第27話
放課後の体育館、ハーフコートに見慣れた部員たちの姿が並ぶ。同級生で親友のタク。一年生エースのすばる。二年生のマネージャー二人。そして柔道部の辰巳に付き添われたケンジが居た。ぼくは咳払いを済ますと彼らの前に立ち、「今度の卓球部の方針」と銘打ったこの会議を切り出した。
「新チームになって二ヶ月。三年生が引退してみんなも部のやり方に対して色々な考えがあると思う。この場では俺が部長として決めた方針を話させてもらうが、その前に。ケンジ、前に出て」
「は、ハイっす!」
先日、公式に卓球部へ退部届が受理され、柔道部への加入が決定したケンジがぼくの横に並び、胸を張ると部員たちの顔をひとり、ひとり見回した後、背中に腕をまわして大きく声を張った。
「みなさん、この大変な時期に卓球部を辞め、柔道部に移る運びとなり、支えてくれた先輩ガタに男を見せることもできず、みんなの期待を裏切る結果となり…先輩たち、スンマセン!この半年間、クソお世話になりましたっ!」
うまく言葉がまとまらず体育館の床に土下座したケンジを見てタクが陳腐だな、という風に舌打ちを浮かべ、すばるは怒りを押し殺した瞳で柔道部顧問の辰巳を睨んだ。隣にいる竹岡センセイを見上げるとビクッと反応したその中年顧問にぼくは耳打ちをした。
「ケンジをいくらであの悪徳教師に売ったんです?」
「な、なんのことじゃ?柔道部に移ったのはケンジの意思じゃろ」
ほう、とぼくは皮肉な笑みを浮かべるとあの日職員室で見た安い芝居を思い出した。今思えば予定調和だったのだ。みんな目の前の辰巳という男に話を合わせられていた。その辰巳はじれったそうに壁に預けていた体を突き出すと「行くぞ」と泣きじゃくるケンジを引き起こした。
「柔道でオリンピックに出るって言ったよな」
ケンジとのすれ違いざまにすばるが言った。
「その言葉が嘘だったら許さない」
「お、おう!そん時は選手村でこの日の事を笑い話にしてやろうぜ」
「ああ、約束だ」
無理に笑みを作ったケンジと拳を合わせるすばるの姿を見ると胸に詰まった憑き物が少し落ちたような気がした。体育館から消えていく辰巳とケンジの姿を見送るとぼくは「次、小松里奈。前に出て」と里奈を隣に呼び寄せる。
「みんなも知っての通りバスケ部のマネージャーの七海さんが大怪我で練習に穴を開ける事態になった。そこでバスケ部の申し出として彼女をしばらくの期間、卓球部貸出という形でバスケ部のマネジメントをしてもらう事となった」
「みんな、大変な時期なのにゴメンね。大変なのはバスケ部も一緒。勝手な話だけどよろしくね」
明るい声の里奈の声が響くとみんなが納得したようにうなづいた。ぼくがこの提案を出した時「ハァ?ふざけんじゃないわよ!」と軽く喧嘩になったりしたのだが、女性という生き物はこういう時の切り替えが早い。観客である他の部活の生徒達に営業スマイルを振りまくと「これでいい?」と低い地声が耳元に届く。深く唾を飲み込むと里奈はフン、と踵を返して元居た場所に戻っていった。会議を続けよう。ぼくは次の提案を出した。
「この人数になってまともに練習ができる状態じゃないことはみんなも理解しているはずだ。秋の新人戦ですばるが準優勝して、本人もこの状況に物足りなさを感じてるだろう。そこで、伝手を辿ってお前の練習場所を探した。どうぞ」
ぼくが呼ぶと驚いた顔ですばるが入り口を振り返る。白いスーツのスラックスの先と革靴がドアから現れると「いやぁ〜ねぇ。湿っぽいじゃないの。こういう時は明るく笑顔でいきましょ!」とねっとりした口調で顔見知りのあの男が現れた。「ヒッッ!」と田中が飛び退くとその前を通り、そのオジンはみんなに自己紹介をした。
