第5話 前線

ハルトにとって子猫の体温がほんのり温かく、久しぶりの温もりだった。


ハルトは村に残してきた妻と、生まれたばかりの赤ちゃんの事を思い出す。


ハルトは村の臨時徴兵で強制的に連れて来られた。


戦争の勝ち負けなんてどうでも良い。

一刻も早く生きて村に帰りたい。そう思っていた。


子猫を懐に戻して塹壕から頭を半分だけ出して、戦場を見詰めるハルト。


その時、後ろから声がした。


「ハルトォ!猫の鳴き声がしたぞぉ!お前が持ってるのかぁ? 出せぃ!」


班長のタクマだ。乱暴者で直ぐ暴力を振るう厄介な奴。


「知りません!」

戦場を見ながら答えるハルト。


「嘘つけ!」

ドスッ!


「んぐっ」

背中を軍靴で不意に蹴られて、仰け反り痛みを堪えて蹲る。


ハルトの後ろから肩を掴み、引き起こす班長タクマ。

「さぁ、出せ!俺が喰ってやる」


バギッ!


歯が折れる音。


ハルトが首を振ると、タクマがハルトを剣の柄で殴った。


「班長の言う事を聞かないとぉ─」


「突撃!!! 突撃!!!」


急に聞こえた突撃の命令。


「ちぃ、戻ったら承知しないぞぉ!」


塹壕を飛び越えて走り出す歩兵達。


「くぅ」

痛みを堪えてヨロヨロと立ち上がり、槍を持って立ち上がるハルト。


塹壕を越えて前を見たとき。


ドッガーン!!


前を走っていたハルトの班が砲撃で吹き飛んでいた。


飛び散る身体の部位と肉片。

隣の男も、班長タクマも吹き飛んだ。

ハルトも爆風で塹壕に飛ばされた。


「あいつの名前なんだっけな?」

隣の男の顔を思い出そうとするが、思い出せないハルト。


「お前のお陰で助かったのかなぁ?」

「にゃ」


ハルトは懐の子猫を撫でると、起き上がり戦場に駆け出すのであった。


既に突撃している味方を追って、ハルトも突撃した。


大国ツドイ帝国は属国が沢山あり、亜人も兵として参戦している。


ギーベル王国の歩兵達が突撃した先にいたのは、オーク兵だった。


オークは猪の頭の人型の亜人、体格は人族より大きく力もある、そのオーク兵が重装備でハルバートを軽々と振り回す。


先に突撃したギーベル王国の歩兵は総崩れになっていた。


ハルトは逃げ惑う味方の歩兵を擦り抜け、躊躇無く先頭の一際大きい、黒いフルプレートアーマーのオーク兵に踏み込んだ。


今までの経験で躊躇する事が1番危ない事が分かっていた。立ち止まり勢いがなくなり、相手の高度な技で殺された仲間を沢山見てきた。


技も何も無い歩兵は、相手の隙を突いて何かされる前に突き刺すしか無いのだ。


走り込んだ勢いを殺さず、まだ自分の存在を認識してない、オーク兵に勢いのまま槍を突き出した。


グサッ!


重装備の鎧の隙間の脇の下に槍の先端が突き刺さる。

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