二十一章
「どうやら、桜井先生というオブジェクトは、キャンサーとなってしまったようだね」
少年会長は厳しい顔で言った。
「キャンサー? はっ! むしろアタイは今のこの状態が本当の姿って感じさね!」
デビル桜井は、バイクにまたがったまま、そのマフラーを景気よく吹かせた。バリバリッ。いかにも頭の悪い音が響いてくる。
桜井先生、なんでこんな姿に……。
さすがにショックだった。あの白衣、超似合ってたのに。白衣補正で、あのおっぱい、すごく魅力的だったのに。なんでこんな、昭和のレディースっぽい誰得キャラになってるの? そりゃ、体にぴったりしたライダースーツはめちゃくちゃ魅力的だよ? それだけなら最高だよ? 拝みたいレベルだよ? でもやっぱり、失ったものがあまりにも大きすぎる! そうだ、僕は本当に先生の白衣おっぱいが好きだったんだ。あのころの先生に戻ってほしい。一刻も早く!
「会長、どうやったら先生を元に戻せるんですか! 教えてください!」
少年会長の肩をつかんで、必死に尋ねた。
だが、
「残念だが、一度キャンサーと化したオブジェクトを元に戻す方法はない」
なんと! ずっとあのままなんですって! そんなあ……。
いやでも、しゃべると残念だけど、ビジュアルだけなら最高だし、受け入れるのもありかもしれない……。
「わかりました! 僕は、白衣萌えから、ライダースーツ萌えに切り替えます!」
「何言ってるの!」
ばきっ! 花澄ちゃんの拳が飛んできた。
「こうなった以上、先生を倒すしかないでしょ! 心を鬼にして!」
いや、あんた、ほぼいつでも鬼じゃん? 修羅の化身じゃん?
「アタイたちを倒す? たったそれだけの人数で? 笑わせてくれるじゃないか!」
デビル桜井は大きく声をあげて笑った。それにつられるように、舎弟のモンスター暴走集団も笑い始める。
「キー!」
「キー!」
見た目はそれぞれ違っていても、中身はみんな量産型の戦闘員のようだ……。
「桜井先生はともかく、他は下劣極まりない集団ね。ナパーム弾でも落としてまとめて焼き払いたいところだわ」
「かわいくないよねー」
一之宮姉妹がつぶやく。
「はっ! 余裕ぶっこいてるのも今のうちだよ! さあ、野郎ども! あのお子様集団をぶちのめしてやりな!」
デビル桜井は、羽を広げて空に舞い上がりながら、舎弟達に命令した。「キー!」そんな声を上げて、たちまちモンスター暴走集団がこっちに向かってきた! 手にはそれぞれ、刀や釘バットや鉄パイプや冷凍イカなど、殺傷力の高いものを握っている。
「のわっ!」
その勢いに圧倒され、僕はとっさに後ずさった。
だが、何も心配はいらないようだった。僕たちはすぐにココ先輩の
モンスター暴走集団は、そのバリアを破ることはできないようだった。透明な光る壁を手でどんどん叩いて、何か大きな声でわめき散らしている。その表情はまさに、鬼……っていうか、元からモンスターなんだけどね。
「なんか、俺ら、超人気スターになって、熱狂的ファンに囲まれてるみたいだなー」
健吾はそんな集団を見てにやにや笑っている。まあ、確かにそんな感じだなあ。
「ほんとに見苦しい集団ね。ロロ、はやく片付けてしまいなさい」
「はーい」
と、一之宮姉妹が言うや否や、その熱狂的ファンのみなさんの様子が一変した。
めりめりっ!
そんな鈍い音とともに、みなさん、地面に倒れてしまったのだ。ものすごく苦しそうに体を震わせて。
そっか、ココ先輩のバリアの中からでもロロ先輩の
「そこの自爆野郎、なにぼっとしてるの? あなたも掃除に協力しなさい」
「え? 僕ですか?」
「そうよ。あなたのナントカとかいう炎をまき散らす技よ。早く使いなさい」
ああ、
「じゃあ、行きますよ!