「初めまして。穀山中卓球部の皆さん。
突然の不審者登場にざわめく体育館。数日前、ぼくは名刺を頂いた芦沢さんを通してすばるが充分に練習できる場所を探してもらっていた。秋の新人戦で好成績を残した有望株だと売り込めば良い練習環境が見つかるはず。その読みは当たり、この度、県内にある米舎大学の臨時顧問に就任した斑猫さんがすばるを練習生として迎え入れると申し出た。うふん、とウインクを飛ばす斑猫さんを見てすばるが「最悪だ」と小さく呟いた。
「モリちゃんのご説明にあった通り、期日まですばるちゃんをあたしの大学で預かるわ。放課後はあたし直々に送り迎えするつもりだからよろしくねぇ。あたしの可愛い王子さまっ」
「…恨みますよ。モリア先輩。この決定はありえない」
斑猫さんの熱い抱擁を交わしたすばるが達観した表情でぼくを見た。視線を合わせずぼくは「グットラック」と小さくサムズアップ。斑猫さんが兵隊のようなかっちりした動きをして腕に留めた高価な時計に目を落とした。
「いけない。もう練習の時間が迫ってるじゃない。あたしもすばるちゃんも新人なんだから遅刻はいけないわ。さ、表に車を停めてるわ。ふたりのスィートな思い出を作りに、いきましょうすばるちゃん」
観念した表情で斑猫さんの後をついて歩くすばるを見て「金持ちに売られる奴隷ってこういう気持ちだったんだな」とタクが不吉なジョークを飛ばす。ぼくの隣に並んだタクについてぼくが彼の事情を話した。
「タクは駅前の卓球道場でプロを目指して本格的に練習に励むことになった。一時的に卓球部を離れることになるが、大きく成長して戻ってきてくれるだろう。それに」
ぼくはタクの顔を見つめた。それに気づいたようにタクもぼくの顔を見つめ直した。
「オレたちの友情は不滅だ!」
二人で肩を組んで声を合わせると周りで冷やかす声が響く。会議の内容はこれで全部だ。ぼくはタクの腕を解くと集まったみんなにこの言葉で締めくくった。
「穀山中卓球部、本日をもって活動休止!みんな二ヶ月後、新年明けにまたこの体育館で会おう!」
「ちょ、ちょっとモリアさんっ!?」
観客から驚きの声と拍手が飛ぶ中、田中が直訴するような動きでぼくの前に現れた。
「わ、私はどうなるんです?卓球部がなくなっちゃったら私、どこで致せばいいんですかっ!?」
「校内で致すな。そういえば、アニ研が部員足りないって嘆いてたぞ。そいつらとなら話も合うだろうし、力になってやれば良いじゃないか」
「そ、そんな。私だけ受け皿ないじゃないですか」
「俺もこの後予定がある。離してくれ」
制服の袖を掴んでいた田中の手を振り解くとぼくは校舎を出ていつもと反対方向のバスに乗った。流れる風景を見ながら「もっと揉めると思ったけど穏便に収まったな」と今回の会議を振り返った。それとも今のみんなにはそんな元気もなかったということなのか。いや、それはないだろう。みんな思い思いに目指す場所があり、空中分解寸前のこの部に対して一時的に活動休止を告げたのだ。部長として職務を果たしたつもりだ。そろそろ目的地が近づいている。ぼくはバスを降りると目の前の体育館の玄関を通り、そしてコートに繋がるドアを開けた。
「おう、よろしく本田モリアくん!早速だが練習に入ってくれ」
「ええ、よろしくお願いします!」
――ぼくがやってきたのは隣県の天ヶ崎地区にある勤労者体育館。出迎えたのは港内中の顧問、茸村監督だ。ぼくはこの活動休止期間中、この人の下で卓球をしていく事となる。卓球に対しての新しい時間が、ぼくたちの中で始まろうとしていた。
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