母
シュート
第1話 「約束の場所に届かぬ虹の橋」(孔 千津子)
1-1
4月の風が開け放した窓からくるくる回りながら部屋の中に入り込んでいる。
「このオムレツおいしいね」
最近、父は料理の腕をあげた。今朝はオムレツと野菜、キウイフルーツに胚芽パン1枚がワンプレートに載っている。娘のことを思ってか、最近は割とヘルシーなメニューが多いのも嬉しい。
「そうだろう。スパニッシュオムレツだ」
自分の作った料理を初めて娘に褒められて、まんざらでもないようだった。
高梨百合は14歳で、この春に中学3年生になったばかりだが、来春の高校受験に向けて今から勉強に精を出している。
「何でも長くやってれば上達するもんだね」
「上から目線だなあ。でもその通り。勉強だって同じだから頑張れよ」
「言われなくても頑張ってるよ」
「そうだよな。昨日も夜遅くまでやってたみたいだし」
授業料のこともあり、都立高校受験を目指している。本当は、かわいい制服が着られる 私立高校に行きたかったけれど…。
「まあね」
「それはともかく早く食べないと遅刻しちゃうぞ」
父の目線の先の掛け時計を見ると、確かにゆっくりはしていられなかった。
「は~い」
急いで食べている百合を見ながら、父は自分の分を黙々と食べている。
「ごちそうさま」
そう言って、自分の食器を流しへ持って行く。横にはいつものように父が百合のために作った弁当が置いてある。今でこそ慣れたけど、最初の頃は父親手作りの弁当というものに、どうしても違和感があった。一応学校まで持って行ったものの、少しだけ手をつけるだけで、ほとんど食べずに帰った。残りはすべてゴミ箱に捨てた。空腹は帰りにコンビニに寄り、おにぎりかお菓子を食べてしのいだ。夜に帰宅した父親から弁当の感想を求められ、「まあまあだったよ」などとごまかしていた。
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけて行くんだよ」
新聞から半分だけ顔を出して言っているであろう父親の声を背中で聞きながら外に出る。
春の柔らかな日差しに照らされ、百合は深呼吸をして朝の匂いを胸に詰める。
学校までは歩いて20分。自転車通学も許されているが、百合は徒歩で通っている。歩きながらいろんなことを考えるのが好きだから。それに、ひっそり好意を寄せている同級生の村中亮と会えるというのも大きな理由である。
角を曲がった先に亮の背中が見えた。急いで走り寄る。
「おはよう」
「おう、百合。おはよう」
「今日は早いね」
「竹田と打ち合わせがあるからさ」
亮は学級委員長で竹田聡は亮が一番信頼している友人だ。最近自分たちのクラスの一部の生徒の間で風紀が乱れていると担任から言われていて、その件で話し合うのだろう。
「例の件?」
「そう」
百合は亮の、繊細さと無骨さを併せ持っているようなところが好きだった。それに、亮は交通事故で早くに父親を亡くしていて、自分と境遇が近いことにも勝手に親近感を抱いている。
いつか、そういう思いを話し合うことができればと思っている。
1-2
母が最初に癌を発症したのは、百合が4歳の時だった。たぶん、幼稚園の年少か年中だった。なので、当時の母の様子はほとんど覚えていない。だが、明確に覚えていることが一つだけある。
それは、近くに住む母方の祖母の家に遊びに行った帰りに、祖母に自宅までに送ってもらった時、部屋で倒れている母の姿を見たことだ。その映像は、隣にいた祖母の悲鳴のような叫び声とともに、鮮明に記憶に残っていて、今でもごくたまにフラッシュバックのように蘇えることがある。当時の自分には、母に起きていた異常はわからなかったはずなのに、心が凍るような衝撃が脳を強く刺激して記憶として残しているのだろう。
これは後々知ることになるのだが、部屋で倒れていた母は救急車で病院に運ばれ、様々な検査を受けた結果、ステージ2の乳癌と告げられたという。自身の母親を同じく乳癌で亡くしているいる母は、どんな思いでそれを聞いたのだろう。今では癌も治る病とされるけれど、自分も親と同じ病にかかってしまったことに、運命を呪ったのではないかと思う。ただ、ステージ2ということで、治療を続ければ治ると言われ、不安を抱えながらも母は前向きに病気と闘っていたのだ。
少なくも、百合の前では暗い顔を見せたことは一度もなく、以前と変わらぬ優しい母であった。ただ、ある時突然母にこんなことを言われたことを覚えている。
「百合ちゃん、もしママがいなくなってもお利口にしていられる?」
おもちゃで一緒に遊んでいる時に突然言われたのだ。百合が母の顔を見上げると、いつになく真剣な眼差しで自分のことを見ていた。けれど、その顔には決して悲しみは見られず、むしろ微笑が浮かんでいた。けれど、その笑顔は冬の光のように透明で弱々しかった。そんな母の顔に、得体のしれなぬ不安を感じ取った私は泣いてしまった。
「ごめん、ごめん。大丈夫よ。ママはずっと百合ちゃんと一緒にいるから」
そう言って、一番愛しいものだけに向けられる表情で、強く強く抱きしめてくれた。百合にとっても忘れがたい大切な思い出の一つだ。
母に感情の揺れが見られたのはその時だけで、以後は再び平穏な日々が訪れた。ママは月1回病院に定期検査に行ってはいたけれど、特に変わったことはなかったようで、家族で楽しい日々を過ごしていた。だが、そんな日常もある日突然また壊れることになってしまったのだ。
3年後、母の癌が肺に転移したことがわかった。その時は、日頃気丈な母もさすがに落ち込んでいたように思う。恐らく、最初に癌を告げられた時よりも辛かったのではないだろうか。一度経験した悲しみは、二度目にはより深くなる。病院から祖母と一緒に帰って来た母に百合が話しかけても、濁った暗い沼のような目をした母は何もない空間を見つめたまま何も答えてはくれなかった。百合は小学校3年生になったばかりだった。以来、時々母に代わって、祖母や叔母が百合の世話をしてくれた。
癌の進行に合わせ、母は入退院を繰り返すことになる。それでも、家にいる時の母は普通に家事をこなしていた。『普通』であることが何よりも、母にとっては大事だったのかもしれない。
この頃から父の帰宅時間も早くなった。仕事人間だった父は、それまで毎日のように夜遅くにならないと帰宅しなかったが、まるで人が変わったようだった。母にも、百合にも、以前に増して優しくなっていた。その理由はある日父と母から直接聞かされて知った。
何度か目の入院で、母の身体は子供の百合の目から見てもわかるほど痩せ細ってしまった。ようやく退院して家に帰って来た母に、話があるから来なさいと言われ、母の部屋に入ると、そこには父もいた。二人とも、できるだけ深刻な顔を見せないようにと配慮してなのだろう、薄い笑顔を作っていた。
部屋の暖房が少しきき過ぎているように思えたのは、自分も緊張していたからだろうか。
子供なりに空気の重さを感じていたから、当時一番のお気に入りだったウサギのぬいぐるみを持っていくことを許してもらった。
「これから大事な話をするからよく聞くんだよ」
父が声を絞るように言った。
動揺を悟られないようにしていたつもりだったかもしれないけど、父は元々わかりやすい人だった。乾いた唇を舐めている。
私は私で両親の表情から懸命に何かを読み取ろうとしていた。
「百合ちゃんは今年9歳になるのよね」
今度は母が優しく話しかけてくる。
でも、平静であろうとするあまり母の声が少し震えている。
「うん」
「まだ子供だけど、そろそろいろんなことがちゃんとわかる年頃になったから伝えておくことにしたの」
母の表情からして、聞きたくない話をするのだろうと感じていた私はイヤイヤをした。
「百合ちゃん、ちゃんと聞いて、お願い」
母のまっすぐな目に見つめられ頷くしかなかった。
「うん。わかった」
父は母の横顔を心配そうな表情で見ている。
「ママが病気で入退院を繰り返しているのは知っているわよね」
「うん」
「病院の先生たちは一生懸命に頑張ってくれたのだけど…」
ここで母は言葉に詰まってしまった。苦しそうな母を見かねて父が母に声をかけた。
「ママ、僕の口から言おうか」
「ううん、大丈夫。やっぱり自分から伝えたいの」
「そうだよね、わかった」
「百合、ママはね、あと半年しか生きられないの」
あの時のことを後に何度も思い出すけれど、あの時感じたであろう自分の感情のことは思い出せない。ただ、自分の膝の上に置いたウサギのぬいぐるみを無意識に強く抱きしめたことと、張りつめた空気の中で母の顔が苦しそうに歪んでいたことだけは覚えている。
もちろん、母の言葉は理解できた。ただし、母がこの世から、自分の前からいなくなるという現実を現実のこととして理解することも、受け止めることもできなかった。だから、4歳の時のように泣くことすらできず、言葉の意味を考えずただの音として聞いた。
「……」
「百合、百合、百合」
父は私がショックのあまり口をきけなくなったのかと思ったのかもしれない。私の肩をつかみ、揺するようにしながら私の名を連呼した。
「あなた、百合はちゃんとわかってくれているわ」
「そうか…」
「だからママね、百合にお話ししたいことを、たくさんこのノートに書いておくことにしたの」
そう言って母は一冊のノートを私に見せた。
「もし、何か困ったことがあったり、哀しいことや辛いことがあったり、ママとお話ししたいと思った時はこのノートを見てね」
「うん」
1-3
