第23話

――10月某日。ぼくは昼休みに顧問の竹岡センセイに言い渡され、隣県で行われている全国小学生選手権の観戦に訪れていた。付き添いでぼくの隣に座る田中が彼らの熱戦の見始めると思わず息を呑んだ。


「すごい。なんてアツさなんでしょう…」

「ああ、小学生とはいえ、地方予選を勝ち抜いた猛者達が集まっているんだ。そんな彼らが繰り広げる卓球が熱くないワケがないさ」

「ああ…エースがプレーと背中でチームを引っ張っていくシングルスのエモさ。テーブルの前で手を取り合うように入れ替わってラリーを続けるダブルスペアの尊さ…ああ、未熟な果実のみずみずしさったら!あんなの魅せられたらすず、中学生から小学生に推し変しちゃうかもですっ!」

「腐目線かよっ!!」


――ぼくたちがなぜ平日の昼間に授業を免除してもらってまでこの体育館にやってきた理由について説明しなければならない。理由の一つとしては、前回はっさんが部に三菱マネージャーの弟であるレンジローを紹介してくれたように、新入部員の勧誘。現小学6年生の熱意ある卓球少年に我が穀山卓球部に興味を持ってもらう事が目的だ。えっ?そんなんで学校の授業をサボる名目になるのかだって?カップラーメンは三分間。焦ってはいけない。理由は今から説明する。


「ねぇ、モリアさん。あのふたり」


田中がぼくの制服の袖を掴んで卓球台に向かうダブルスペアを指さす。一人は小学生にしてはやや長身で逆立てた髪と額に巻かれた青色のバンダナが目印。そしてもう一人は髪の毛の一部をオレンジ色に染めた小柄なプレーヤーで快活そうに仲間と談笑している。そう、彼らがぼくたちがここに見学に来た最大の理由。彼らは試合が始まると圧倒的な技術と勝者特有の余裕のある試合運びで難なくダブルス優勝を勝ち取った。表彰式が終わるとぼくたちは席を立ち、廊下を歩く彼ら二人を呼び止めた。


「ああ、穀山中の卓球部の人っすか?ああ、はい。噂は本当ですよ」

「俺たち二人は穀山中卓球部を進路の第一志望に考えている」


……なんと、この全国優勝ペア。ウチの卓球部の入部希望者だったのである。最初竹岡センセがこの話を言い出した時、ぼくは「とうとう耄碌したのか。まだ定年でもないのに気の毒だな」なんて噂半分にこの体育館にやってきたのだが、本人達の口からその言葉を聞いてぼくは驚いてその場を飛びのいていた。彼は隣県の代表。穀山中は県境にあるため、多少の越境入学にはなるが問題はないはずだ。


「でも、なんで双峰じゃなくてウチなんですか?」


マネジャーを務めている田中が彼らふたりに尋ねた。我がT県では10年にわたって双峰中が全中地方予選の優勝を治めている。オレンジ頭の少年が腰に手を当ててぼくらに見栄を切るようにして理由を語った。


「ハッ、ああいう地方で有力選手集めて満足してるような金満チームなんかには興味ねーすよ。それにオレらが双峰に入ったら地方最強のチームと戦えないっしょ。最近は色々ゴタゴタしてるみたいだし、オレたちが地方2位の穀山に入って全国優勝を目指すのは自然な流れだと思うっすけど」

「ありがとう!タカネくん!」

「おわっ!なんすか!?」


思わず彼、貴音くんの手を取って吠えていた。気持ちが入り過ぎて正面から押し倒すような形になってしまい、その場で彼が尻もちを着いた。ぼくらの様子を見て田中が恐ろしい速さでスカートからスマホを取り出し写真を一枚撮るとそのまま奇術師のような手さばきで反対側のポケットにスマホを仕舞った。


「ちょ、いつまで跨ってんすか。てか握り方」

「ああ、すまない。ちょっと興奮してしまって」

「地方決勝で見せたあの疑惑は本当かもしれないな…」


ぼくが彼の手を放して謝りながら立ち上がるとバンダナの彼が考え込むように頭を掻いた。オレンジ頭の彼が起き上がるとぼくを見て「もー」と唸った。


「オレの名は飯島貴音いいじまきおん。キオンっす!てか見学に来て名前も憶えてもらってなかったんすか?オレも相方と一緒に進路先変えるかもしれないっす!」

「すいませんっ!ウチの部長のモリアさん、イギリスからの帰国子女でちょっと漢字が弱いんですっ!」

「エゲレスっ!?すげー!てかコーダイ、この人穀山中の部長だって!」


ぼくの肩を掴んで顔を指をさすキオンを見て深く息を突いたコーダイと呼ばれた彼の名はたしか、常陸航大ひたちこうだい。攻撃特化のキオンを支えるバランスの取れたプレーを信条とする技巧派プレーヤーだ。彼は思慮深い仕草でぼくに鈍い視線を向けた。


「キオン、その手を放せ。これから長い付き合いになる先輩だ」

「あっ、スンマセン!オレ、強い卓球部の上下関係とか正直苦手で。まー、それがユルそうな穀山を選んだ決め手のひとつだったんすけどね」

「団体戦3位の己語中は候補にはないんですか?」

「あー、あそこは無いっすよ」


キオンが白い歯を見せながら田中の問いに答える。


「あそこは前の部長のアマギさんの親がポケットマネーで大きくした所でしょ?息子のアマギさんが引退したからどういう部活規模になるかもわからないし。それに見ていて楽しいと思えなかったんすよね。己語中の卓球が」

「そうか。よく見てるな。そしてよく考えている」


ぼくが感心していると「そろそろ帰りのバスの時間だ」とヒタチがキオンに告げる。彼らは優勝した直後だというのに少しも浮ついた様子もなく、ぼくらの問いかけに答えてくれたのだ。ふたりを見送ろうとすると「いいすよ。仮にも後輩なんで」とキオンがぼくらに手を振ってチームに混じり、バスに乗り込んでいった。ぼくと田中は6時間目の授業までに帰らなければならない。急ぎ足で反対方向のバスに乗り込むと隣の席で田中が呟いた。


「まさか、全国優勝ペアが本当にウチにくるなんて。すず、マネージャーとして彼らをサポートしてあげれるでしょうか…ちょっぴり不安です」


ぼくは答えずに窓に額を寄せて外の景色を眺める。確かに今のチームに彼らが加入してくれれば戦力の増加は間違いない。団体戦のひとつを確実に勝利する事が出来れば地方特有の過密日程でも星勘定ができるし、なにより彼らが双峰に行かなければ向こうの戦力を格段に下げられると考えられる。だが、癖の強いあのペアの事だ。気を付けなけらば部長としてのメンツを潰され、部の空気を乱されかねない。


――部長として起こりえる事態を未然に備える。マツさんはこんな胃が痛くなるような思いをして部長を続けていたのか。学校に戻って授業を受けるとぼくはノートに向かって来年の団体戦オーダーを空想して鉛筆を走らせていた。



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