いちじくのケーキを食べながら少女は戯れに推理する
今朝方の霧はすっかり晴れ、客間の高い窓からは穏やかな秋の陽が差し込んでいる。シャーロットの金髪に陽の光が透けているのをジョシュアは眩しく眺めた。ソファに掛けている姿はまるで金のしべをもつ青い花が咲いているようだ。居を別にする異母妹という関係上ごくたまにしか会わないが、最近は見るたびに大人びて、かわいらしい少女から美しい女性へと変貌を遂げていく様に、毎度軽い驚きをおぼえてしまう。
シャーロットが持参したケーキはドライフルーツを練り込んだパウンドケーキの一種で、クリームなどはついていない。大勢の使用人がいて大きな台所がある彼女の屋敷では、こういったケーキにはクリームを添えて出されていたが、この家では新鮮な玉子やミルクを常備する習慣がないのでケーキは切り分けたまま供された。
薔薇の飾りのついた小さなフォークにケーキを載せては少しずつ口に運びながら、シャーロットは考え事をしていた。
「ねえお兄さま、」
「なんだい」
ジョシュアはケーキの中の甘いいちじくを噛みながら鼻腔の表面に残る血の臭いの粒子をどうにか忘れようとしていた。
「あの亡くなった方はいったい何処から来たのかしらね?」
「好きだねぇ、君は。そういう話が」
「あら、だって気になるわ。お兄さまだってまさか全然考えていらっしゃらないわけじゃないでしょう?」
ジョシュアは肩をすくめる。
「ねぇ、あの人は昨夜、一体どこに行こうとしていたのかしら?ここは高級住宅地だし、イーストエンドからも離れているわ。そのへんのごろつきが目的もなくうろつくような場所じゃないでしょう?だけど彼がこのあたりに住んでいたとしたらとっくに家の誰かが気づくと思うの。お客様だとしてもそうよ、予定していた訪問がなければ待っているおうちは不審に思うはずだわ」
「そうだねえ。幸いにして我が家の住人でも客でもなかったわけだが」
「ねぇお兄さま。彼はここではなくてどこか別の場所で亡くなったのじゃないかしら。だって昨夜はおかしな物音や叫び声は聞いていないのでしょう?」
「ああ。じゃ彼はどこかで殺されたあと、誰かが運んできたというの?あの様子じゃ馬車がだいぶ汚れたろうね」
「馬車じゃないのかもしれないわ……」
シャーロットの瞳が遠くを眺めるようにうつろう。
「それに、そもそもこれは殺人なのかしら」
「どういうこと?」
「だってあれは、まるで獣が喰い散らかした後みたいだわ。狼か、ライオンか、何かものすごく獰猛な」
「その狼かライオンがロンドンに出たら大騒ぎだな。しかし人間の殺人者を見つけるより容易いかもしれないね。人間はたとえ本質が獣でも、兎のように臆病で穏やかな仮面をつけて平気で歩き回ることができるからな。でも謎はどんどん深まっているよ、シャーロット。昨夜は静かだったし、悲鳴も、もちろんライオンの唸り声も聞いていない。馬車は何台か通っただろうが、どこかでライオンが喰い散らかした『あれ』を運んでくるのはだいぶ手間のかかる作業だ。となると……」
「あっ」
シャーロットが思いついたように声を上げた。
「ねえお兄さま、まさかライオンを飼っていたりしない?お仕事であちこち出掛けているでしょう?カイロかカサブランカで買ってきたとか」
「まったく君はとんでもないことを思いつくね。仮に買ったとしてどうやって連れてくるんだ」
「あら、もしかしたらかわいらしい赤ちゃんライオンだったかも。猫のようにちいさなライオンの愛くるしさに、どうしても欲しくなって、かごに入れて連れてきたけどそれがどんどん大きくなって……」
「僕は君の想像力がどんどん膨らんでいくことに驚いているよ」
「それでスラムからだまして連れてきた餌をぽいっと窓から……」
「人間を餌と言うな。それに餌なら最後までたいらげるだろう」
「そうよねえ。もったいないですものね」
「そういう問題じゃなくて」
「少なくとも、こっそり殺そうなんて思っていない人の仕業だということね。獣だとしても、おなかをすかせてはいなかったのでしょうね」
「腹が減っていないのに、人間を襲うかね?」
「……それで思い出したわ」
シャーロットはケーキの最後のひと欠けを食べて言った。
「ねえお兄さま、カラスが何時に鳴くか知っている?」
「夜明け前かな。五時くらい?」
「夜中の二時よ」
「だいぶ早いな」
「うちのカラスだけかもしれない。毎夜その時刻に鳴きだすの。そしてとにかく昨夜の二時にはこう鳴いたのよ。『時の扉が開いた』」
「時の……?」
「それから『地獄の遣いがやってくる』って」
客間が沈黙した。これはロンドンに飢えたライオンが出没するよりも突飛な話だ。
「……地獄の遣い?それが『あれ』を殺した?」
「さあ、わからないわ」
シャーロットは窓を見てにっこりと微笑んだ。
「ただカラスがそう鳴いたというだけ。それで夜が明けたらお兄さまの家の前で人が亡くなっているって話を聞いて、見に来たのよ。もしかしたら殺人とは全然関係ないのかもしれないわ。お兄さまはどう思う?」
窓枠にはロッドとリリーが行儀よく並んで止まっていた。
【朗読はコチラ!】
https://youtu.be/YY9DHBP9N1o
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