魔法少女ですか?

ゆなか

契約は突然に①

「私と契約して魔法少女になろうよ!」


コンビニからの帰り道で突然、目の前に現れたは、呆然と瞳を見開いている俺に構わず……とある有名な地球外生命体が、いたいけな少女達を勧誘する時に使っていたのと似た台詞をにこやかに言いながら、一本の触手を俺に向かって伸ばしてきた。


「は……!?クラゲがしゃべっ……!?っーか、飛んでる!?」


……俺は夢を見ているのだろうか。


「痛……っ!」

頬をつねると、普通に痛かった。

思った以上に切り抓りすぎてしまったらしく、頬がヒリヒリと熱を持っている。


……ということはつまり、これは夢ではないということだろう。


漢字で書くと『海月』。 

英語だと『JELLYFISH』。


体の九十五%以上が水分で出来ていて、お盆の時期の海に入ると刺されるという――そのクラゲがフワフワと目の前を漂っている。


……正しく言えば、海にいるようなクラゲとはかなり様子が違う。

空を飛んでいるだけでも充分に普通ではないのだが、一先ずそれは措いておく。


花のような模様の描かれた傘が特徴的なミズクラゲと、タコのような八本の触手を持つタコクラゲの姿を合体させたようなプルンと弾力のある白く瑞々しい体(?)。


本物のクラゲにはないであろう大きな瞳と小さな口。

その口元はにんまりと口角が上がっている。


『ゆるキャラかよ!』

思わずツッコみたくなるような可愛らしい姿をしたクラゲが、俺の目の前で浮かんでいるのだ。


しかも流暢に人間の言葉まで話しているだなんて…………やっぱり夢か。

よく分からないが、俺は相当疲れているらしい。

痛みを感じる夢もあるんだな……と、そう無理矢理に結論付けようとすると――


「私と契約して魔法少女になろうよ!!」

クラゲは触覚の一本を俺に向けながら、もう一度言った。


……この夢はそう簡単に終わってはくれないらしい。


「あれあれー? 返事がないなー。もしかして、日本語に変換されていないのかな?」

俺が何も答えられないでいると、クラゲは不思議そうに首を傾げた。


「アーアーアー。我々ハ、宇宙人デス」

  

……我慢だ。


「地球ヲ侵略シ二キマシター」


……ツッコんだら負けだ。我慢しろ、俺。


「地球人ハ、全員〇〇して、〇〇して、皆殺ピー…………」

「おい!クラゲーー!!!」


……しまった。思わずツッコんでしまった。


俺の声に驚いたのか、クラゲはキョトンと瞳を丸くしたが、


「あ、良かったぁ。ちゃんと伝わってたのねー」

すぐにホッと胸を撫で下ろした。


「コホン。では、改めまして!私と契約して………」

「ストーップ!!」

そろそろ色々と厄介なコンプライアンスに引っ掛かりそうな気がした俺は、クラゲに向かって制止の声を上げた。


「うわっ!驚いたー!いきなりどうしたの?」

「『いきなりどうしたの?』じゃねーよ!この世界にはコンプライアンスっていうのがあってだな……」

「コンプライアンスくらい知ってますぅー」

クラゲは不満そうに口を尖らせた。


「……知ってんのかよ」

「こんなの常識だよ!だって私は君に契約を持ちかけているんだもの」


ドヤ顔をするクラゲ……って、どんな状況だよ。これ。

……まあ、良いや。これは全て夢。俺の見ている夢なんだ。


「だから、私と契約して魔法……」

「おい、こら!クラゲーー!!そのセリフ使うの止めろよ!」


俺の夢なのに、どうしてこんなにままならないのだろう。……しかも酷く疲れる。


ああ、もう。このクラゲは全然分かってない。コンプライアンスの恐ろしさを……!

っーか、どうして俺がこんな見ず知らずの得体の知れないクラゲを庇ってるんだ?

まだある程度の法に守られているはずの十六歳の俺が…………!


「ふふふっ。君は良い子だね」

「……おかしなクラゲに褒められても嬉しくない」

「だから私と契約しようよ!」

「何が『だから』だよ!?そんな勧誘には絶対乗らねえ!!」

「私のお願いを聞いてくれたら、代わりに君のお願いを何でも一つだけ叶えてあげるよ☆」

「お前はキュウ〇えか!」

にこにこ笑うクラゲにイライラが止まらない。


……そうか。これが授業で習った『埒が明かない』という状態か。

そんな契約をしたら俺が〇〇じゃなくなってしまうだろうが!!(ネタバレになるので伏せ字で)


「ぶっぶー。私は海月みずきです!ミーちゃんって呼んでも良いよ?」

俺のツッコミに、チッチッチーと一本の触手を左右に揺らしながらクラゲが言う。


「呼ばねえよ!?」

お前がキュウ〇えじゃないことぐらい分かっている! 問題はそこじゃない!!

