89.絡まった糸が解けない

 セントーレア一家は、初めて城に招き助けてくれた人達の正体を知った。可愛い娘をニームから引き離したくない。ずっと良好な関係を築いた隣家と運命を共にする気でリキマシアを飛び出した。だが自分達はニームの実家に向かっていたはずだ。


 ここが魔王城だとしたら、好青年のニームやリッピア男爵家は魔族なのか? しかし末娘のクナウティアが聖女に選ばれたのに……。ピンクブランドの髪は、女神ネメシアの色だ。赤毛のルドベキアと、銀髪のリナリアの髪色からも、クナウティアは2人の子供。赤毛の兄弟も父親似だが……混乱した父が口を開いた。


「まさか、君らは魔族なのか?」


「魔王様は魔族だよね。私は違うけど」


 にっこり笑うクナウティアの説明は足りなかった。しかし今回は足りない言葉を補う者がいる。兄ニームが肩を竦めた。


「それだと僕達が魔族に聞こえる。人間だよ」


「厳密にはであろう」


 シオンがこの場で重大な事実を発表する。起き損ねたルドベキアは冷や汗をかいた。確かに魔王の言葉通り、先祖を辿れば純粋な人間とは言いかねる。しかし現在は人間に分類された。その辺をどう説明したものか。


「お父様、起きないと引き摺りますよ」


 娘が酷い。しくしくしながら身を起こした。拗ねて膝を抱く父親をよそに、リクニスの事情を知らないニームは首をかしげる。魔王の指摘した「違う」が理解できない。


「お前は息子に説明しないのか」


 その方が残酷だとシオンは眉を寄せる。青白い肌は、夜空の下ではさらに暗く見えた。


「……成人したら説明するつもりだったが」


 そこで今度は別の勘違いが始まった。セントランサスの成人は18歳、リクニスでは20歳、現在のニームは19歳なのだ。つまりセントーレア一家とクナウティアにとって、ニームは成人済みの認識だった。父親が否定したことで、一斉に脳裏に浮かんだ疑惑は年齢詐称。


「ニーム兄様は17歳だったの?」


 私と1歳違い? 驚いたクナウティアの叫びに、セントーレアは驚きながらも納得した。だから婚約もなかなか言い出さなかったのね。別に年齢が近くても、ニームのことを頼りないと思わないし、振ったりしないのに。


「え? 19歳のはずだけど」


 もしや、父親ルドベキアがボケた? まだ若いと思うが、あり得なくもない。ここ最近、何度も同じお客さんのところを回ってたから、兄セージと心配していたのだ。


「まだ、ボケておらん! それより、リナリアを見なかったか?」


 慌てる父の様子に、シオンが考え込む。それから、ようやく目の前の男がリクニスの使者が口にした、夫なのかと気づく。


「お父様、お母様とはぐれたの?」


 呆れ顔の聖女クナウティアの発言に、目を見開く。リクニスの使者の夫は、聖女の父親――つまり? 勇者はどうなる? 複雑な関係を考えるのを放棄し、魔王は月を見上げた。


 女神ネメシアよ、すこしばかり……混乱がすぎるようだぞ

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