梅雨雲の空が灰色のまだら模様に浮かんでいる。
水を吸った綿のように全身が重かった。
また、百合にとって一番嫌いな授業参観日が近づいている。そもそも授業参観なんて意味があるのだろうか? 親などに授業風景を見てもらうというものだけど、一年に一回、いかにも参観日用の授業をする教室に来ても、何も見えないし、何もわからない。たとえば、先生の裏の顔とか、生徒間で起きているいじめの実態などわかるはずもない。
しかし、百合が授業参観日が嫌いな理由はそこにない。百合が鬱陶しいのは、授業参観日の前後に、先生や友達も含めた他の生徒から投げかけられる慰めの言葉だったり、へんな気遣いだ。
授業参観日は通常平日に行われるため、ほとんどは母親が参加する。しかし、百合の家には母親がいない。クラスの中にはそのことを知っている生徒も、知らない生徒もいる。知っている生徒は、そのことを話題にして、「かわいそうね」とあからさまに言ってくる子がいたり、口には出さないけど憐れみの表情で見てくる子もいる、純粋にそう思っている子はともかく、そう言った時の百合の反応を見たいがためにわざと言ってくる子もいる。子供ほど残酷な生き物はないと百合は常日頃から思っている。先生は先生で、百合の前では極力その話題を出さないようにするみたいなへんな気を遣ってくる。
百合は全生徒の前で大声で言いたい。
『私はかわいそうなんかじゃない』と。
現実に母はいないけど、私はそのこととは別に一人の女の子として生きている。母の死と私との関係は、あくまでも、私と私の母との間の個人的問題だ。他人には関係ないし、他人に介入してほしくないのだ。憐れまれたり、同情されたり、気の毒そうな顔で接しられたりすると、私と母の関係が汚されたようでたまらなく嫌だった。
クラスで一番仲のいい富田美夕にはそう伝えた。美夕は「そうなんだ」と行った後、「わかるような気がする」言った。『わかるような気』って何と思った。彼女なりの優しさなのかもしれないけれど、自分で伝えておきながら、なんかスッキリしなかった。いっそのこと、わからないって言われたほうが良かったかも。ほんとうのところは本人にしかわかり得ないものだろうから。
それでも、同級生に『かわいそう』と言われる度に不快な気持ちになり、思わず「私、かわいそうじゃないけど」と返してしまうこともあった。すると、たいていの場合、相手は私の思わぬ反応に目を見開き、下を向いてぼそっと言う。
「そう…」
相手の子は自分の言葉の何が百合を怒らせてしまったのかわからないのであろう。
「だから、もうそんなこと言わないで」
「なんか、ごめん」
「ううん」
結局、いつもこんなへんな終わり方をして、場には白けた空気が流れるだけ。こんなことを繰り返しているのもどうかなと思い始め、百合は母親と父親の違いはあるけれど、同じような境遇にいる亮に意見を訊いてみたくなった。
放課後、亮が一人でいるのを見つけて近づいた。
「あのさあ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。何?」
母親がいないことに関する周囲の反応と、それに対する自分の思いをすべて話した。
「ふ~ん」
「亮もお父さんがいないじゃない」
「ああ」
「同じような思いしたことない?」
「もちろん、あるよ。確かに鬱陶しい」
「そんな時、どうするの?」
「時と場合によるけど、へんな同情とか憐れみみたいなことされた時は、俺はっきり言うよ」
「なんて?」
「俺、同情とか憐れみなんて不要だから、一切やめてくれないって」
「私も、それに近いことを言ったことがあるけど、そうしたら白けた空気になっちゃって」
「そんなこと気にする必要ないよ」
「亮って、強いね」
小さくて整った顔に、黒曜石のような美しい瞳を持つ亮に、心を奪われそうになる。
「これって、強いのかなあ。俺、案外好き嫌いがはっきりしてるから、別に嫌われても構わないって思ってるせいかもな」
「そうかあ」
「百合も、周りに振り回されないことだよ。所詮、他人にはわからないんだから、そう思わせておけばいいんじゃないかな」
亮の言う通りだった。自分の母親を喪ったほんとうの悲しみは灰のように乾いて重さのないものだなんて、所詮同級生にはわからない。
「そうだね。ありがとう」
と、そこへ美夕が走ってやってきた。
「亮ちゃん、百合と二人でこそこそ何を話してたの?」
百合が亮と二人で話していたのが気に入らなかったみたいで、亮に飛びっきりの笑顔を向けた後、怖い顔で百合を睨めつけた。
美夕から亮と付き合っていると聞かされたのは、つい最近のことだ。亮が学級委員長で、美夕が副委員長だからあり得ることだった。何事にも積極的な美夕には敵わない。なので、実は自分も好きだとは言えなくなっていた。こういうところが、自分の駄目なところかもしれない。
「百合の家庭の悩み相談だよ」
後々何か言われないために、百合は事実を言った。
「ふ~ん」
美夕はあきらかに納得していない。
「ほんとにそう。母親のこと。それだけだから心配しないで。じゃあ、私は帰るから」
面倒なことに巻き込まれる前に帰ることにする。
「あ、そう。バイバイ」
美夕が百合に向かって、さっさと行けとでもいうような言い方で言った。女同士の友情についてまわる薄汚い感情を見た思いだった。
でも、それを見た亮が百合にすまないという顔をした。それで、許すことにした。
亮から話を聞いて納得した部分もあったけど、帰宅途中で母のノートがあることを思い出した。自宅に戻った百合は、早速母の残したノートを開いて母の言葉を探した。すると、やはりあった。母は自分が亡くなった後に百合が同級生から『かわいそう』と言われることがあることをわかっていて、その言葉とどう向き合うべきかを書いてくれていたのだ。
『ママがいなくなった後、学校で友達や同級生から百合がかわいそうと言われることがあると思います。その時、百合はきっと怒るでしょう。百合の気持ちを何もわからずに、かわいそうと言われるのは、同級生に頭を撫でられるような不快さを感じるからだと思います。でもね。もし立場が逆だったらどうでしょう。友達や同級生のお母さんが亡くなっていたら、きっと百合もその子に対して、単純にかわいそうと思い、そう口にするのではないですか? それが普通なのです。素直に自分の感情を伝えただけの友達や同級生には何の罪もないのです。だから、相手のことを怒ったり責めたりするのはやめてね。相手の立場に立って、なぜ百合の中で怒りの感情が起きるのかを教えてあげてほしいのです。自分はかわいそうなのではない理由を説明してあげてほしいのです。それが友達や同級生との理解を深めることになるのです』
その日の夜、百合は母が亡くなって2年後に父と二人でプールに行った時の夢を見た。今日一日学校でずっと母のことを考えさせられたからだろう。
あの日は、とにかく暑くて、いやになるほど夏だった。日曜日のプールは人でごった返していた。父がトイレに行くというのでついて行き、百合は外のベンチで待っていた。しかし、当時から活発だった百合は、父の言いつけを守らずベンチを離れて歩き出してしまった。結果、迷子になり、係りの人によって救護所に連れて行かれた。不安で、怖くて、哀しくて、百合はただ泣いた。泣きながら『ママ、ママ、ママ』と叫び続けた。その時、すでに母はこの世にいないことを知っていたのに…。
目覚めた時に、自分の横に母がいない現実に改めて気づき、また涙を流した。母がいない悲しみを初めて痛切に感じた日だった。この現実は他人にどれほど同情されてもいかんともしがたいことなのだ。だからこそ、安易な同情などしてほしくない。自分は決してかわいそうではないけれど、ただ寂しい。
1-4
父子家庭のせいか、他の家庭よりも父と百合の距離は近い。でも、これまでは特にそのことに問題はなかった。
しかし、最近、百合は父との関係に少し違和感を感じ始めていた。それは、自分が少しずつ大人になっているせいかもしれないし、思春期特有の感情が生まれたゆえなのかもしれないのだけど…。自分でも、その感情に戸惑い、持て余してもいる。
先日、自分が部屋で勉強をしていた時、最近では珍しく酔って帰ってきた父親が、ドアの外で自分の名前を呼んでいた。
「百合、百合」
「何?」
部屋の中から返事する。
「中に入っていいかい?」
酔った父親には中に入ってほしくなかった。
「だから、何?」
「お土産があるんだよ」
「明日にしてくれない」
「明日じゃダメなんだよ。生ものなだから」
「生もの?」
「お・す・し」
言葉を区切って言うことで強調しようとしている。お寿司が百合の大好物だと知っている。お寿司と言われて、百合の気持ちも動いた。それに、そろそろ夜食の時間でもあった。
「わかった。今開けるから、ちょっと待って」
百合がドアを開けると、ドアに寄りかかるように立っていた父親が雪崩れ込むように部屋に入ってきた。そして、寿司の折箱を百合の顔の前に差し出す。
「酒臭い」
百合は鼻をつまみながら言う。部屋に酒の匂いが充満するようで嫌だった。
「そんなこと言うなよ」
そう言いながら、父は勝手に百合のベッドの上に座り込んだ。そして、そのベッドを指さしてこう言った。
「百合ちゃんも、ここに座って」
「この間も、ちゃんづけはやめてって言ったよね」
中学にあがった時から、ちゃんづけはしないという約束だった。それなのに、父親は時々その約束を破る。
「ごめん、ごめん。やめるから」
