平川静香 file10
月日が流れるのはとても早い、といつも思うのだが、今回は特に強くそう思う。
彼女の誕生日の迎える朝を迎えても、その日も私はもちろん仕事がある。
だから、せめて今日の夜は二人っきりで、ささやかでもお祝いしてあげようと思った。
なんか恋人みたいで変だなぁ、なんてことを思いながら、私は天の川幼稚園にたどり着く。
「おはよう、静香ちゃん」
門の前で竹箒を掃いていた初枝叔母さんが、私ににこやかに挨拶する。
「おはようございます! あ、私代わりますよ」
乗っていた自転車を降りて、掃除を代わろうとする。それを叔母さんは手を振りながらやんわりと断る。
「いいのよ、好きでやってるんだし、日課だもの。それより、何かいいことでもあった?」
初枝叔母さんから指摘されるまで、自分の顔がニヤついていることに気が付かなかった。
急に恥ずかしくなってしまい、思わずあたふたしてしまう。
「あ、あはは、あったっていうか、今日あるんだろうなぁって思いまして」
頭をかきながらしどろもどろに応える私を、叔母さんは不思議そうに見つめる。
「ふふ、なんだか面白いわね。貴方が明るいと子供達も喜ぶわ」
「そうだといいですねぇ」
口元を押さえながら、おばさんは上品に笑う。
そんな叔母さんを尻目に、私はそそくさと自転車を停めに駐輪場に向かう。
正直顔に表れるほどに楽しみにしていたのは事実ではある。
早くに父親を亡くし、一人っ子であった私にとって、もう一人のシズカは私の双子の姉のようなものだ。
いや、ジェミニは私の記憶を元に成長するらしいから、正確には妹かな?
そんな彼女に始めて家族らしいイベントをしてあげられる。自然と笑みがこぼれるのも無理はない。
あ、そういえばお母さんには、またシズカのことを話してなかったなぁ。
いい機会だし、お母さんにも一緒に祝ってもらおう。
そんなことを考えていた時だった。
自転車に鍵をかけようと思った瞬間、急な立ちくらみに襲われた。
なんだろう、寝不足だろうか。
確かに最近仕事のしすぎなフシもあったし、脳にタスクを振ることも多かったから、その影響もあるかもしれない。
事実、まだちょっと眠い。
せっかくのシズカの誕生日なのに、体調を崩したら元も子もない。
午前中はなんとか頑張って、休憩中に少し仮眠でも取らなきゃ。
せめて午前中だけでも気合を入れないいけないと思い、私は手洗い場で顔を洗うことにした。
透過ディスプレイを外し、蛇口をひねる。勢いよく流れ出る水をすくい、顔を洗うと気持ちまで洗われるような気分だった。
――さあ、今日も一日頑張らなきゃ!
ハンドタオルで丁寧に顔を拭きながら、気合を入れなおしていた時だった。
「せんせー! みてみてー!」
私を呼び止める可愛い声が聞こえる。受け持っている年長組の男の子だった。
「はいぱーびーむー! ばーん!」
その子は今は朝の特撮ヒーローが大好きなようで、おもちゃを園にもってきてしまったようだ。
かわいいそぶりで、おもちゃの銃を私に――――。
――過剰不可検測。ストレス値急速上昇。
――同調率オーバー300。危険域。
――速やかにメンタルケアが必要。
――記憶の混濁を確認。
――記憶の混濁を確認。
『ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!ERROR!』
「い、いやあアアあああああああああああああああああああああああああ」
突然私の頭の中で爆弾が爆発したかのように、様々な記憶が流れ込んでくる。
濁流のような感情が私の精神を全て押し流す。
シズカと一緒に始めてのバースデーを迎えようという楽しげな感情は、爆炎や銃弾で八つ裂きにされ燃やし尽くされていく。
脳の中で響く子供たちの悲鳴。息子を殺された母親の悲痛な怨嗟の声。
そしておもちゃの銃を構える子供に、オーバーラップする記憶。
『そいつを殺さなければ、殺されるのはお前だ。さぁ、殺せ、殺せ!』
「嫌・・・・・・、私、殺したくない・・・・・・」
私の悲鳴を聞いて目の前の子供は怖がって泣き叫んでいる。
その声がもう一人の私、「シズカ」が殺してきた相手の断末魔と重なり、さらに感情がぐちゃぐちゃになる。
視界がゆがみ、周りの色がわからなくなり、目の前の子供の形が分からなくなる。
「嫌、やめて・・・・・・、いやあああああああああああああああああああ!」
狂乱に陥った私は、無意識に園の外に向かって走り出していた。
「静香ちゃん! 危ない!」
初枝叔母さんの叫び声が響くが、今の私には何が危ないよくわからない。
そして、ゆがんでいた視界が徐々に戻っていくと、私の目の前には猛スピードで迫るトラックがあった。
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