血のにおいに引き寄せられて美しい客がやってくる
ところが二人が玄関に出た途端、その計画は流れてしまった。本日二組目の客と鉢合わせしたのだ。
「ジャック、血の臭いを嗅ぎつけてくるのは野犬だけではなかったようだよ」
「おはようお兄さま。刺激的なニュースを聞いて、我慢できなくて来てしまったわ」
ドアの前には、乳母を連れ、パラソルをさした少女が無邪気に微笑んでいた。仕立てのいい紺色のドレスには、白いレースの襟と、ウェストから裾まで巻き付く水色の大きなリボンがあしらわれている。ドレスと揃いのリボン付きの帽子は、薄いブロンドの巻き毛によく映えていた。
「シャーロット……育ちのいい女性はふつう殺人事件の現場なんて危険な場所には近寄るもんじゃないよ。なぜ君はわざわざ殺人事件と聞いて駆けつけてくるんだ?」
今年十五歳になる異母妹のシャーロットは郊外の屋敷に両親と共に住んでいる。路肩に停められた一頭立ての小型の馬車で来たのだろう。
「死人はそこだ。もう見たろう。さあ帰って勉強でもしていなさい」
そう言って閉めかけたドアの隙間からシャーロットはするりと中へ入った。
「宿題は終わったし家庭教師は風邪でお休みよ。お茶の一杯くらいいただいてもいいじゃない。いちじくのケーキを持ってきたわ」
おとなしく引き下がるような妹ではない。通常、未婚の女性の付き添いは家庭教師が務めるものだが、今日は乳母が来たところを見ると風邪というのは案外本当なのかもしれない。しかし要領の良さにかけては家族の中で最も秀でている妹を、完全に信用してはいけない。現にシャーロットは、あっという間に客間のソファに落ち着いて優雅に紅茶を飲んでいる。
「二階からじゃあまり見えないのね。お兄さまのお部屋からのほうがよく見えそう」
「だめだと言っても行くんだろう」
ジョシュアの家は十七世紀に建てられた四階建てのタウンハウスで、エヴァンズ卿が所有していたものを二十歳の年に譲り受けた。地下が台所、
寝室に入るなり窓に駆け寄ったシャーロットは、嬉しそうに声を上げた。
「ほら、やっぱり!」
確かに客間から一階分上がった寝室の窓からは惨劇の現場がよく見えた。視点が高くなるので家の柵や取り囲む警官に遮られることなく死体を真上から見下ろせる。
「本当はもっと近くで見たかったわ。でも警官がたくさんいたし、新聞記者も話し掛けてきたので諦めたの」
さも残念そうにシャーロットが言う。記者、とはさっきの男だろう。
「何か話した?」
「まさか。ごきげんようってご挨拶しただけよ。それにしても見事にぐちゃぐちゃね。まるでライオンにでも襲われたみたいだわ」
貴族の箱入り娘は、紹介されてもいない見知らぬ男性と軽々に会話を交わすことは教えられていない。
窓の外にはカラスが集まってきていた。その中に白いカラスが二羽混じっている。シャーロットは軽く手を上げて、カラスたちに微笑みかけた。
「ロッド、リリー」
「カラスを連れてきたの?」
「ついてきたのよ」
ロッドとリリーの二羽は、くるりくるりと輪を描いて飛び、街路樹の枝に行儀よく止まった。
シャーロットはカラスを操る不思議な力を持っていた。
「操っているわけじゃないわ。ただ、何ていうのかしら。心が通じるだけ」
と、彼女は言う。幼い頃からよく動物に話しかける子どもだったが、とりわけ鳥はよくなついた。彼女が成長すると、鳥たちはなつくというよりも付き従っているように従順に振る舞った。今では屋敷の裏手の森に住むカラスは彼女の忠実な私兵のようだ。ロッドとリリーはその中でも珍しいアルビノのカラスで、純白の羽と赤い瞳を持っている。
「君が中世に生まれなくてほんとうに良かったと思うよ」
「今ごろ魔女裁判にかけられて火あぶりになっているかしら」
西洋では昔からカラスと黒猫は魔女の遣いとされてきた。シャーロットの従僕……ならぬ従カラスたちは街路樹や屋根の上に落ち着き、おとなしく羽根を休めている。屍肉にたかるほど飢えてはいないらしい。地上では日が高くなるにつれて人通りが多くなり、野次馬も増えたので、やがて死体は大きな布で隠されてしまった。
「仕方ないわ、下りてケーキをいただきましょ」
シャーロットは興が冷めたように言うと、さっさと寝室から出ていった。
【朗読はコチラ!】
https://youtu.be/98jyiU007U8
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