第31話 心深く秘めた想い。

 ピンポーン……

「はーい」

 再びベッドにダウンしていた私の代わりに、ソラタがインターホンに出る。

「……!……だ!今……るね!」

 朦朧とした意識の向こうで、ソラタが何か叫んでる。

 ……あ、来てくれたのかな、セイくん……。

 ……プレゼント、受け取らなくちゃ……そして夜中まで、廊下に隠して……。


「ママ!ねえママ!サンタさん!サンタさん来た!!」

 ソラタが私を揺さぶっている。

「え、何?どうしたの?」

「サンタさん!サンタさん来たんだよ!僕にこれ、くれた!ほんとのほんとのサンタさん!」

「え……えええ?」

 どういうことだろう。ええと、確か引換券はセイくんが持ってって……パパがサンタなわけはなくって……あ、ダメだ、思考がぐーるぐる。

 しかしソラタの両手には、確かにプレゼントの大きな包みが抱かれている。

「あらまー……これ、もらったの?」

「うん!」

「サンタ、さんに?」

「うんっ!」

 ソラタの満面の笑顔。

 ああ、この顔が見たかったんだ――。

 ありがとう、サンタさん。(……本人がサンタだって言ってるんだからサンタが来たんだろう。もう深く考えまい)

「よかったねぇ、ソラタ」

 私はソラタの頭を撫でた。

 その時、また呼び鈴が鳴った。

「あ、僕出る!」

 ソラタがインターホンに駆けていく。

 今度こそ、セイくんだ。お礼しないと。私はベッドからよっこいせと立ち上がった。

「いらっしゃい、お兄ちゃん!」

「おじゃましまーす」

 ソラタに案内されて、セイくんがリビングに入ってくる。

「セイくん、今日は色々お世話になっちゃって……なんてお礼いえばいいか」

 私はふらふらと出迎える。ああ、ノーメイク。パジャマ代わりのジャージ。マスク。適当に縛った髪は汗でベトベトしてる。なんかもう色々ダメな感じですが許してください。

「いえ、大したことしてませんから。ヒカルさんこそ、座っててくださいよ」

「もうほんとごめんなさいね、こんなんで。あの、よかったらケーキだけでも……あ、おうちで親御さんが待ってらっしゃるのかしら。だったらぜひ折り詰めに。シチュー好き?あとチキンパイもすぐ焼けるし、ミートローフも結構うまくできてて……」

 キッチンを右往左往する私の肩に、セイくんが両手を置いた。

「ヒカルさん、座ってて」

「……ハイ……」

 そのままくるりと回れ右させられて、ソファにストンと座らされる。

「……あのねぇヒカルさん、時々僕のこと、まだ高校生だと思ってません?」

「え?あ、いや、ごめんなさい……大学生になった……んだっけ?」

「親御さんとか……僕もう就職決まってますよ」

 ちょっと拗ねたように言うセイくんを、改めてしげしげと眺める。

「わあ、そうか。どうりで大人っぽくなったわけだ。いやー、人の子の成長って早く感じるっていうけど、ホントなんだなー」

 あはははは、と後ろ頭を掻いた私を、なぜかセイくんがまだ不満げに睨んでいる。

「いただいていきますよ。ちょうど一人暮らしで、ケーキの配達してたら自分のメシ買いそびれたし!」

「じゃあすぐ準備――」

 立ち上がりかけた私を、再びセイくんの両手がガシッと押さえつける。

「だ・か・ら。僕やりますから!シチューとミートローフでしたっけ?」

「あ、あとチキンパイ……」

「わーい!お客さんとクリスマスパーティーだぁ!」

 ソラタだけが、無邪気に喜んでいる。

 私の指示通りに、セイくんがてきぱきと食卓を準備する。ソラタは終始ご機嫌で、スプーンを出したりコップを並べたりとかいがいしく手伝っている。

 そして。

「いっただっきまーす!」

 にぎやかなクリスマスパーティーが始まった。


「あら、寝ちゃった」

 時計は9時ちょっと前。

 さすが男子、作りすぎた料理もセイくんがたらふく食べてくれて、八割方片付いている。私は風邪で味が全然しなかったけど、昼間ずっと(ソラタが)寝てたおかげで比較的調子が良かった。

「ふふっ。去年のイブは『サンタさん来るまで起きてる!』なんて言って11時くらいまで粘ってたのに。今日はよっぽど楽しかったのね」

 ソラタはプレゼントのブロックを組み立てながら、リビングの床で眠ってしまっていた。セイくんがそっと抱き上げて、寝室に運んでくれる。

「えっと……じゃ、僕も、ここ片付けて帰りますね。ヒカルさんは休んでて」

 そう言って、今度は残り物にラップをかけだした。うおお、なんてよくできたお子さんだ。きちんとしたお母様に育てられたんだろうなぁ。

「あ、ごめんなさい、何から何まで……回復したら必ずお礼、させて!」

「お礼なんて……僕もメシ、食わしてもらったし」

 セイくんはこちらに背を向けて、洗い物に取り掛かる。

「ねえセイくん。独り言みたいなもんだから聞き流してくれていいんだけどね。ソラタねぇ……自分にはサンタさん、来ないんじゃないかって言ってたのよ。学校で、サンタは実はパパだって誰かに聞いたらしくて……うち、ほら、パパいないから」

 私はセイくんの背中に向かって話す。

「セイくん、ひと芝居打ってくれたんでしょ?ソラタ、ほんとのサンタさんが来たって言って、すっごく喜んでた。ほんとに……ほんとに、ありがとう」

 なぜか鼻の奥が熱くなってくる。セイくんは黙って聞いていた。

「私ってば、肝心な時に風邪ひいちゃうしね。私ひとりじゃ、あんなに喜ばせてあげられなかった……」

 ジャーッと水音がして、私の涙声はかき消された。

「ヒカルさん」

 洗い物を終えたセイくんが、こっちを向いた。

「僕……俺、なんていうか、いつでも呼んでください。ソラタくんさえ良ければ、どっか遊びに行ってもいいし」

 セイくんの笑顔につられて、私も笑顔になる。人間って不思議だ。

「ありがとう、セイくん」

「じゃ、僕、帰ります。ちゃんと休んで、早く治してくださいね」

「うん」

「あと、これ」

 セイくんが、今度はうつむいたまま、小さな紙袋を差し出した。

「え?何?」

「クリスマス、ですから」

 そう言ってセイくんは私に紙袋を押し付けるとドアを開けて出て行ってしまった。

「え、ええー!?」

 紙袋の中には、きらきら光るスノードームと栄養ドリンク。

 セイくんはその日、完璧にサンタさんをやってのけたのだった。

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