酒のせいかもしれないが、父親のふわふわとした喋り方が気に障る。
「そんな軽く言わないでよね。それに、私のベッドに座られるのも嫌なんだけど」
「わかったから。でも、今日だけは許して。ねえ、とりあえず座ってよ」
と自分の横を指さす。
どうしようかと思ったが、その時は自分の口もすっかり寿司の口になっていたので我慢して、父の横に座る。すると、父は百合の顔を見ながら突然関係ないことを言い出した。
「ここんとこ、家事を手伝ってくれてありがとう」
頭だけ下げて言う。
「別に…」
「でもさあ。最近、すっかりママに似てきたよね」
「そう…」
次の瞬間だった。突然父が無防備だった百合に抱きついてきた。
「何するの」
失望と軽蔑をたっぷりと目の縁にたたえて、私は大きな声をだし、父の手を振りほどいて立ち上がっていた。父の横にあった寿司折が床に落ちた。言葉にできない感情が黒い渦を巻いている。
何とも言えぬ不穏な空気が流れる中、百合もどうしていいかわからなかった。
「ごめん。パパが悪かった。許してくれ」
懇願するような目をして自分のほうを見つめる父が嫌で、目を逸らす。
「飲み過ぎちゃったんだな。本当にすまん」
「だから、もういいって。だけど、出て行ってくれる」
「わかった。寿司ここに置いておくから」
床に落ちた寿司折を拾い、ベッドの上にのせて部屋を出て行った。
しばらくは何もする気になれず、ただぼおっとしていたが、空腹を覚えて父の置いて行った寿司折を取りに行く。有名寿司屋の寿司は、美味しいはずだが、その日は味がよくわからなかった。
数か月前の出来事だけど、あの日以来、父は以前にも増して自分に気を遣っているように思える。
あの日、父に何があったかは知らないが、何らかの理由で父も寂しかったのだろう。母を亡くした後、父に女の影を感じたことはない。真面目過ぎるほど真面目な父のことだから、仕事と子育てで手一杯だと思う。そんな父だからこそ、ふいに寂しくなったとしても不思議ではない。私の中に母を見出し、甘えたくなったのだと思う。それは理解できなくもない。そんな父を、自分は突き放した。でも、突然あんなことをされれば…。
母と自分は違うのだし…。百合は自分の行動の正当性を自分に言い聞かせて見るが、少し冷たすぎたという後ろめたさもある。
今後もこの家は父と自分の二人で過ごしていかなければならない。ちょっと途方に暮れたが、すぐに思い出した。母が残してくれた数冊のノートの中に『パパの取り扱いマニュアル』というのがあったことを。
母は父のために1冊のノートを、そして娘の私のためには3冊のノートを残してくれた。それ以外に『闘病記』があるけれど、それは父も私も読むのが辛過ぎて未だに開けていない。
父のために残したノートに何が書かれているのかは、父が見せてくれないのでわからない。自分のために残してくれたノートのうちの1冊は、母が私に教えたかったであろう料理の作り方が懇切丁寧に書かれた『百合が料理上手になるために』であり、もう1冊は、百合が成長するそれぞれの段階で起き得る出来事にどう対処していったらいいか、母自身の経験をもとに、その方法や考え方をまとめてくれてある『生きていくために』である。
百合が今のところ一番見ているのがこのノートである。中学生の時、高校生の時、大学に入った時など。この中には、たとえば、女性の身体に特有の生理のことも書かれていた。実際のところ、生理のような問題を父には相談できないけど、このノートがあったことで百合に不安はなかった。もちろん、男の子との付き合い方や恋愛といった百合にとっても関心の強いことにも書かれていて、まさしく百合が生きていくためのバイブルになっている。
ただ、結婚についての記述がないのが不思議だった。百合が結婚を考える歳になった時のヒントぐらい書いておいてほしかったのだけど、母にとっての結婚生活はそれほど長くなかったから何も残してくれなかったのだろうか…。
そして、もう1冊が『パパ取り扱いマニュアル』だった。今まで開いたことはなかったけれど、今回初めて見ることにした。同時に、父のための書かれたノートの中にはきっと私の取り扱いマニュアルがあるのだろうなと思った。
1-5
初めて開いた『パパ取り扱いマニュアル』には、もし母が生きていたら、百合がいつか母に訊くであろうことを予測して書いてあった。
まずは、母と出会い、結婚するまでの父のことが数々のエピソードとともに書いてあった。
それによれば、母は自分の友達の誕生日パーティで父と出会ったという。なんと、母の一目惚れだったと書いてあって驚いた。なにせ、百合の知っている父は母にぞっこんで、母一筋という感じだったので、てっきり逆だと思っていた。当時の写真を見ると、母は清楚で上品な顔をした美人だったのに対して、父は男らしい精悍な感じだったけど、決してイケメンではなかった。
母は大人しそうに見えるけど、実はかなりアグレッシブな性格の持ち主で、父に積極的にアプローチしたようだ。母にリードされる形で二人は付き合い始め、やがて恋人同士になったという。父は母にすべてをリードされながら母に対する愛情を徐々に積み上げていって、ある時母の愛情を追い越してしまったのではないかと百合は思っている。もし二人がデートしているところを、時を逆戻りして見られたら、どんなにか幸せだと思う。
結婚までのプロセスでも母がリードしたと書いてある。そういうスタイルというか、生き方が二人には合っているようで、読んでいても微笑ましかった。考えて見れば、母は病気にかかった後も、最後まで私たち家族をリードしてくれた。だからこそ、母は自分がいなくなった後のことを心配して、父と百合のためにノートを残してくれたのだと思う。
次に書いてあったのは父の性格についてであった。
『パパはとにかく真面目で、何事にも一生懸命に取り組む性格の人です。ここは百合ちゃんとよく似てるわね。あと、案外楽天的です。何か嫌なこととか辛いことがあっても、落ち込むのは一時的で立ち直りが早いです。ここはママも羨ましいと思っていました。そのことと連動するのは、いつでも前向きだということです。どんな時でも、前を見られるというのは幸せになれる大事な要素だと思うけど、それがパパには備わっているの。ママがパパを好きになり、結婚相手に選んだのも、こういうところでした。こうしたパパの良いところは百合も受け継いでいると思うけど、これからも大事にして生きてください。
でも、パパも人間だから欠点はあります。長所は時に欠点に変わってしまうことがあるからです。ママがいなくなった時、百合がパパのそんな欠点に出会いギクシャクすることもあると思う。そんな時はここを読んでね。
その1頑固:パパは時に頑固になります。自分の意見が正しいと思い込んでしまった時、違う意見を受け入れられなくなってしまうのです。しかも、困ったことに、頭のどこかでは、その意見もあり得るかもしれないと思っていても、一度自分が言い出した意見を変えられなくなってしまうのです。
たとえば、百合の進路について、百合がアニメの専門学校に行きたいと言ったとしても、パパが普通の大学に行ったほうが百合が幸せになれると思ったら、きっと大反対して、百合の希望を認めないと言い張ると思います。そんな時、ママがいれば間に入ってあげられるけど、ママはいません。百合自身で対処しなければなりません。そんな時のためにママがアドバイスしておきます。
頑固になったパパに、百合までもが反発し続けると、ただただ喧嘩状態になり、結局うまくいきません。だから、そういう時は「パパの考え方はわかった。自分も、もう一度考えて見る」といったん引くことです。パパは頑固だけど、元来優しいし百合のことが大好きだから、百合にもう一度考えて見ると言われたら、パパ自身も、もう一度考えてくれます。そして、百合の思いの深さを理解してくれるはずです。その上で、もう一度二人で冷静に話し合えば一番いい解決策を見つけられるでしょう。
その2口うるさい:パパは百合のことを思うあまり、百合のやることなすことに何かと口を出してくるでしょう。ママに対してもそうだったから。そんなパパをうるさく感じることもあるでしょう。どうでもいいような内容(たとえば、スカートの丈が短か過ぎるなど)の場合には、聞くふりをして聞き流していいです。でも、真剣な内容(たとえば、付き合っている友達が悪いなど)の時には気をつけてね。パパに指摘されてカチンとくることって、たいてい自分でもどこかで気づいていることなのよね。そういう時のパパの指摘は、大人として、百合の父親としてのアドバイスだと思って。パパに対して怒るだけじやなくて、言われたことをよく考えてね。だいたいにおいて、そういう時のパパの指摘、アドバイスは正しいことが多いから。
その3冗談が通じない:パパは真面目で、あまり冗談が通じない人だから、からかっちゃダメよ。冗談のつもりで軽く言ったことでも、本気で怒っちゃったりするからね。
その4寂しがりや:パパは百合も知っている通り、一人っ子だったから、もともと寂しがりやなのだけど、ママがいなくなってしまった後はきっとすごく寂しい思いをすることになってしまいます。その寂しさが、時に百合に向かうことがあるかもしれません。特に、百合が中学生くらいまではパパにとって百合はまだ子供なのです。百合自身は自我に目覚め、一人の大人の女性へと変わり始めているのだけど、パパの頭の中では子供の頃のままなのです。本当はパパの意識も変わっていかなければならないのですけど、なかなか変われないのです。だから、パパに何かがあってパパがひどく寂しい思いをした時、唯一の身内である百合を子供の頃と同じように抱きしめてしまうことがあるかもしれません』
