ピンポンずラブ2

まじろ

Re:Start!!

第1話

連日たくさんの人でごったがす県外の地方空港。ぼく達、穀山中学卓球部の面々は次に出発する飛行機を待合室の窓から眺めていた。隣で腕組みをし、難しい顔で天井を見上げるぼくの相棒、鈴木タクマがため息混じりにこう呟いた。


「まさかあいつが俺たちより先に海外に行っちまうなんてな」


その言葉を受けてぼくの目も国際線搭乗口に引き寄せられていく。緊張で乾いた口の潤すためにペットボトルを手に取ると、タクも同じようにコーヒー缶に口をつけていたのでぼくとタクは顔を見合わせて笑った。


――数日前に全中大会の地方予選を戦ったぼく達にはあまりにも突然の出来事で正直思考がついていけてない。言いたいこと、考えることは全員にある。でもこの場所に来る前に彼のいない体育館で「笑顔で送り出す」とみんなで決めたのだ。


「ほら、やってきたよ本日の主役」


卓球部部長、松田忍さんが細い目で人混みを見上げると荷物をたくさん抱えた一年生3人組がこっちへ向かって走ってきた。「すいません!こいつのトイレが長引いちまって!」大柄の後輩、豊田ケンジが小突くようにしてこれから旅立つ痩身の少年をぼくらの前に立たせた。「これ、オレのクラスからの寄せ書き。飛行機の中で読んでよ」「あ、ありがとう」今日もバッチリと髪型のキマっている赤星すばるから感極まった表情で厚紙を受け取ると彼はこっちに向かって大げさに深呼吸をした後、震えた声を振り絞った。


「穀山中学卓球部、日野あたる!先輩達のご指導のおかげで立派な卓球選手になれました!約半年間、ありがとうございました!」


「おいおい、これから世界と戦っていかないといかん奴が泣いてどうする」

「ハツくん、こんな時に後輩に発破をかけないでよ」


肩掛けカバンが後頭部にぶつかるほど頭を下げたあたるを見て3年の先輩の一人、初台正義さんが気を紛らわすように言うと3年のマネージャー、泉はるのさんが彼の大きい背中を揺らした。「もう大会は終わったんだから」ふいに口から突いて出たはるのさんの言葉を受けてぼくの背筋にある種の電流が流れた。頭の上のアナウンスが英語と日本語が入り混じった言葉で彼の旅立ちを急かしている。ぼくの感情が伝播でんぱしたのか空気を変えるようにタクがあたるの肩を叩いて励ましの言葉を告げた。


「じゃ、海外でも頑張ってこいよ。大会前に俺からレギュラーを奪った穀山中最強のカットマン」

「ちょっと、あたるが向こうで卓球を続けるって決めた訳じゃないでしょ」

口うるさい同学年のマネージャー、小松里奈があたるを気遣うようにしてタクの腕を払いのけた。「いや、向こうでも卓球、続けたいと思ってます」ちいさく呟くとあたるはカバンを背負い直してぼくの顔を見上げた。


「モリア先輩、あなたのおかげで卓球を続けることができました。心から感謝してます」


目を輝かせて鼻をすするあたるを見てぼくは眼鏡を手に取って目に付いたゴミを拭った。


――さきの大会で好成績を収め、地方予選大会の新人賞まで獲得したあたるはこの度、研究者である父親の都合で来月からカナダへ留学する運びとなった。


この報告を受けたのが大会後の3年生の送別式の後だったので、先輩たちは別れの台詞を奪われた形になり、残された僕たちは彼の言葉に混乱した。旅立ちの日はすぐに訪れて、あたるのために何もしてられないもどかしさがあったけど、穀山中卓球部はもう、次の世代へと移り始めている。僕らの頼れるキャブテン、松田忍さんから言い渡された新キャプテンとしてぼくは涙を飲み込んであたるにこう告げた。


「こちらこそ、一緒に戦ってこれて良かったよ。もし良かったら」


ジリリリ、と空気を読まない搭乗時刻終了が近づくことを知らせるベルが場内に響く。「じゃ、行かなきゃ。みなさんお元気で」前に踏み出し、搭乗ゲートをくぐるあたるの背中にぼくは大きな声をぶつけた。


「いつかまた、卓の前で!」


あたるは角を曲がる時に一度だけこっちを振り返ってぺこり、と頭を下げた。その時の姿勢や空気感が彼と始めて会った時と同じで僕たちは泣いてる恥ずかしさを誤魔化すようにして笑った。



「いやー、まさか新キャプテンとしての始めての仕事が部員の送別とは。中々にヘビーな仕事でしたね。モリアさん」


空港からの帰り道、前を歩く同学年のマネージャー、田中いすずがまるで自分の仕事をこなしたように疲れたそぶりでぼくを振り返った。


「まさか先輩の引退を後輩の転校にかき消されるとは思わなかった」

「まさに全国大会行きを目指す穀山中にダブルパンチ!でも、あたるくんへのモリアさんの最後の言葉、キマってましたよ!」

「……っせー。人のマジな台詞を茶化すなよ」

「お、モリア!新部長としてメンバーのやりくりで悩んでいるな!俺がサバを読んでもう一年活動してやってもいいんだぞ」

「いや、はっさんは無理でしょ。元からどう見ても中学生に見えねーし」

「なんだモリア!お前、俺をそんな年増に見ていたのか!はっはっはっ!!」


通りで大笑いをする先輩のはっさんを見てぼくはふっと息を吹く。はっさんは大会の後、右肘の遊離軟骨の剥離骨折で卓球プレーヤーとしての復帰が難しくなった。しかし、彼は下を向くことなくこうやって後輩であるぼく達に明るい態度をふるまってくれる。それがこれから卓球部を切り盛りしていかなければならないという不安を抱えるぼくにとって嬉しかった。