こんな怪しい勧誘に乗るつもりはないし、そもそも――――


「俺は男だ!」

身長は百六十センチあるかないかくらいだし、女と間違えられる位の童顔だけど、生物学上は立派な男だ。

って、いや――性別的な差別はダメだな。

最近はおっさんも魔法少女をやってたりするらしいし……あくまでもこれは俺のコンプレックスを刺激するからダメなわけで……。


「君が男の子なのは知ってるよ?」

クラゲはキョトンとしながら首を傾げた。


「はあ!? 知ってて何で……」

「君が魔法少女になることは、神々による決定事項だからです!」

「『神々による決定事項』って何だよ!?こえーよ!そいつらの頭大丈夫か!?」


……これは夢なんだから、頭大丈夫じゃないのは、俺か!?


「大丈夫、大丈夫! 君は魔法少女おとこのこになるんですから。ドヤア」

「…………は?」


魔法少女おとこのこ……?

って、いやいやいや。

そのルビ絶対に間違ってるだろー!?


「全然、大丈夫だいじょばねえよ!お前も大概頭イカれてな!」

「へえー……そんな酷いこと言っちゃうんだ?そんな頑なに私のお願いを聞いてくれないのなら、君の秘密をSNSで呟いちゃおっかなー☆」

クラゲは今までの人の良さそうな笑みを消すと、スッと瞳を細めた。


ゾクッ。

寒気が全身を駆け抜けた。


目の前にいる珍妙なクラゲがただ瞳を細めただけなのに……俺はそれが心の底から怖いと思った。


「クラゲのお前が、俺の何を知っているって……言うんだよ?」

こんな突然現れた怪しい生き物にバレる秘密なんて――


「じゃーん!【NOZOMIちゃん】!可愛いね☆」

どこからともなく長方形の薄い板状の物を取り出したクラゲは、ソレをこちらに見せつけるようにする。


「お、お前、ソレどこから出した……!?」

クラゲが取り出したのはだった。


しかも、最近発売したばかりの新機種だ。

どこでソレを手に入れた? ……って、問題はそこじゃねえ!!


「ふふふっ。私が何の準備もなく君を脅して……失礼。勧誘すると思う?」

ニッコリとクラゲが微笑んだ。


『脅して』ってハッキリ言った!

……コイツは俺が嫌がるのを百も承知で、端から脅迫するつもりだったのだ。


「君が私の勧誘を素直に受け入れてくれないから、こうなったんだよ?」

クラゲはにこにこと胡散臭い笑顔で笑う。


――コイツのスマホに写っているのは、『窓辺で眠る姿が綺麗すぎる!』と、一躍人気者になったモデルの【NOZOMI】。

何も知らなかった…………昔の俺だ。


「あ、因みにー。このスマホのSDカードはNOZOMIちゃんのデーターでいっぱいだから!SNSで呟き放題だよ☆そ・し・てー」


パシャリ。

クラゲのスマホがピカッと光る。


NOZOMIちゃんゲット!」

「お、おい!何を勝手に撮ってんだよ!?」

「ん、見るー?」

クラゲはまたスマホの画面を俺に向けてくる。


見せられたスマホの画面には――【激写☆あのNOZOMIの今!】という題名のまとめサイトが表示されていた。


「……おい」

「私のお願い聞いてくれなかったら、ここの『公開』っていうボタン間違えて押しちゃうか・も☆」

クラゲが左目を瞑ってウインクした。


「いつの間にそんなの作ったんだよ!?」

「私にかかればこんなのは朝飯前さ!エッヘン!」

「威張って言うことか!」

「私ってば、プログラミングとハッキングが得意なんだよねぇ」

「後者のは犯罪だろ!」

「もー。頭固いんだからー」

ツンツンと触手が俺の額をつつく。


「俺は常識人だ!」


……夢なら早く覚めてくれ。

早くこのクラゲとの関係を断ち切らないと……


「ち・な・み・に。これ夢じゃないからね?」

「……は?こんな馬鹿な現実あるわけ……」

「だったら試してみるー?今撮った君の写真には、ここを特定できるものがたーっくさん写っているけど」


クラゲが触手で示す先。

住所プレートの付いた電柱がバッチリ写り込んでいるだけでなく……そこに写る俺は、ヘビロテしてる私服姿で、コンビニの袋を持っている。

このコンビニはこの近所に一軒しかない。


「…………」

「有名人って大変だね☆」


……ダメだ。

言うこと聞かなかったら全部バラされる……。


「じゃあ、NOZOMIちゃん。これから末永くよろしくね?」


俺はぐったりと俯きながら、差し出されたクラゲの触手を力なく握った。



――こうして俺は、頭のおかしいクラゲと『魔法少女おとこのこ』の契約をするはめになったのだった。

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