母が父の行動をここまで予測していたことが驚きだ。
『百合にとっては、瞬間、気持ち悪いと思うかもしれません。でも、パパの寂しさもわかってあげてほしいのです。自分の娘に甘えてしまったことをパパも後悔はしているはずですから。
最後に、パパに対して、口では言いにくいけど言いたいことや訊きたいことがあった時は手紙を書くといいわよ。案外これが有効なコミニケション手段となるのよ。パパとママも喧嘩した時などに使っていて、すごく良かった。
でもね、一つ問題があるわ。それは、パパが男の人で、百合が女の子だとうこと。男と女とは考え方も行動も違うの。だから、男であるパパが女の子である百合の気持ちや悩みを完全に理解できるわけではないの。
逆に言えば、百合が男であるパパの考え方がどうしても理解できなかったり、おかしいと思うこともあると思う。そんな時は、ママの妹の春奈叔母さんに相談するといいわ。ママから叔母さんには頼んであるから、いつでも相談に乗ってくれるはずよ。安心してね』
1-6
高校生になった頃から母がいないことを意識しなくなったように思う。それまでは、母がいないことを『かわいそう』とか言われたり、気の毒と思われることにひどく反応してしまっていた。それは、百合の胸の奥に常に母に対する思いが重く沈んでいたからであろう。
だが、母がいない日常が長い期間続くと、そのことがむしろ当たり前になる。いつしか、父と二人の生活に馴染んでいた。従って、普段の生活で母のことを意識することはまずなくなっていた。
「今日は、たぶん8時までには帰れると思う」
朝食の席で、その日の夕飯の要不要について父から料理担当の百合に伝えるのがルールになっていた。
「じゃあ、うちでご飯食べるのね」
よその家だったら妻が夫に言う台詞だ。
「そうなるね」
「わかった。用意しておく。何かリクエストある?」
「う~ん。そうだなあ、唐揚げ希望でお願いします」
百合が高梨家の料理担当になったのは、百合が高校にあがって間もない頃だった。百合が中学生の時までは父が料理を作り、百合の弁当も父が用意してくれていた。しかし、高校に入学してから、百合の意識が変わった。もともと料理に興味があったし、母が残してくれたノートの中に、高梨家の家庭料理の作り方が書いてあったので、それを実践したくなった。それに、いつまでも父に料理を頼るのは良くないと思ったからだ。
「ということで、私が明日から料理担当になるから」
父にそう宣言すると、父は驚いたという顔をして言った。
「えー、大丈夫か?」
父のこのリアクションが百合には気に入らなかった。少なくとも、料理のセンスは父よりも自分のほうが上だと思っていたから。
「ママのノートを見れば作れるし」
「そうだといいけどね」
「だから、そのバカにした言い方良くないよ」
ちょっとムキになってしまった。
「ごめん、ごめん。本当のところありがたいよ。ただ、百合の勉強に差し支えないか心配なんだよ」
「ああ、それは大丈夫。むしろ、料理って気分転換になるからいいの」
「そうか。それなら頼む」
こうして始まった百合の料理だったが、最初のうちは味も定まらずイマイチの時もあった。でも、次第に上手くなり、最近では父も感心するほどに上達している。
「聞こえてる?」
当時のことを思い浮かべてボーッとしてしまっていた。
「聞こえてるよ。唐揚げ希望なんでしょう」
「そうそう」
「あっ、そう言えば、パパに相談があるんだ。今日の夜に時間取れたらお願い」
「わかった。じゃあ、なるべく早く帰ってくるよ」
その夜父が帰って来たのは午後10時を過ぎていた。自室で勉強してた百合だが、ドアを開ける音でわかった。しかも、その日の足音はいつも以上にバタバタしていたので、お酒に酔って帰ってきたことがわかった。
この時点では、朝食時に相談があるからと話したことを父が忘れてしまったのかわからなかったので、怒りの気持ちは燻ったままだった。しかし、夕食のこともあるので、遅くなる場合には連絡をくれるというルールを破られたことに対してはひどく怒っていた。まだ子供の百合には仕事のことはわからないけれど、約束だけは守ってほしい。
勉強が手につかなくなった百合は、父が階下で出す音だけでしばらく様子を伺っていた。キッチンに行ってコップに水を灌ぐ音、上着の脱いでソファーに投げる音、ソファーにドスンと座る音。音はそこで止まった。寝込んでしまったのだろうか。この状態が長く続くようだったら起こしに行かなければならなくなる。
『まったく、手間かけないでよ』
自然に言葉が漏れる。さて、どうするかなと思った時、再び足音が聞こえた。そのふらついたような足音が確実に百合の部屋に向かっている。中学生の時に父親に抱きつかれたことが一瞬頭をよぎり、身構える百合。まさか、もうあんなことはないだろうけど。
『トントン』
ドアを叩く音。百合は無視する。
「百合、百合」
それでも無視する百合。
「いるんだろう、百合。寝ちゃったか?」
どうしよう? このまま寝たふりをするという手もあるけれど…。
「起きてるよ」
そう答えていた。
「遅くなってすまなかった。仕事の都合でどうしても連絡できなかったんだよ」
なんか言い訳のような気がするけれど、もうそろそろ勘弁してあげるか。ドアのところまで行き、思いっ切り開ける。
「あっ」
突然のことに驚いた父親が反り返る。
「言い訳は聞きたくない」
許すつもりだったけど、お酒のせいで赤い顔をした父親を見て切れてしまった。
「だから、すまない。これからでも良ければ相談を聞くけど」
だいぶ白けた気分だったけど、今日を逃すと次がいつになるかわからないので相談することにした。
「じゃあ、下で」
「わかった。先に行って待ってる」
まだだいぶ酒が残っているとみえて、手すりをしっかり握りながら降りて行く父の背中には中年サラリーマンの悲哀のようなものが漂っていた。しばらく経って1階のリビングに入ると、眠たそうな顔をした父の姿があった。
「そんな顔して大丈夫なの?」
「心配するな。で、相談って何だ?」
「進路について」
「ああ。それで?」
「二年の後半から進学組と就職組にわかれるの」
「なるほど」
「私は就職組にしようかと思ってるんだけど…」
「えっ、どうして? パパは進学しか考えてなかったけど」
「う~ん。いろいろ考えたんだよね」
「学費のことだったら一切心配しなくていいぞ」
「そう言うと思った」
「それは本当だから」
「そうかもしれないけど…。それに、それだけじゃなくて、早く働きに出て自立したいっていう思いもあるし、受験勉強って何か無駄なような気もするし」
「百合が言っていることもわかるけど、大学時代って案外その後の人生にプラスになること多いんだ。勉強以外でもね」
「ふ~ん」
「パパはできればママと同じ大学に行ってほしいと思ってた」
何かと言うと母親を引き合いに出す父が嫌いだ。
「何でそこでママが出てくるのよ」
「ママは結局パパと結婚したことで自分のやりたかったことを断念しちゃったので」
「お酒を飲んでいるせいか知らないけれど、その話はこれまでにも何度も聞かされてるわよ。それは私にはまったく関係ないことだからやめてって言ってるでしょう」
「そうだよな。すまん。でも、とにかく大学だけはいったほうがいい。いや行ってくれ。パパはそれを楽しみにせっせと貯金してきたんだから」
この言葉を聞いて受験を決めた。
1-7
『ママと同じ大学に行ってほしい』という父の言葉に、当初は抵抗があったけど、次第に自分もその気になっていた。かなりの難関大学で、よほど努力しないと合格できないと担任に言われた。しかし、そうと決めたら手を抜かないのが信条の百合。来る日も来る日も勉強に明け暮れた。そのかいあって、百合は見事に母の出身大学に合格できた。
ようやく受験勉強から解放された百合は、今までできなかったことにチャレンジし始めた。まずは長かった髪の毛を切って外ハネのショートにし、さらにはチョコブラウンに染め、ちょっぴりあざという系になった。ファッションについも、とりあえず自己流で勉強をして流行を取り入れた。おかげで、見た目だけは高校時代の百合とはかなり変わったと自分では思っている。だが、そんな百合を父はあまり喜んでいないのがわかる。口には出さないけれど、ちらちらこちらを見て、何か言いたそうにしている。もちろん、無視はしているけれど。
授業は真面目に出てはいたが、少しずつ遊びも覚えた。特に2年生になり、お酒を飲めるようになってからは行動半径が急に広がった。
「ねえ、今日は渋谷に行かない?」
一番仲良しの真下ユキと今日も喫茶店で話している。
「いいけど、私この後心理学の講義があるから、その後ね」
「わかった。じゃあ、5号館の前で待っている」
「OK]
講義終了後すぐに5号館に向かうと、所在なさげに立っているユキの姿が目に入る。
「待った?」
「待ったわよ」
別に遅れたわけでもないのにご機嫌斜めなユキ。
「なんか怒ってる?」
「別に」
ユキはその時々、その瞬間瞬間で気分が変わる、超気分屋だ。でも、百合は己の感情のままに生きているユキが大好きだ。なので、ご機嫌斜めでもまったく気にならない。
「そう。じゃあ行こうか」
そのまま梃子でも動かないという感じのユキの手を取る。
「うん」
