死を呼ぶ喫茶店

村木 岬

奇妙な喫茶店


もう嫌だ。


私は会社の屋上から飛び降りた。


 飛び降りたはずなのに、死ねたはずなのに、目を覚ました。そこは、会社の下でもない、病院でもない、ただ辺り一面真っ白な空間だった。もちろん、他には誰もいない。


 方向もわからないまま、とぼとぼ歩いた。


「ここは、天国か地獄なのか。」


 独り言を呟く。次第に、何かに導かれるように歩いていることに気づいた。


 しばらく歩くと、真っ白の中に初めて色が見えた。それは、全体が茶色で周りを色とりどりの花に囲まれている、一軒の家だった。


 近づくと、看板のようなものが立っていることに気づいた。


『喫茶 彼の始まり』


 看板にはこう書かれていた。変な名前、率直で当たり前の感想だと思う。ただ、この世界について誰かに聞けるかもしれない絶好の機会だった。


 店の前に立つと、恐る恐る扉を引いた。


「いらっしゃいませ」


 店内はコーヒーの匂いが漂う少しレトロな雰囲気だ。店内には、60代ぐらいの口髭を蓄えたマスターが一人しかいない。


「こちらへどうぞ。」


 優しい物言いのマスターに案内されるままに、カウンターに腰を下ろした。


「あの、ここはどこなんですか?私は確かに会社の屋上から飛び降りたはず・・・」


 自分が今、どんな状況にあるのかをいち早く知りたかった。


「まぁまぁ、そんなに焦ることはありませんよ。まずは、何かお飲み物を飲み終わってからお話ししましょう。」


 メニューを差し出される。ブレンドコーヒー、アメリカン、ミルクティー、オレンジジュースと、大体の飲み物は揃っていたが、無難にブレンドコーヒーを頼んだ。


「かしこまりました。」


 マスターは、豆を引き、コーヒーをいれ始めた。コーヒーが溜まっていく音だけが店内に響く。何の変化もなく、ただ時間が徐に過ぎていく。

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