58.賢者、勇者、騎士の争い

 同僚には内緒にしていたのに、この場でバラすリアトリス王子の空気の読めなさに舌打ちしたかった。だが王太子を一時返上したとはいえ、主君であり王族だ。不敬すぎると溜め息に留めた。


「セントーレア嬢の事件なら、追い回した彼を叩きのめして辺境伯の裏門に捨てたのは俺だ」


「ええ……そうでしたね」


 勇者の称号を得たばかりのセージに、余計な口を叩きやがってと思いながらも、騎士として最低限の節度をもって応じる。本音では、余計なことを話す口に剣を突き立てたい。同僚の冷たい眼差しが痛かった。


「聖女様脱走の直後からお話ししても?」


 こうなったら誤解を解くしかない。幸いにして、この場にいる騎士の交代時間はまだ先だった。釈明は十分間に合う。


「聖女様を追いかけて、王子殿下と城塞都市に向かいました。馬を引き追いかけた先で、殿下は荷馬車の確認を始められた」


 大きく頷くリアトリスの仕草に、ガウナは話を続けた。


「あの日の聖女様はクリーム色のドレスを纏われていましたが、共布の帽子をもつ少女が人々の群れから抜けて走り出しました。坂を駆け上がる彼女を追って、たどり着いたのが……」


「うちか」


 納得したセージが手を叩く。周囲の騎士達も疑いの眼差しが薄れた。ひとまず変態疑惑は何とかなりそうだ。


「だが、少女の存在を否定されたため外で待ち伏せた。その後は、確かに負けて……気付いたら裏木戸の前に転がされていた」


「すまなかった。弟の婚約者……になる予定の子なのだが、今年16歳でクナウティアと一緒に聖女の選別を受けに行ってたから」


 預かった帽子を持ってたんだろう。そこまで言い終える前に、ガウナが声をあげた。


「え? 18じゃなく?!」


「ああ。セレアは大人びているが、まだ16歳だ」


 聖女と同じ年だと言われても、胸元もふっくらと主張しており、手足もすらりと長かった。実年齢より4歳近く幼く見える聖女クナウティアと比べるまでもなく、信じられない。目を見開いたガウナに、セージは念押しした。


「あの子はうちの嫁候補だから、手を出すなよ」


「わかっております……驚いただけで」


「なんだ。ガウナは一目惚れした女性を追い掛けたとばかり思っていたが、違うのか」


 リアトリスがここにきて爆弾投下。鎮火しかけた炭の上に新たな火種を起こした。それも悪気なく。


「……うちの弟の想い人だ。絶対に近づくなよ、変態騎士」


「ですから、変態ではありません!!」


 言い合う2人に、壁に並ぶ騎士達は苦笑する。勇者に選ばれたセージの弟なら、さぞ強いだろう。騎士に取られる心配など不要だと、彼らは笑った。しかし当事者は必死である。


「セレアを口説いたら刺す」


「絶対に口説きません」


「それはそれで……美しい未婚女性に失礼な気もするが」


 独身の騎士が妙齢の女性を口説いたり褒めないのも、逆に失礼ではないか? 魅力がないように勘違いされる。ぼそっと呟いたリアトリスのせいで、彼らの言い争いはその後2時間ほど続いた。


 結論――大した内容ではないため、何も決まらず……ただ時間を浪費しただけであった。

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