第52話 瞬く銀河
「ふふ、シヴァを失うのはもったいない……だが権力と力を得ることが、一番大事な事だ。それで全ては儂の前にひれ伏す。そういえばフレイヤも美しかったな、楽しみはまだまだありそうだ、クク……なんだ?」
薄気味悪い笑みをこぼすキノエは、しばらく満足げにメインスクリーンを見ていたが、ある異変に気が付き、怪訝そうな表情を浮べた。
ブラックホールが消えて始め、光が強くなっているようなのだ。
「ばかな! 何が起こっている?」
艦載機のパイロットがキノエの問いに答える。
「発射されたブラックホールが吸収されています。そしてシヴァの光のビジョンが大きくなって……信じられない、ブラックホール、いや、我々の攻撃を全て吸収しているのか!?」
ブラックホールが完全に消えた時、シヴァの光のメサイヤは数千キロにも及ぶ大きさに広がっていた。
キノエは驚いて後ずさり、倒れるように椅子に座る。
「これが旧世界を滅ぼした光のメサイヤなのか? 果てしない戦いを終わらせるために造られた光の獣。光のメサイヤと呼ばれた。そしてこれは全てのエネルギーを吸収し、数億もの艦隊を一瞬で消し去ったと言われているメサイヤ……実際に存在するなんて」
シヴァから宇宙を被う程の光の筋が流れ始める。
ライドウ、その他すべの戦艦、艦載機が白く輝き始めた。
キノエの居る司令塔を、光の筋が艦の防壁を突き抜け、幾千幾万と通り過ぎる。
自分の手を見たキノエは、手のひらを突き抜け、幾筋もの光が通り過ぎていく様子に声を上げる。
「これは……痛くもない。なんなのだこれは!?」
光に貫かれても痛みは無い。それどころか、まるで傷を癒されているような心地よさがあった。
「これは? この光の正体はなんだ?」
じぶんの身体を光の筋に貫かれながら、自分に起きている事がまったく理解出来ないキノエの前にシヴァの姿が浮かび上がる。
「シヴァ……?」
司令官の座る、その前の空間に浮かぶ、光の渦に巻かれたシヴァの姿。
「シルバーノヴァは大食らいでな。起動にはおまえの艦の主砲と、全艦隊の攻撃が必要だった」
「儂の攻撃で、目覚めたと言うのか? 恐怖の殺戮兵器、光のメサイヤが? ……だが、なぜだ、恐怖を感じない。それどころか、何処か懐かしい……あっ、おまえは!」
シヴァの姿が変化して、キノエが若いころに心魅かれ愛した女の姿になった。驚きながらも、自分を突き抜けていく光に、何も無かった時代の思い出が浮かんでくるキノエ。
権力も力も、何も持っていなかったが、愛する人がいた。
キノエを見守ってくれた恋人、家族、友人達。
シヴァの姿が、キノエの母親に変っていく。
幼い子供の頃、大好きだった母親の姿。
光の筋はさらにその数を増やし、キノエを突き抜ける。
まるで、幼子のような表情になるキノエ。
「なぜだ心が暖かい……」
キノエは、心地よさから目を閉じて感じようとしていた。それは、今の自分になるために捨ててきたもの。
「そうか、儂の欲しかった物は、力や権力ではなく、これだったのか……」
忘れていた記憶を取り戻したキノエの身体は光を発すると、少しずつ形を無くし、流れ崩れ始めた。さらさら、さらさらと。
シヴァの声が黒き艦隊三百万隻の搭乗員全員に響いた。
「人は生きる程、カルマを負い、魂を傷つける。光のメサイヤがもたらすもの、それは魂の救済。カルマを肉体を解き放つのだ。さあ、魂を解放し、全てをあるべき姿に戻せ。そして帰るのだ。母なる者のもとへ」
既に数光年まで広がり、キノエの艦隊の全てを包んだ光のメサイヤの十二翼が広げられていく。美しい少女の瞳が開かれた時、数えられない流星が宇宙を舞った。
宇宙が全体が光り輝き、そして静かに輝きを鎮めた時、キノエとその艦隊は光に還った。
全てが漆黒に戻った宇宙にシヴァが瞳を閉じて漂っている。
ゆっくりと挙げた右手の先には、小さな星雲が微かな輝きを放って存在していた。
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