最寄りの駅から電車で30分ほどで渋谷に着く。今日は109にあるユキお気に入りの店に行くことにした。ファツションが大好きなユキは渋谷に着いたあたりですでに上機嫌に戻っていた。
「今日は百合のコーディネートしてあげるよ」
まだファッション初心者の百合にとって、すでに上級者のユキにコーディネートしてもらえるのはすごく嬉しい。
「ほんと? 嬉しい」
「だって、今日もイマイチだもんね」
「ええー、そう?」
「うん。せっかく髪を染めたのにそれじゃあ台無しだよ」
「そうなんだ」
自分ではずいぶん考えたのだけど…。
「とりあえず、そのトップスを変えるだけでも全然違うと思うよ」
「ふ~ん」
「とにかく、ユキに任せて」
「わかった」
109に着くとユキは迷うことなく5階まであがり、自分のお気に入りの店に入って行く。百合は黙ってユキの後についていく。お店のどこにどんな商品があるのか、ユキはよく知っているらしく一直線でお目当ての売り場まで百合を連れて行き、すぐに商品選びを始める。数着を百合の身体にあてがってベストマッチのものを選んでいる。
「う~ん、これだな」
とにかく選ぶのが早いのには驚いた。花柄のレースのトップスだった。自分だったら絶対選ばない。
「えっ、これっ?」
どう考えても自分に似合うとは思えない。
「何よ」
「私に似合うかなあ?」
「似合うから選んだんでしょう」
「そうかなあ」
なおも納得いかない感じの百合を見て、
「わかった。いっそのこと、全身変えよう」
「全身?」
リースナブルな価格の店だったから金額的には問題なかった。その日持参していた現金は少なかったけれど、カード払いなら可能だ。
「今日は思い切って変身してみない?」
『変身』という言葉に心が動いた。
「わかった。する」
即座に答えていた。
「よーし、じゃあ、あっち行こうか」
結局、ユキが最終的に選んだのは、淡いパープルのVネックロングカーディガンに淡いグレーのワイドパンツを合わせたもので首にはスカーフを巻いた。およそ、これまでの百合からは考えられないファッションで、まさしく変身という言葉に相応しかった。ちょっと戸惑ったがユキのセンスを信用することにした。コーデに合わせて、バッグ、靴、イヤリングも買った。合わせて39000円となり、かなりの出費になったけど、大満足だった。せっかくならということで、その店のフィテイングルームを借りて全部着替え、元の服を店の袋に入れてもらって店を出た。
「どんな感じ?」
歩きながらユキが百合を見て言う。
「なんか落ち着かない」
「そうかもね。でもすごくかわいくなったよ」
「そう? ユキのおかげ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。で、どうする?」
「ちょっとお茶でも飲まない?」
「そうね」
東急本店近くの喫茶店に入る。
「ほら、あそこにいる男の子たちが百合のこと見てるよ」
ユキが目だけで離れた席に座ってる若い二人組の男を指した。百合もちらっと目を遣る。確かに先方もこちらをちらちら見ている。
「もっとも、ユキのことを見てるかもしれないけどね」
その気になってしまった自分が恥ずかしい。
「やだ、きっとそうよ」
「いや、今外を見ているほうは間違いなく百合を見てたよ」
「そうかなあ」
「自信もちなよ。しかし、暇だね。この後どうする?」
「今日は帰るよ」
「何でよ。せっかく変身したって言うのに」
「そうだけどさあ」
慣れない服を着るのは思いの外疲れる。早く帰って楽になりたかった。
「ねえ、百合。逆ナンしようよ」
「ええー、それはムリ」
逆ナンなんて未だかつてやったことがなかった。
「何事も経験って言うでしょう。だから、やって見ようよ。私もそんなに経験あるほうじゃないけど」
「何か恥ずかしいな」
「とにかくここを出よう」
店を出て東急本店周辺を歩いていると、本屋から二人の男が出てきて、自分たちの前を通り過ぎて行く。
「あの二人行こう」
ユキがその二人を選んだ理由がすぐにわかった。二人のうちの一人がユキのど真ん中の顔をしていたからだ。
「あのお、すみません」
ユキに無理矢理前に押された百合が声をかける。
「ん? 何?」
ユキのタイプではないほうの男がこちらを振り向いた。
「どこかでお茶飲みませんか?」
勇気をふり絞って言ってみた。
「どうする?」
もう一人のほうを見て言う。すると、ユキのタイプの男が気乗りのしない顔で言った。
「俺はどっちでもいいよ」
これを聞いたユキが突然百合の前に出てきた。
「じゃあ、行きましょうよ」
「いいよ」
ということで喫茶店を探したが、結局見つからずつい先ほどまで百合たちがいた喫茶店に舞い戻る形になった。すると、先ほど百合たちをちらちら見ていた二人組の男がこちらを見て驚いた顔をしている。なんか恥ずかしい。
席に座り、注文のものが届いたところでそれぞれが自己紹介をした。二人は有名私大の4年生ということで、百合たちより二つ上だった。ユキのタイプの男は増渕涼介という名。もう一人は田中優吾と名乗った。
「学部は?」
「二人とも経済学部」
「そうなんだ」
「しかし、君たち大人っぽい恰好はしてるけど、まだまだお子様って感じだよね」
田中にバカにしたように言われ、
「何、おじさんくさいこと言ってんの」
ユキが自分たちをバカにした田中をバカにして言った。
「はい、はい。確かに君のほう女っていうところあるかな」
「何、それっ」
ユキが再び怒る。
「優吾、もう止めなよ」
増渕が呆れたように言ったが、その顔を見るユキの目はハート形になっていた。
「ああ、そうだな」
田中が増渕に詫びるように言った。
「君たちこれから何をするつもりだったの」
増渕がユキにではなく百合に向かって訊く。そのことが気に入らないユキが百合の答える前に言う。
「えっとお、カラオケでも行こうかなって」
そんな予定などなかったので驚く。
「そう…」
なぜか増渕は浮かない顔をしている。
「涼介、いいじゃないか。一緒に行こうぜ」
「ん…」
増渕には何か予定があるのかもしれない。
「増渕さん、行きましょうよ」
ユキが増渕にお願いするような口調で言った。増渕狙いのユキからすれば増渕が一緒でなければ意味がないのだ。
「どうしようかな」
ここでも百合のほうを見ながら言う増渕。
「行きましょう」
本当は百合もカラオケには行きたくなかったが、ここはユキをサポートするために念押しをした。
「わかった。行こう」
ということで、田中の案内で駅から5分ほどのビル内にあるカラオケ店に入る。飲み物と軽食を頼んだ後、まずはユキが曲を入れる。お得意のあいみょんだ。ユキは歌が上手い。次に田中がサザンの曲を入れた。歌い慣れていると見えて、こちらもなかなかのうまさだった。次いで百合、最後に増渕が歌ったが共に決してうまくなかった。特に増渕は音痴に近い感じすらあった。先ほどカラオケの誘いに増渕が乗り気を見せなかったのも頷けた。結局、歌の上手い、歌の好きなユキと田中が交互に歌う状況となった。
「二人でデュエットしたら」
増渕がユキと田中の顔を見ながら言うと、田中はすぐに乗った。
「いいね、いいね。ユキちゃん、歌おうよ」
「ユキちゃんなんて馴れ馴れしく言わないでよ」
「ごめん、ごめん。真下さん、一緒に歌ってくれませんか」
「いいよ」
ユキは増渕と歌いたいのだろうが、増渕が歌が下手だと知ってしまったのでそれは断念したようだ。気乗りはしなかったものの、歌に関してはうまい田中と歌うことにしたようだ。なんだかんだといってもユキは歌が好きなのだ。
二人がノリノリでお互いの顔を見ながらデュエット曲を歌い始めたのを確認して、増渕がそっと百合に近づき二つ折りにしたメモを渡した。ユキと田中は自分たちの世界に入っていて増渕の行動に気づいていない。百合がメモを開き、ちらっと見ると、そこには増渕の携帯番号が書かれていて、連絡待ってますと一言加えられていた。増渕がこのために、田中とユキにデュエットさせたとわかって、ちょっとドキドキした。急いでメモをバッグにしまい、何事もなかったかのように田中とユキのほうに視線を戻した。
歌好きの二人が飽きるまで歌いきったところでカラオケ店を出た。時刻は午後8時を少し過ぎたところだった。田中はまだどこかへ行きたいようだったが、増渕が帰ると言い出したためお開きになった。ユキは増渕の背中を見つめ、ひどく残念そうだった。
翌日の昼休み、ユキと学食で食事をしていたら昨日の話が出た。
「増渕君ってすごくカッコよかったよね」
ユキが昨日のことを思い出すように言った。
「あっ、うん」
「ひょっとして、百合も気になった?」
「さあ、どうだろう」
「何よ、その言い方。言っておくけど、彼は私のドストライクなんだからね」
「わかっていたよ」
「まあ、いいや。それでね。百合と田中が支払いに行って、彼と二人になった時に連絡先を訊いたんだ」
そんなことがあったなんて知らなかった。
「ふ~ん、それで?」
百合は増渕のほうから連絡先を渡された。その増渕がユキにはどんな態度をとったのか興味があった。
「教えてくれなかった」
「そうなんだ…」
百合は複雑な気持ちになった。増渕がユキにも連絡先を教えたとしたら、自分に特別な気持ちがあるわけではないことになる。でも、教えなかったということは、増渕が自分にだけ興味、あるいは好意を持ったということを示したように思える。一人の女としては嬉しかったけど…。最初から増渕に対する好意を示していたユキに、このことを伝えるべきなのか。本当は伝えたほうがいいのだろうが…。隣に座り、増渕のカッコ良さを力説するユキの顔を見ていたら言えなくなってしまった。