ぼー。
「ギャアアアアアッ!」
たちまちバリアの外に蒼い火の海ができ、地面に倒れているみなさんは、火だるまになった。
「スゲーナ。炎と重力の広範囲攻撃だぜ」
健吾はバリアの外の世界を見つめて、はしゃいでいる。まあ、実際すごい光景だった。ものすごい数のモンスター暴走集団が、ひとり残らず地面に這いつくばり炎上してるんだから。その苦悶の表情と、苦痛のうめき声はすさまじい。まるで地獄絵図だ……。
「きゃあ。みんなの顔、すごくかわいいー」
ロロ先輩は相変わらず楽しそうだ。
「フフフ、圧倒的じゃないか、わが軍は」
少年会長は意味不明に勝ち誇っている。あんた、何もしてないじゃん。
「これ、本当に敵の最終防衛ラインなんですか? どう見ても、ザコばっかりなんですけど?」
花澄ちゃんが尋ねると、
「間違いありませんわ。どうやら敵は質より量の作戦に出たようですわね。そして、それが裏目になったようです」
胸ポケットの琴理人形が答えた。確かに、僕やロロ先輩の
やがて、モンスター暴走軍団は全て息絶えたようだった。
「ア、アタイのチームが……」
ずっと空の上に待機していたらしいデビル桜井が、真っ青な顔で降りてきた。周りは焼け野原で死屍累々だ。
「キャンサー桜井、もはや勝負はあったようだね!」
少年会長が偉そうにデビル桜井を指さす。いや、だから、あんたなんもしてないだろ?
「ふ、ふん! ふーんだ! まだアタイは無傷だよ! 勝負はこれからだよっ!」
デビル桜井は空の上からあっかんべーをしてきた。
「ってか、アタイをなめてもらっちゃこまるよ! アタイにはとっておきの切り札があるんだからね!」
「切り札?」
なんだそれ?
「お前たちも知っての通り、アタイは元はこの学園の保健医! この学園の生徒の情報はバッチリつかんでるのさ!」
と、デビル桜井は、ココ先輩のほうを向いた。
「ねえ? アタイのかわいいココ犬ちゃん?」
「な――」
戦慄した。デビル桜井、その言葉を使っちゃうのかあっ!
「は、はい。なんでしょう、桜井先生……」
ココ先輩はたちまちバリアを解除して、デビル桜井のほうに歩いていく。恍惚の表情で。ダメじゃん! 僕たち戦闘中じゃん!
「ココ先輩、しっかりしてください! 相手は敵――」
「おどきなさい! そこの虫けら!」
ドゴッ! ココ先輩の腕をつかんだ瞬間、バリアで殴られてしまった。
ココ先輩はそのまま、デビル桜井の懐に飛び込んでいく。四つん這いで。
「フフ、これでバリアは使えないねえ……」
ココ先輩の頭をナデナデしながら、デビル桜井はにやりと笑った。まさに悪魔の笑み。卑怯すぎるぞ、デビル桜井!
「あ、お姉ちゃん取られちゃったよ、ゴロー君? どうしよう?」
「いや、どうしようもなにも、取り返すしか――」
「桜井先生、お姉ちゃん返して! 返してよー!」
ロロ先輩は叫び、いきなり
「ぎゃああああっ!」
重い重い重い! なんでこんなところで使うかな! みんな巻き添えになってるから、やめてー!
「はっ、一人抜けただけでそのザマか。笑わせるねえ」
デビル桜井はココ先輩を懐に抱えて、
「あ、もしかして、ロロたちピンチなのかな?」
ロロ先輩も、そこで自分のしたことに気づいたようだ……って、遅すぎですよ!
「ロロちゃん先輩、
「えー、でもお姉ちゃんが……」
「ココ先輩は僕がなんとか回収します!」
伝説の剣(仮)を握りしめ、二人の元に走った。
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