81.進軍する勇者一行の温度差

 魔物と出会ったら倒すのではなく、友好的に話をするために魔物を避けて進む方法を進言するリアトリスに、セージは難色を示した。確かに妹クナウティアが囚われた弱みはあるが、回り道をするのは時間が惜しい。最短距離を主張する。


 数回の話し合いの結果、最短距離をいくが魔物は出来るだけ倒さない方向性に決まった。それぞれが多少折れた結果だ。方向音痴の血筋リッピア男爵家の嫡男セージも、薔薇石の指輪に導かれるリアトリスと同行することで、ほぼ真っ直ぐ魔王城へ向かうことが出来ていた。


「テントはどうする?」


 森に入って2日目、今日こそは見張りをしなくては! 張り切るセージに、騎士達が慌てて首を横に振った。


「セージ殿は勇者、リアトリス殿下は賢者です。魔王に対する切り札であるお2人に見張りなど!」


「そうです。我らはこの時のときのための騎士ですから」


「護衛に気を使う必要はありません。しっかり休み、英気を養って……いえ、失言でした」


 何が失言だったのか分からない2人は顔を見合わせる。だが互いの顔に答えはなく、仕方なく頷いた。テントは3張用意される。リアトリスとセージが使うもの、騎士が交代で休むもの、最後に馬や道具を入れるもの。


 荷馬車は整備された街道でなければ使えない。それぞれに持ってきた食料や荷物は、馬がずっと運んでくれる。臆病な動物である馬をしっかり休めなければ、明日の行動が制限されるため専用のテントが用意されていた。


 これらは以前の勇者達の進言により、用意されるようになったと聞く。馬が休めるよう、外の物音や振動を軽減する魔法陣を内側に描いており、森の微弱な魔力を拾って発動する。なかなかの優れものだった。


 数代前の賢者が作ったテントは丈夫で、今も現役で活躍していた。水を与えた馬をしまい、道具も一緒に入れる。しっかり入り口を閉めて、焚き火のそばに集まった。


 火を恐れないどころか、魔物は火を吐く種族もいる。だが大半の動物や魔物は、焚き火をしていれば退けることが可能だった。そのため夜営では火を絶やさないよう、見張りが番をする。


「お茶でも飲むか」


「もらおう」


 慣れた所作で料理をこなす勇者セージに、騎士達は驚いていた。まだ2泊目だが、初日から当たり前のように料理を担当する。勇者という肩書や聖女の兄という立場で、傲慢に振る舞うことも想定されていたが、元が行商人のセージは率先して夜営の手伝いをした。


 早くしなくては日が暮れて、暗い中で手探りで火を熾さなくてはならない。その苦労を彼はすでに身にしみて知っていた。リアトリスが魔力で水を作り、鍋に満たす。湯を沸かす間に、セージが茶葉を用意した。


 王太子と勇者、どちらも扱いづらいと覚悟して同行した騎士は、拍子抜けしながらも慌ててカップの準備を始める。森の中に、紅茶の香りが漂い……やがて半数以上が眠りについた。リアトリスとセージが使うテントから物音一つしなくても、揺れがなくても、あのテントの中で何が行われているか。彼らは見張りのたびに想像を逞しくする。


 実際にはテントの端と端に分かれて眠る、行儀の良い2人の寝姿があるだけだった――。

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