「でもね。田中の連絡先は聞いたからまだ可能性は残されているってわけ」
田中はユキのことが気に入っていたみたいだから教えたのだろう。
「そう…。それは良かったじゃない」
「何よ。さっきからいい加減な返事ばかりじゃん」
「ごめん。来週からのテストのこと考えてた」
もちろん、嘘である。増渕からもらったメモのことがずっと頭にあった。
「もう。まったくう」
1-8
「百合、おめでとう。本当に良かったね」
ユキにしみじみ言われ、百合は胸が熱くなった。
「ありがとう。ユキたちから1年遅れになったけどね」
百合の結婚が決まったのでユキのところに報告に来ている。
「そうだね。てっきりそっちのほうが早いと思ったんだけどね」
「パパの問題があったからさあ」
2年前に百合の父親が脳溢血で倒れた。幸い思ったよりは軽かったので、今は80%くらい回復しているけれど。
「そうだよね…。ところで、彼は?」
「もうすぐ着くと思うよ」
と、ちょうどその時チャイムが鳴った。ユキがモニターに『お待ちしてました』と言い、こちらを振り向いた。
「どんぴしゃだ」
そう言ってユキが玄関に迎えに行く。百合はとりあえずそのままの姿勢で待つ。ユキとともに、増渕が入ってきた。大学2年の時にユキにそそのかされて生まれて初めてやった逆ナンで知り合った増渕涼介と、その後もずっと付き合い、この度結婚することになったのである。
「ごめん、百合。遅くなっちゃった」
「ううん。そんなに待ってないよ」
「それなら良かった。あっ、これお土産」
ユキの好きなのケーキでイデミスギノのフランボアジエを買ってから来たのだ。
「ありがとう。とにかく座って」
涼介が百合の横に座る。
「悔しいけど、お似合いだ」
ユキが並んで座った二人を見て言った。
「何だよ、今さら」
涼介が少し照れながら言った。でも、百合は何も言えなかった。すると、そこへユキの夫が帰ってきた。
「おう来てたか」
田中優吾だった。
「久しぶり」
涼介が応じる。
「日曜日だって言うのに朝早くから仕事だったのよ」
一見非難しているようだけど、言葉の端々にユキの優吾に対する信頼や愛情を感じる。。
「相変わらずがんばり屋だなあ」
学生時代から優吾のことを知る涼介らしい言葉だ。
「妻子を養っていかなくちゃならないからな」
百合は優吾が何を言いたいかがすぐにわかった。
「ひょっとしてユキ、赤ちゃんできた?」
「うん。実はね」
「そう。それはおめでとう。私まですごく嬉しい」
「ありがと」
「優吾、良かったなあ。俺より一足先にパパになるんだな」
「まだ全然実感湧かないけどな」
嫌なことが続くこともあるけれど、こうしていいことが続く時もある。
「それはそうかもしれないけど、しかし、今日は我々4人にとっていいことずくめだな」
涼介の言葉にみんなが頷く。
「とうことで、今日はみんなで祝杯をあげよう」
優吾が高らかに言う。
「賛成」
「賛成」
「賛成」
みんながそれぞれの思いを込めて言った。
その後、女性陣は食事の準備を、男性陣は飲み物の準備をした。
「じゃあ、みんなの幸せを祈って、乾杯」
優吾の音頭でパーティはスタートした。
「しかし、それにしても、百合ちゃんのあの逆ナンがなければ俺たち出会わなかったと思うと不思議だよね」
優吾が昔を思い出して言う。
「確かにそうだよね」
涼介も相槌を打つ。
「どう見ても逆ナンなんてしそうに見えない百合ちゃんにされたから振り向いちゃったんだよな、俺たち」
優吾が記憶の断片を繋ぎ合わせるように言う。
「そうそう」
涼介も百合のほうを見ながら言った。
「でしょう。ユキが仕掛けた作戦が成功したっていうことよね」
「うん。まんまとはまってしまった。でも、カラオケ店で涼介が抜け駆けして百合ちゃんにメモを渡してたなんて思わなかったよな、ユキ」
優吾がユキの心の内側を覗くようにした。
「そうよね」
「すまん。でも、そのメモがユキちゃんに渡ってたというのには俺が驚いた」
結局、百合はユキとの友情が壊れるのが嫌で、涼介から連絡先が書かれたメモをもらったことをユキに話し、しかも自分は涼介と会うつもりがないからとメモをユキに渡したのだ。
「それで、私がノコノコ涼介に会いに行ったら見事にフラれたってわけよね」
ユキと会った涼介は、自分が好きなのは百合だとはっきり断った。
「俺、ユキちゃんと付き合ったわけじゃないから、フッたっていうのは当たらないと思うんだけどなあ」
真面目な涼介の素直な感想だ。
「何言ってるんだよ。俺の好きなのは百合さんですって言ったんだろう」
「それはそうだけど…」
「そういうの、フッたって言うんだよ。ひどいよなあ、ユキ」
優吾がユキを煽る。
「ほんとひどい」
今はそんなこと思ってないんだろうけど、当時はそう思ったかもしれない。当時のことをこんな風に話せるようになった。話していて、安らかなぬくもりが伝わってくる。
「しかしまあ、おかげで俺にチャンスが回ってきたんだから良かったんだけどな」
涼介にフラれた形になったユキは、すぐに他の男に目を向けた。きりっとした美人で頭もよく、カッコいいユキはもともとモテた。そんなユキを優吾は押して、押して、また押して自分のほうを振り向かせた。その行動力と情熱には感心する。
一方の涼介は、改めて百合に混じりっけのない一生懸命さでアプローチしてきた。しかし、百合はユキに気を遣って涼介との関係を前に進めようとすることができないでいた。そんな百合に対して、涼介は焦らず誠実に接してくれた。おかげで百合も徐々に涼介に気持ちを向けることができるようになったのだ。
普通こうした入り組んだ思いがあると友人関係も壊れてしまうことも多いのだが、4人の場合にはそうならなかった。きっとそれは、涼介と優吾、百合とユキの心のつながりが強かったからだろう。
「それで結婚式はいつするの?」
ユキに声をかけられ、百合は我に返る。
「そうそう。それがさあ、昨日やっと決まったの」
「うん。それでいつ?」
「11月20日」
「11月20日だって。あなた大丈夫?」
ユキが優吾が後ろのカレンダーを見ている。
「ああ、大丈夫だ」
「良かった」
「改めて案内状を出すけど、よろしくね」
「はい。喜んで出席させていただきます」
1-9
結婚が決まってからしばらく経って百合は会社を辞めた。というのは、結婚というイベントについては1年先輩にあたるユキのアドバイスがあったからだ。式を挙げるまでの期間にはやるべきことが多くて忙しくなる。それをなまじ二人で相談しながらやろうとすると、つまらないところで衝突してしまいストレスがたまるという。女性のほうはそれでなくともマリッジブルーに陥りがちなのにそうしたことが続くと、二人の関係がギクシャクしたり、体調を崩すことにもなりかねないというのである。
ユキのアドバイスを受けて、百合は会社を辞め、結婚式までにやるべきことのうち式場選びといった重要なこと以外は百合が決めてそれを涼介に報告するという形をとった。もちろん、涼介の同意を得ていた。
「百合、式場は決まったのか?」
日曜日の朝食の席で父に言われた。もう話したつもりでいたが、話していなかったのだ。それほどバタバタしていた。
「あっ、ごめんなさいパパ。もう話したつもりだった」
「ええー、ひょっとしてパパが最後か?」
本当のところ最後だったが、そうは言えない。
「そんなことはないけど。ちょっと待っててね。今式場のパンフレット持ってくるから」
部屋に戻り、机の引き出しからパンフレットを持ってくる。
「ここに決めたの」
父がパンフレットを見つめ、固まったまま何も言わない。
「えっ、何。駄目だった?」
有名ホテルであり、父に反対される理由はないはずだけど…。
「ここ、誰が選んだの」
現実感のない光景の中にいるような父の顔と声に百合は不安になった。
「いろいろ調べて、最終的には私がここにしたんだけど。何そんな顔してるのよ、パパ」
「いや、実はここ、パパとママが式を挙げたところなんだよ」
心の荷物をほどくように言った。
「ええー、そうなの」
そんなこと何も知らずに選んでいたのだ。あまりの偶然に、急に喉が狭まってくる。
「きっとママが百合の傍で一緒に選んだんだ」
「何かって言うと、そういう風に結びつけるのはどうかな」
確かに不思議な縁は感じたけれど、この時はまだ父のような思いにはならかった。だが、その後に続く出来事には百合も何かの力を信じることになる。
それは式場へ引き出物の打ち合わせに行った時だった。
「高梨様、お待ちしておりました」
自分たちの式を担当してくれる足立佳奈の口元に笑みを湛えた顔に迎えられる。百合が椅子に座ったところで、佳奈は意外な言葉を投げかけてきた。
「高梨様、引き出物の打ち合わせの前に少しだけお時間いただけますでしょうか」
背筋を伸ばした佳奈の顔にはなぜか緊張感が漂っていた。
「構いませんけど…」
「私どもの統括マネージャーがどうしても高梨様ご挨拶をしたいと申しておりますので」
「統括マネージャーさんが、私にですか?」
そんな偉い人に挨拶される理由が思い浮かばない。
「ええ」
意味がわからなかったが、断れる雰囲気ではなかった。
「そうですか。どうぞ…」
「ありがとうございます。では少々お待ちください」
そう言って佳奈は事務所の奥に入っていった。しばらくして、佳奈とともに現れたのは、統括マネージャーと呼ばれるにふさわしい40代後半か50代前半の紳士だった。
