49.お花が綺麗ですね
手入れの行き届いた庭の様子に、クナウティアは目を輝かせた。自宅の庭は畑と同じなので、植わっているのは野菜中心だ。ハーブも食事用に育てている。しかしこの庭は完全に観賞用だった。
香りの良い薔薇に、見栄え重視の花々。小さな花から大きな花弁を揺らす木まで、種類が豊富だった。色も赤、黄、白、紫、オレンジと艶やかだ。
「綺麗ね」
「綺麗?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるシオンが、単語を繰り返した。訝しげな響きに気づかないクナウティアは、無邪気に花々に近づく。手を繋いだまま引っ張られ、シオンは彼女について花の前に立った。
「ほら、これなんて紫だけど……青に近いわ。珍しいし綺麗よ」
「そういうものか」
考えたこともない。宝石を美しいと表現する人間を、不思議に思っていた。花や自然の景色に落ち着くと言われても理解できない。これらはここにあるだけだった。
魔王であるシオンにとって重要なのは、魔族に害を為す敵かどうか。綺麗や美しいは役に立たない。しかし彼女は違う価値観を持つのだろう。目を輝かせて、花を摘もうと屈んだ。
繋いだ手を離せば良いのに、そのまま屈もうとしたため躓いた。転びかけたクナウティアを、シオンは咄嗟に支える。
「ありがとう」
ほっとした顔で礼を言うくせに、諦めずに花に手を伸ばそうとする。彼女を強引に立たせて、風を操って花を手折った。クナウティアの手に落とした花を握り、聖女は目を見開く。
「今の、魔法? 私もそんな力があればいいのに。凄いわ」
聖女の加護と誰も真似できない召喚の力を持ちながら、クナウティアは子供のように屈託なく褒めた。まだ名乗っていないため、魔王だと理解していないのか。拐われてきたのだ、さすがに気付いているはずだ。
人間にとって仇敵である魔族の王を褒める聖女なんぞ、聞いたことがない。得体の知れない生き物を見る目で眺め、泣き叫ばれるよりマシかと肩を竦めた。
何にしろ、聖女がここにいれば勇者の召喚は出来ない。彼女を魔王城に捕らえている限り、人間が魔族を脅かす未来を回避できるはずだった。
何十回と繰り返した過去の痛みは、今も胸を傷つけ続ける。塞がらない心の傷は血を流し続けていた。
人間は我ら魔族を、魔族だというだけで滅ぼそうとする。突然攻め込んだ異世界の勇者に仲間を殺され、自身も封印された。その後目覚めた世界で、人間への復讐を行う。倒されて目覚める――繰り返しに飽きた頃、人間の襲撃をやめてみた。
それでも人間達は襲ってきた。逃げ惑う魔族を討伐と称して殺し、守ろうとした魔王軍を滅ぼす。数十回の繰り返しで学んだのは、人間と魔族の間に平和は存在しないという現実だった。
ならば先手を打って、最強の勇者を封印すればいい。今生は多少なり長く魔族を繁栄させてやれそうだ。
手を繋いで花の匂いを嗅ぐ少女を見下ろし、尖った牙を見せた魔王はうっそりと笑った。
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