第8話 凶刃
月光が夜の街並みを薄く照らし出す。
人気の無いその通りを、二人の男が歩いていた。
男達はその屈強な肉体を王国衛兵団の紋が刻まれた鎧で守っている。最近、反乱軍の活動が活発化しているため、こうして夜間も交代で衛兵達が見回りをしているのだ。
二人組のうち、まだ少年のあどけなさを残した若い衛兵が隣を歩いている中年の衛兵に話しかける。
「しかし先輩、今夜は暑いですね。この鎧が汗で蒸れて気持ち悪いです」
「確かにな。だが最近は反乱軍の動きも活発だ。軽装では反乱軍のテロの現場を発見したとて対抗できなくなる恐れがあるからな、暑さくらいは我慢しなくてはならん。住民の平和は俺たちが守ってるんだ」
先輩の言葉に、若き衛兵は感嘆の声を上げる。
「そうですね、頑張りましょう先輩。俺も頑張って王国の平和に貢献しますよ!」
「その意気だトマス。領土内の規律を守ってるのは騎士団じゃねえ、俺たち衛兵団だぜ」
トマスと呼ばれた若い衛兵は、気合いを入れ直したようにキリリとした表情を浮かべている。それを隣で歩いている先輩は微笑を浮かべて眺めた。
今は中年になってしまったが、この衛兵も若き頃はトマスのように情熱に燃えていた事を思い出したのだ。
真面目な衛兵二人組は夜の闇に目をこらしながらしっかりと巡回のコースをまわっていく。今日も街に異常は無く、不審者も見当たらない。これで今夜も平和は守られたと満足げに歩むその先に、そいつは、いた。
進行方向に佇む人影が一つ。何をするでなくぼんやりと空を見上げている。
「もし、そこの人。ちょっといいかな?」
仕事熱心なトマスが近寄り、人影に声をかける。
闇夜ではっきりとは見えないが、体格を見るにどうやら男らしい。武装をしている様子が無いことからただの住人だろうとは思うが、一応仕事上確認せねばならない。
「・・・衛兵がオレに何か用かい」
どっしりと落ち着いた低音の声。衛兵に出会って慌てる様子も無いので、この男はほぼほぼ間違いなくシロだろう。
「いや、用って訳じゃ無いんだが。最近反乱軍の動きが活発になっているからね。危ないから用事が無い時は夜に出歩かないほうがいい」
トマスは柔らかな口調で男の帰宅を促した。
しかし男は返事をせず、じっと空の月を見上げるとぽつりと呟いた。
「ああ、今夜は良い月夜だ」
男の目線につられて月を見上げるトマス。昼間は雲一つ無い快晴だった。その影響だろうか、今夜は確かに月が明るく見えるようだった。
「確かに綺麗な月だが、月見はまた今度にしたほうがいい。さっきも言った通り、最近はぶっそうだからな」
その言葉に、男はゆっくりとトマス達の方向に向き直る。
通りに、生ぬるい風が吹いた。
こちらを向いた男の瞳だけが月光を反射して怪しく光る。ぞわりと悪寒が背中を走った。全身に鳥肌が立つ。
何か良くないことが起こっている。脳よりも先に全身の細胞が警報を発していた。
「先輩、逃げ・・・」
トマスの言葉は途中で遮られる。
いつの間にか距離を詰めていた男が、トマスに向かって漆黒の剣を一線した。
皮を肉を骨を、まるで何の抵抗も無いかのようにあっさりと切り裂いた漆黒の刃。トマスの首は見事に両断され宙に舞う。
驚愕の表情を浮かべたトマスの首が地に落ちると同時に、力を失った胴体が崩れ落ちた。
「あっ・・・あ?」
何が起こったのかわからない。目の前で同僚の死を目の当たりにした中年の衛兵は口をぱくぱくさせて硬直した。
男はゆっくりと衛兵の目の前で剣を振り払う。刃に付着していたトマスの血液が払われて、その漆黒の刀身に月光が反射した。
奇妙な剣だ。ツバにあたる部分が無く、その持ち手から切っ先までが均一の太さに保たれている。吸い込まれるような漆黒の刃が闇夜に紛れてその存在を朧にしていた。
呆然と立ち尽くす衛兵に向かって、漆黒の刃が翻る。月光を反射した光が一筋の線となって衛兵の身体を通り抜けた。
神がかり的な切れ味で衛兵の身体は上下に両断される。その場に残されるは二つの死体と漆黒の剣を持つ男が一人。
「・・・・・・ああ、本当に良い月だ」
そして男は夜の闇に消えるのであった。
◇
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