「今回は私どもをご利用いただきましてありがとうございます。私、統括マネージャーをしております山村信次と申します」
そう言って百合に名刺を渡した。だが、百合には会った覚えはないし、名前を聞いても何も思い当たることはない。
「どうも…。あのお、私、以前どこかでお会いしましたでしょうか?」
「いえ、初めてでございます。ただし、お父様とお母様にはお会いしています」
「私の両親に?」
「そうです。今お顔を拝見して間違いないと確信いたしました。お顔がお母様そっくりですので」
確かに最近とみにママに似てきていると親戚の人に言われる。
「お母様の旧姓は米倉夏帆さんですよね。夏に生まれたという単純な理由でそう命名されたとおっしゃってましたが」
楽しそうに笑顔で言われたが、その通りなので驚く。
「はい」
「ちなみに、妹さんは、春に生まれたので春奈さん、でしたよね」
「ええー、そうですけど…。すみません。まだ事情がよくわかっていないのですが」
「そうですよね。失礼致しました。今から順を追って説明させていただきます。私は大学卒業後にこのホテルに入社しました。そして、2年目にブライダル部門の担当となり、初めて担当させていただいたのがご両親の結婚式でした」
「そうだったんですか」
粟立つ思いに胸のあたりが重くなる。今度は百合も単なる偶然とは思えなかった。統括マネージャーの後ろにある鏡に映っている自分の顔が記憶の中の母の顔と重なった。
「そうなんです。それで、私としてはいい式、いい披露宴となりますように誠心誠意がんばったつもりでしたが、まだ慣れない部分もあった私はいくつかミスもおかしました。それでも、ご両親は披露宴が終わった後で、わざわざ私の元まで来ていただき直接感謝のお言葉をいただきました。さらに、お母様からはお手紙までいただいたのです」
両親らしい、そして母らしいと思う。きっと山村信次の誠意や一生懸命さが両親に伝わったのだろう。
「今日はそのお手紙をお持ちいたしました。こちらです」
小さな封筒を渡された。中から手紙を出すと、そこには、懐かしい母の字で山村に対するお礼の言葉が書かれていた
『二人の幸せのために、山村様にプランニングしていただいた一つひとつの演出は、私たちの心を打ち、感動が津波のように後から後から湧き上がってきました。私たち夫婦は一生山村様のことは忘れないでしょう。今日は、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました』
恐らく母は披露宴が終わって忙しい時間を割いて書いたのだろう。読み終わって百合は、いかにも母らしい優しさが伝わってきて幸せな気持ちになった。娘ながらに、母は素敵な人だと思う。
「この手紙、コピーして私にもいただけますか。父にも見せたいので」
「もちろんです」
山村が佳奈に手紙を渡す。
「ずっと持っていただいていたのですか?」
「はい。私にとっては宝物ですから。私はあの時お母様からいただいた言葉を胸に今日までやってきました。今私がこうしてここに居られるのもご両親のおかげだと思っております」
山村信次の目には涙さえ浮かんでいた。
「そんな風に思っていただいて両親もさぞ喜ぶでしょう。ただ、母は私が小学校4年生の時に亡くなっていますけど」
「そのことは足立からお聞きしておりました。本当に残念です。でも、今回お嬢様が私どもで式をお挙げいただくことになったことは、きっとお母様も喜んでおられると確信しております」
「そうですね。きっと、そうですね」
ずっと傍で聞いていた足立佳奈がハンカチで何度も目頭を押さえているのが目に入り、百合も思わず涙ぐんでしまった。
コピーしてもらった母の手紙を胸に家に帰り、早速父に山村の話をした。当然ながら父は山村のことを覚えていた。
「あの山村さんがねえ」
父にとっても感慨深いのだろう。漂流している過去を必死につかもうとしていた。
「山村さんは当時新人君で、最初は不安だったんだけど、とにかく一生懸命だったんだよ。ママはそのことに感動していた。だから、多少のミスも全然気にならなかった。むしろ、ママがフォローしていた。ママってそういう人だったよね」
久しぶりに父と二人で母のことを考えていると百合は思った。また3人家族に戻ったような気がする。
「そうか。あの時の新人君が統括マネージャーになっていたんだ。今回、百合があの式場を選んだのも、山村さんに会えたのも、きっとママがしてくれたんだ」
今回は父の言うことを否定することはできなかったし、否定したくないとも思った。
1-10
それから5日後、二人は叔母のところに挨拶に行った。本当はもっと早く来たかったのだけど、バタバタしていて遅くなってしまった。
ママとその妹である春奈叔母さんは子供の頃からすごく仲が良かったとママから聞いていた。ママは5つ年下の妹のことが可愛くてしかたがなかったようで、『私が守ってあげなくちゃ』って思わせる存在だったのと言っていた。歳が比較的離れていたせいか、自分の娘のような感覚だったのかもしれない。でもそれは今の叔母さんを見ていても頷ける。叔母さんはかわいらしい人なのだ。
一方、叔母さんにとって姉である母は、勉強ができる上にスポーツ万能で、憧れの存在だったと聞いた。といって二人はベタベタするような関係ではなく、お互いを尊重しあう姉妹として最良の距離感だったという。
そんな関係だったから、母が亡くなつた時の春奈叔母さんの悲しみようは尋常ではなかった。
あの日は街全体が熱の幕にすっぽり包まれていた。喪主である父の顔に斑に影が落ちていたのを覚えている。春奈叔母さんは納棺の際に『いやー』と気が狂ったように叫び続けたかと思ったら、あらゆる感情を封じ込めた蝋人形のようになってしまった。叔母の壊れた精神のかけらが、行き場をなくしてたむろしているようにさえ見えた。そんな、もはや魂の抜けた叔母さんを叔父さんが全身で支えていた姿が今でも目に浮かぶ。
「挨拶が遅くなってすみませんでした」
まずは百合が挨拶が遅れたことを詫びる。
「ううん、いいのよ。身内なんだから。そんなことより、こちらが噂の涼介さんよね」
「初めまして。増渕涼介と言います」
涼介が叔母さんの顔を見ながら挨拶する。
「真面目な百合ちゃんらしい、好青年を選んだわね」
「そうでしょう。でも、逆ナンでゲットしたのよ」
「えっ、百合ちゃんが逆ナン? ゲット? ほんと?」
百合が放った逆ナンという言葉の響きと、ゲットという軽い言葉に叔母は衝撃を受けたようだ。
「そうなんです。僕、逆ナンされたんですよ。でも、その後はちゃんと僕から正式にアプローチしましたけど」
百合の言葉は信用されないと思ったのか、涼介が助け舟を出したのだが…。
「ちょっと何言ってるのかわかんないんだけど…。でもまあ、とにかくお似合いのカップルよね」
「ありがとうございます」
涼介がくそ真面目な答え方をした。
「ところで涼介さんは百合ちゃんのどんなところに惹かれたの?」
そう言えば、自分も改まって訊いたことがないと百合は思う。
「そうですねえ。実はいっぱいあるんですけど、例えば、一生懸命で、前向きで、誠実で、優しくて、そしてもちろんきれいで可愛くて、スタイルも良くて…」
「う~ん、わかった、わかった。止めなかったらずっと言ってそうよね」
「ええー、まだまだいっぱいあります」
「はい、はい。ごちそうさま」
楽しそうに笑顔で話す叔母さんを見ていると、母も生きていればこんな感じに歳を重ねたのだろうかとしんみりしてしまった。
「ねえ、叔母さん」
今日叔母のところに来たのは結婚報告、涼介の紹介が主の目的だったけど、実はもう一つ目的があった。それは、叔母のところにある母の写真が見たかったからである。母はなぜか写真が嫌いだったらしく、自宅に母の写真があまりない。その代わり、叔母さんのところには結構いっぱいあると父から聞かされていたことを思い出したのである。先日、選んだ式場が両親が挙式したところと同じだったことがわかったり、その式場の統括マネージャーさんが当時両親の担当という話を聞いたせいか、急に母の写真が見たくなったのだ。
「ん? なあに?」
「おばさんのところのアルバムの中にママが映っているものもあるでしょう」
「あるわよ。結構いっぱい」
「ぜひ見せてください」
「いいわよ。今持ってくるから待ってて」
叔母さんがリビングを出ていったのを確認して涼介が百合の耳元で囁く。
「叔母様って、百合のママ似てるの?」
「顔はそっくりね」
「へえー、そうなんだ。きれいな人だね」
間接的に母を褒めてくれたようで嬉しかった。
叔母さんは大きなアルバムを2冊抱えて戻ってきた。
「他にもあるけど、とりあえず2冊持ってきたわ」
「ありがとう、叔母さん」
年代の古いものから見ていく。そこには米倉家の写真があった。すでに亡くなったおじいちゃん、おばあちゃん、それと子供の頃の母と妹にあたる春奈叔母さん。家族で遊園地に行った時に写したものやキャンプに行った時のものなど。どの写真の中でも、母はいつも妹の叔母さんの手を大事な宝物のように握っている。
その後も、見る写真見る写真がすべて初めてで百合は興奮していたが、脇で一緒に見ている涼介も興味深そうにしているのがなんか嬉しかった。
1冊目のアルバムを見終わり、2冊目に移る。
「こっちは、私も、それから百合ちゃんのママも結婚した後に撮ったものが多いわよ」
もちろん、叔母の嫁いだ大黒家のアルバムは別にあるのだろう。
「へー、楽しみ」
