47.手遅れからの協力要請

 王太子の王位継承権は一時預かりとなった。今回は勇者もいないため、王太子が生きて帰れない可能性もあるが、優秀な彼を国王は惜しんだのだ。戻ってきた時のことを考え、第二王子が王太子に繰り上げられる。


 賢者となったリアトリスは旅支度を指示した。王宮の侍女や執事が悲壮な覚悟で準備に走り回る中、飛び込んだのはセージの目覚めという朗報だった。宛てがわれた部屋で、セージは医者を押し除けてベッドから立ち上がる。足元が覚束ないセージがふらつき、慌てたリアトリスが駆け寄った。


「セージ殿、目が覚めたか! まだ無理をしては……」


「ティアはっ!? 妹はどうなりました!」


「すまない、間に合わなかった」


 申し訳なさそうに謝罪するリアトリスが視線をそらす。助けに駆けつけた騎士が間に合わなかったことを謝罪されたが、セージは違う意味にとった。まさか、妹はすでに……?


 がくりと崩れ落ちるセージだが、この誤解はすぐに解ける。


「聖女様の尽力なくして勇者は喚べない。あの方の救出に、セージ殿も協力して欲しい」


 リアトリスの言葉に含まれた「救出」に、最悪の事態ではないと知った。父母や弟にどう説明したらと泣き崩れそうだったセージが、気持ちを立て直す。


「全力で協力します!」


「勇者召喚ができないため、代役をお願いしたい」


 奇妙な要請に首をかしげる。そういった目立つ役は王太子がやるんじゃないだろうか。疑問がそのまま表情に出たセージヘ、リアトリスは椅子を勧めた。反発するほど体力もないセージは大人しくソファに落ち着く。


 向かいに腰掛けたリアトリスは、どこから話せばいいか迷った。隠したまま信頼関係を築くのは無理だ。その判断は早かった。


 本心から味方にしたい相手に、誤魔化しや嘘は使えない。いつか壊れる関係では、魔王に対抗できないと理解していた。


「女神ネメシア様の加護を受けし聖女様の召喚により、異世界から召喚される者が勇者だ。魔法に優れた者が賢者となり、聖女様と勇者の補助につく。そのため、賢者は高い地位の者が選ばれる」


 勇者は異世界から身ひとつで召喚され、戦いが終われば相応の地位を得る。それまでは一般人と同じだった。聖女も女神様に選ばれるが、元の身分が低ければ侮られる。


 旅先の国々や貴族に、彼や彼女を利用させないための盾として選ばれるため、賢者は魔力量の多く魔法の扱いに長けた王侯貴族の役職だった。権力で押し切られないよう、3代前から王族が就くことも多い。もちろん魔力の高さは最低条件だが、同じ魔力量なら地位の高い者が選ばれてきた歴史がある。


 それらの事情を説明したリアトリスは、最後をこう締めくくった。


「本物の勇者を召喚するため、聖女様を無事に取り戻さなくてはならない」


「……なるほど」


 聖女である妹クナウティアが拐われたことも、勇者が召喚できていないことも、一切発表できないという意味だ。セージは複雑な気持ちで溜め息をついた。困難な旅になるのは目に見えている。


「家族にも協力を頼もう」


「なぜだ?」


 リッピア男爵家の人間が強いのは、師匠であるアルカンサス辺境伯から聞いているが……魔王に勝てるはずがない。家族を危険に晒したと知れば、聖女が嘆くだろう。リアトリスは当然の疑問を素直にぶつけた。

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