのだ。




 ”緋色の死神”という呼び名は亡ドロア帝国兵によってつけられたものらしい。




 その文献を読み、ローズは自身の戦闘意欲が高ぶってくるのを感じた。




(4人で2千を下すその戦闘力・・・・・・素晴らしい。あの私に泥を塗ったオルドルに制裁を加えた後、ゆっくりと楽しむとしよう)




 ローズにとって、強者との戦いこそ喜びだ。相手は強ければ強いほど良い。




(しかし、この資料からは奴らがどう動くのか予想が出来ないな。もしかしたら死神の故郷である極東に渡るのかと思ってこの港町にきたのだが・・・)




 考えてみれば亡ドロア帝国によって死神の同族は絶滅したのだ。わざわざ極東の国へ行く理由はないのかもしれない。




(オルドルの行動予測はこの資料の情報量では難しい。ならば猫族の英雄はどうだ?)




 他に当てもない。とりあえずはテオが自身の部族を救うために行動すると考えて猫族の集落に行ってみるとローズは決断した。




(高ぶるな)




 安酒を一気にあおる。




 香りの薄い、酒精が強いだけの液体が喉を焼く感覚が心地よかった。




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