108.どちらもあっさり、決断は即決

 使者である妻の報告を聞き、ミューレンベルギアが決断を下す。見守るルドベキアはその言葉に希望を見出した。


「魔族に合流する!」


 皆を集めろ、反対意見はあるか。そんな質問は必要ない。リクニスの村にいる者は、ミューレンベルギアの決断に異を唱えたりしなかった。もし反対意見があるなら表明せずに、そっと離脱していくのがルールだ。


 村の外で他国の情報を集める者達は、そのまま役目を果たしてもらう。今後も情報の必要性は増す一方だし、他国に赴いた者は短距離ながら転移が使える。有能な彼らなら上手に立ち回り、危険になったら自力で逃げることも可能だった。


 大急ぎで引越し準備を始めたリクニスの血族は、わずか半日で荷物をまとめて集まった。広場にいる彼らの手荷物は少ない。収納が使える魔術師が各家庭を回り、大きな家具などを回収したのだ。身軽な彼らを見回し、巫女は「ちょっと隣町へ」くらいの軽い口調で告げた。


「魔王城で会おう!」


 無責任なようだが、各家庭単位で進む。その道中の危険度を減らすため、複数の家族が一緒に移動する。今回は魔族や魔物の襲撃がないこともあり自己責任で森を抜けてもらう方針だった。


「……人間というより、魔族に近いな」


 連れてきたドラゴンはぐああと鳴いた後、喉の調子を確かめながら話しかける。


「そうね。うちの一族は魔族とのハーフもいるし。人間の中では考えが合わずに疲れちゃうのよ」


 リナリアは肩を竦める。


 開放的な思考を持つ魔族とリクニスの考え方は近い。基本は自己責任で、弱い者を強い者が助けるのは義務だ。だが弱肉強食は否定しない。相反するようだが、場面ごとに状況が異なる矛盾を彼らは理解していた。


 肉を食う種族から、可哀想だからと獲物を奪って逃したら、肉食獣は餓死してしまう。だが餌として必要としない小動物を、遊びで狩ることはしない。どちらも共存できる考え方なのだ。生きていくために必要な行為は、どれほど残酷でも否定しないのが魔族だった。


「私たちは先に帰りましょうか」


 リナリアの提案で、再びドラゴンに運んでもらう。歩くのが嫌なミューレンベルギアがちゃっかり乗り込んでいたと知るのは、空に舞い上がってからだった。






「ダメだ! まだ婚約は早い!!」


 留守の間の話を聞くなり、ルドベキアは怒鳴った。その隣で次男ニームが複雑そうな顔で隣の婚約者を見る。大人びて見えても、セントレーアだって同じ年齢だった。16歳の貴族令嬢ならば、婚約者がいてもおかしくない。これが公爵家なら生まれた途端に婚約する事例もあるほどだ。


「あら、私があなたに出会って見初められたのも16歳だったわ」


 直接ではなく湾曲的に夫を咎めるリナリアに、ミューレンベルギアも同意した。


「確かにそうじゃったな。これルドベキア、そなたは自分を棚に上げて何を騒ぐのじゃ。魔王様の妻ならば、一国の王妃と同じ。娘の出世を喜んでやらんか」


「絶対にダメだ! 聖女に選ばれたのだって反対なのに」


 ぶつぶつ文句を言う父に抱き締められたクナウティアは、こてりと首をかしげた。


「でも私、もう決めちゃったの。魔王様のお嫁さんになる」


 昔はお父さんのお嫁さんになると言ってくれたのに。滂沱のごとく涙を流す父を撃沈させ、娘はさっぱりした顔で笑った。

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