お互いに家族を持った母と叔母さんはその後もずっと交流を続けていた。なので、2冊目のアルバムには家族ぐるみで旅行やディズニーランドなどに行った時に撮った写真が多かった。なので、そこには父と母と百合、叔父さんと叔母さんとその息子である健二君が写っている。百合は健二君とも仲が良かったので、どれも楽しい思い出がいっぱいだ。
そんな風にして一枚一枚の写真を叔母さんの解説つきで見ていた時だった。
「これはねえ、お姉ちゃんから突然海に行こうって電話がかかってきて、江の島に行った時の写真。覚えている百合ちゃん」
海岸で水着姿の父と母と百合と、叔母さんと健二君が眩しそうな顔をして写っている。きっと写真を撮ったのは叔父さんだろう。母の水着姿を見るのは眩しくて、そしてなんだか恥ずかしい。恐らく百合がまだ3歳くらいの頃だと思われる。
「う~ん。あんまり記憶ないかも」
すると、一緒に写真を見ていた涼介が突然大きな声を出した。
「こ、これっ」
涼介が指さしているのは、百合たち家族の後ろに偶然写り込んでいる見知らぬ家族の姿だ。
「えっ、何?}
百合は意味がわからず訊き返す。
「僕と、僕の家族」
その家族は百合より少し年上とみられる男の子と両親の3人だった。その男の子が涼介だというのである。
「ええー、そんなことってある?」
それは運命などという陳腐な言葉では表現できない、時空を超えた神秘に遭遇した時のような感動であり、全身の毛穴が一瞬にして開いた。信じられないことだったが、将来結婚することになる二人が今からおよそ25年前の写真に偶然写っていたのだ。不思議な力によって二人は引き寄せたのだろうか。
「僕たち、もうこの時に出会っていたんだね」
叔母が無言で写真をアルバムから取り出してじっと見ている。
「私、この子のこと覚えている」
子供の頃の涼介を指して言った。
「売店から何かを買って戻る時、私たちの前で転んで泣いちゃったのよね、この子。それを見た百合ちゃんのママが走り寄って起こして、砂を払ってあげてた。覚えてる」
涼介に向かって言う。
「そう言えば、そんなことがあったような気がします。今思い出しました。あの時の女性が百合のママだったんですね…」
叔母さんにとっても、涼介にとっても、この写真は現実の思い出の一部なのだ。でも、何も思い出せない百合だけは現実感のない絵のようにしか感じられない。
「そんなの、ズルイよ…」
百合の思いに気づいた涼介が百合の肩を抱き寄せた。
「百合、ごめん」
「きっと、お姉ちゃんが…」
叔母さんの言いたいことは、百合も、涼介もわかっていた。愛が鎖のように繋がって幾条もの束になっている。
「ママ…」
鼻の奥がつんとして慌てて舌を噛んだ。そうしないと声をあげて泣いてしまいそうだったから。叔母さんは降り積もった古い時間に思いを馳せているようだった。そして、涼介の周りには静寂が空気のように満ちていた。
それにしても、これだけ偶然が重なると、もはや怖い。
1-11
父の大好物のビーフシチューを作った。
「やっぱり百合の作るビーフシチューは最高だな」
「そう? ちょっと前までママのが一番だって言ってたくせに」
「いや。そういう時もあったかもしれないけど、今は百合のが一番だ。でも、これがもう食べられなくなっちゃうかと思うと寂しい気がするよ」
「いやあね。たまには作りに来るわよ」
「そうもいかんだろう」
実は涼介に海外勤務の話が持ち上がっているのである。もちろん、すぐにというわけではないけれど。
「だいじょうぶ」
安心させるためにわざとゆっくり言った。
「そうか。ところで、準備は万端なのか?」
「うん。私のほうわね。それよりパパは大丈夫なの?」
「心配するな。明日は春奈叔母さんも来てくれるし」
「まあ、そうだけど…」
食事が終わり後片付けをすると何もやることがなくなった。パパはリビングでテレビを見ている。そっと近づき、リモコンを取って電源を切る。
「びっくりしたなあ。何?」
わかっているくせに。
「パパ」
それだけで父は身構えた。
「ち、ちょっと待って。パパに挨拶はいらないからな」
「何でよ。最後くらいちゃんとお礼を言わせてよ」
「駄目なんだよ。パパそういうの苦手なの知ってるだろう」
照れ屋で強がってしまう父の性格はよく知っている。
「知ってるけど、お願い、聞いて」
そう言って父の正面に座り、父を見据える。
「パパ、長い間お世話になりました。ママが亡くなった後、パパが必死に慣れない家事をしながら一人で私のことを大事に育ててくれたことに感謝しています。本当にありがとうございます。一時はそんなパパを鬱陶しいと思って邪険にしたこともあったよね。パパはいつもママの分の愛情も込めて叱ってくれたのに気づけなくてごめんなさい」
父は下を向いたまま顔を横に振っている。
「私は明日増渕涼介さんと結婚するために、この家を出ていきますけど、この家でパパとママから受けた温かい愛情は一生忘れません。パパ、本当に、本当にありがとうございました」
最後は百合も涙声になっていた。
「百合、結婚、本当におめでとう。そして、パパからも感謝を言います。百合、ありがとう。こんなダメなパパをいつも助けてくれたのは百合だった。百合がいたおかげでパパはママがいなくなった悲しみからなんとか立ち直れた。本当は誰よりも百合の花嫁姿を見たかったであろうママに見せてあげられないのだけが心残りだけど、きっとママはどこかで見てくれていると思う。だから、幸せに輝やいている姿を見せてあげてほしい」
「うん」
もうそれしか言えなかった。
結婚が決まった時、真っ先に報告したのは、もちろん母。そのすぐ後に父だった。仏壇の前で母に報告している時、百合は母が亡くなる一週間前に病床で母と交わした会話のことを思い出していた。
「百合ちゃんの花嫁姿見て見たいわね」
遠くの景色を望むように言った母の姿はふうわりとしてはかなげだった。
「なんでそんなこと言うの。絶対見てよ」
「そうね。そうよね。ママ頑張る」
「お願い、ママ。約束して」
「わかったわ。百合ちゃんの花嫁姿を見るまでママ頑張るって約束する」
そう言って指切りした。けれど、その一週間後、母の容態は急変し帰らぬ人となってしまった。
結婚式当日。
部屋の窓を開けると、朝焼けの名残りの中
空はよく晴れ渡り、白い雲がゆっくりと移動している
天上で鳴く鳥の声が美しい
西側の空には虹の橋がかかっていた
目の前の光景が身体の内側まで静かに染み込んでいく
世界に零れ落ちた私は、透き通った希望と未来に心躍らせていた。
当日になっても父親はバタバタしていたが、百合はそんな父を叔母に任せて一足先に式場に向かった。
家族だけで行われた厳かな結婚式が終わり披露宴が始まった。できるだけ小規模にするつもりだったが、それでも両家合わせて100人ほどの披露宴となった。
百合の二度目のお色直しが終わって少し落ち着いた時に、司会者の女性がマイクの前に立った。
「皆様、おくつろぎのところ恐縮ですが、席にお着きください」
酒やビールを注ぎに立ち歩いていた人たちが何事かと席に戻る。
「皆様、ご協力ありがとうございます。ではここで新婦の百合さんの叔母様にあたる大黒春奈様から百合さんにサプライズプレゼントがあります」
そう言われ、百合は隣に座る涼介に小声で訊いた。
「何か聞いてる?」
「いや、知らない」
「ほんと?」
涼介だけ知っているということもあり得る。
「ほんとだよ」
「そう」
そんなやりとりをしていると、司会者が続けた。
「では、大黒様お願いいたします」
親族の席に座る叔母の元へマイクが運ばれる。
「百合ちゃん、おめでとう。本当に良かったわね。叔母さん、すごく嬉しい。でもね、誰よりもこの時を喜んでいるのは、あなたのママ。どうかママの言葉を聞いて」
そう言うと、会場内の電気が消え、会場の後方で新郎新婦の席の正面にあたる場所に大きなスクリーンが降りてきた。いつの間にか叔母さんは係の人たちと打ち合わせをしていたのだ。
そして、そこに映し出されたのは在りし日の母の姿だった。母が百合のために残してくれたノートの中に結婚の記述がない理由が今初めてわかった。
「百合ちゃん、結婚おめでとう。ママ、約束を守ったわよ」
病床で交わしたママとの約束の記憶がページをめくるように胸を過った。深呼吸をして滲んだ涙を抑え込む。
「百合ちゃん、とっても素敵な人を射止めたわね。私には見なくてもわかるのよ。さすがは私の娘よね。百合ちゃんは私にとって大切な大切な宝物でした。聡明で、リーダーシップもとれて、しかもみんなに優しい自慢の子供でした。明るい笑顔は私たち夫婦にとっての太陽そのものでした。今、ママはその場にいないけれど、見えてるのよ。これからも百合ちゃんがずっとずっと幸せでいられるよう見守っているから安心してね。そして、百合ちゃん、結婚生活にはいろんな試練もあると思うけど、人生は宝探しに似ているって言われるの。だから、どんな時にも、後ろ向きになるのではなく、そこにきっとある宝物を探してください。それと、今日百合ちゃんたちのためにたくさんの人が駆けつけてくれたように、すべての人には祝福してくれる人が必ず存在することも忘れないでね。百合ちゃんらしい幸せを抱きしめて、ママの分まで長生きしてください。最後に、今日二人のために駆けつけてくださった皆様方、ほんとうに、ほんとうにありがとうございます」
ママが頭を下げ、そこで画面が消えた。
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