第13話

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 にじる様な汗が掌に溢れているのが田中巡査には分かった。まるでその時の天天晴れの空の下にいるような錯覚がしないではいられない。

 額の汗を拭う。

「連れの男は…、実に、実に僕の方を怪しむような感じでフロントガラス越しに見ていました。まぁ…仕方ないっちゃ仕方ないが…、しかし僕は全く気にしない、気にしない。でもですよ、ここではお天道様が降り注いでかなり暑いもんですから、振り返ると丁度楠の影が石段の上で翳っていて、僕はそちらへ案内して男性と石段に腰掛け、また奥様は木陰の中で涼む様にしました」

 ロダンはスマホをポケットに仕舞うと次にリュックから桐箱を出した。それを目の前に置く。「九谷焼って言うのは現在の石川県で焼かれた磁器なんですが、色彩が豊かでねぇ…」

 そう言って桐箱の蓋を開ける。開けると中に布にくるまれた磁器が現れた。磁器は青、緑、黄などの濃が多用され、華麗な色使いと大胆で斬新な図柄が描かれている。

「その中である作品が隠れた名品だと言われているのです。それはある時を境に一目にはつかなくなった幻の名品。それはですね、明治、大正、昭和とそれぞれの時代に時の宮家に閲覧されたという磁器なんです」

「宮家?」

「ええ、まぁ天皇ですね」

「へぇ…そんな作品があるのかい?」

 ええ、と低い声で言う。

「僕は実は劇団員の傍ら、非常勤で図書館の任期付き職員として働いているのですが、まぁ、演劇などしている手前、どうしてもそうした芸術美術方面にも興味があって意外に少しだけ詳しいのです。それでその九谷焼の隠れた名品と言うのも存在は知っているんです」

「それがこれ?」

 ロダンが笑う。

「答えを急ぎますねぇ」

「違うのかい?」

「いえ、そうです」

 あっさりとロダンが言った。巡査も笑う。

「君も急ぐねぇ」

 はっはっはっと互いに笑いながら目の前の九谷焼の磁器を見る。

「何という作品なの?」

 巡査が問う。

「三つ鏡(みかがみ)」

「三つ鏡(みかがみ)?」

 反芻する巡査にロダンが言う。

「ええ、何でも三つの時代を映したものという意味だそうです。それでこの名を付けたのは三室魔(みむろま)鵬(ほう)という明治後期生まれの陶工です」

「じゃ、こいつが?」

「ですね」

 ふーんと深々と頷きながら巡査は磁器を見た。

 正直、自分はあまり工芸品には詳しくない。見れば白地に濃い色合いで何色が塗られ、何か中国の伝説上の生き物だろうか、それが描かれている。確かにそうした知識があれば何とも香華のある見事な一品に思えてくる。

「しかし…そんな貴重な品がなんであんな楠に…、もし割れたりでもしたらとんでもないことになっていただろうに…」

 そこで巡査ははっとする。

「そうか…、それでこいつを探していたんだ。もしかしたら盗まれたんではないかと。割れていたら大変だからねぇ。きっとそうだ、それで分からないけどその老夫婦の庭にカラスがいつもやって来ていて、この九谷焼を陰干しか、それとも何かしているときに不注意でやつらに持っていかれたことに気がついた!!それで鳥の習性からきっと似たものを持たせればまた同じ場所に運ぶはずだから、GPS付きの生首を運ばせて場所を特定させた」

 巡査の目が見開く。

「どうだい?君??」

 見事、名推理ともいわんばかりに満面の表情でロダンを見る。

 しかし

「…うーん、半分は正解だけど半分は違いますね…」

 冷静に答えてビールをロダンが飲む。

「えっ?半分は正解だけど半分は違う?」

「はい」

「どこが??」

 食い入るように巡査がロダンの表情を覗き込む。

 間違いないだろう?

 そんな心の声が漏れ聞こえそうだった。

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