「そういえば、初台くんは進路とかもう決めてるー?来週、個別面談あるって話だけどー」


おっとりした口調の三菱綾香先輩がはっさんに尋ねると彼は包帯の巻かれた右腕のテーピングを爪先でつつくようにして答えた。


「俺は将来スポーツドクターになろうと思っている。理学療法士というやつだ。その職に就く為に医学、スポーツ科学に精通した県外の高校への受験を検討している」

「すげー!はっさん、進路の事とかちゃんと考えてたんすね!」

「あの大怪我からすぐに次の事を考えられるなんて大人ですね。尊敬します」


一年の後輩、ケンジとすばるの二人が驚いた顔ではっさんを見上げると「いやいや」と白い腕を振ってはっさんは笑った。


「俺がここ数日間、勝手に一人で考えているだけだ!もしかしたらセカンドオピニオンで大した怪我じゃないって発覚するかもしれんしな。その時はお前達のように必殺技を身につけて華麗に現場復帰を果たしてやるさ!がっはっは!!」


豪快に怪我を笑いとばす先輩とそれを見て湧きたてる後輩達。――大会の準決勝で彼が負った怪我は素人目から見ても軽傷とは思えない。日常生活からスポーツをこなすまでのリハビリに多くの時間を費やすだろう。今はどうしてもネガティブな思いをその右腕に感じてしまうが彼はどんな逆境でもそれを乗り越えて卓の前に戻ってくるだろう。


それが弱小卓球部員の僕たちが背中を信じて追いかけた、最後まで諦めない男、初台正義なのだから。


「で、目的もなく市内の方に歩いてきた訳だけど」


先頭を歩いていたもう一人の先輩部員、松田忍さんが後ろを歩くぼく達を振り返った。


「みんな、衝撃の出来事の連発で少し疲れただろ?ちょっとこの辺で休憩していく?」

「マツさん、言い方!それは女を個室に誘う時の台詞!」

「ああ、そうか。タク達にはまだ早かったか。すまんすまん」

「このー、先輩面してられるのは今日までっすよ!松田”元”部長!」


タクがマツさんの肩に腕をかけるようにして冗談を言い合っている。大会中、彼らの間には意識のすれ違いによってギスギスした空気が流れていたが、戦いを通して互いを理解しあい、今では前チームを立ち上げた時と同じような暖かい雰囲気がふたりや周りを包み込んでいる。彼らの衝突が無事収まったことにマネージャー陣は胸を撫で下ろし、ぼくはこれまで以上にふたりとの強い絆を感じていた。


解散式の会場にはフリードリンク制のカラオケ店が選ばれた。学生が時間を潰すのに最適な大きさの個室でぼく達は思い思いに声を張り上げてロックを熱唱したり、流行りの曲を振り付けで歌ったりした。マツさんはみんなが知っているラップの曲を入れ、ぼくとタクが別のパートを歌おうとするのを制して一人で歌い続けていた。デンモクを持つ度に「あたるの奴がいたらどんな曲を歌うだろう」と考えながら文字を打ち込んでいくと次第に演奏リストにアニソンが増えて行く。みんなぼくと同じ事を考えていたんだと思う。そしてマツ先輩はペースを崩すことなくパート毎に振り分けのある曲を彼一人で歌うのであった。


松田忍、最後の最後までつかみどころのない男である。


しかるべく時間が来て、ぼく達はカラオケ屋の前で解散した。明日も学校があるのでハネを伸ばす訳にはいかなかったけど、ちょっとした気分転換にはなった。

次第に混み始める人混みを歩きながら隣に並ぶタクがあの日を思い出すようにして言った。


「大会の決勝戦でのあの一球、俺は絶対に忘れねぇから」


ふいに発せられた強い言葉に弛んだ意識が一気に張り詰める感覚が体に流れた。タクは怒りと悲しみが混じった顔をすぐに緩めてまた普段通りの顔でぼくに告げた。


「じゃ、また明日学校でな」


駈け出すタクの背中を見てぼくは何も言い返すことができなかった。季節は9月の終わり。全中の全国大会はとっくに始まり、すでに決勝トーナメントが出揃っている。その中にぼく達、穀山中学卓球の名前はない。


「なんで、どうしてこんなことに」


一人になった人混みでとりとめのない、疑問と回答が頭の中でぐるぐると巡る。


「ぼくとタクはなぜ、あの場所に立っていない!?」


三叉路になった信号の途中でやり場のない思いからぼくはおもわず声を張り上げていた。


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